あなた想う、恋文
瑞木ケイ
拝啓 愛しいあなたへ
私は今、あなたのことを想い、こうして筆を執っています。
あなたへの想いを綴る手紙になるのですから、これはきっと恋文ということになるのでしょう。
思えば私が恋文を書くのはこれが生まれてはじめてのことだと、こうして手紙に向かい合って今更のように気づきました。
ですので、つたない手紙と笑わないでくださいね。
私のあなたを想うこの気持ちがつたないということは、決してありえませんので。
あなたが、かつて暗いところでひとりうずくまっていた私の手を引いて光の中へ導いてくださったことを、まるで昨日のことのように思い起こします。
のろまで人よりも歩みの遅い私に、あなたは辛抱強く傍で私の手を握ってくださいました。あなたは「たいしたことはしていないわ」なんて笑っていましたが、それが私にとってどれほど励みになっていたか。
天には太陽があって人々を照らすように、あなたは私の横にあって私を照らしていたのです。
最近は冷たい雨が長く続き、あなたの温もりを恋しく思います。
今日、雨上がりの昼下がり、気晴らしにと散歩に出かけた先でふとどこからか梔子の香りがいたしました。
とてもよい香りにうっとりすると同時に、ついあなたのことを思い出して、今私の横にあなたがいない事実がまるで悪い夢のような気がいたします。
またあなたの声を聞きたい。
あなたの涼やかな美しい声で私の名前を呼んでくれるだけでいいのです。ただそれだけで私の乾いた心は潤うのです。
そのささやかな願いさえ叶わないというのでしたら、どこにいるとも知れないこの世界の神様はきっとたいそういじわるな方なのでしょうね。
最近、あなたのことを想うとそれだけで胸が軋むような心地がいたします。
昔はあなたを想うだけで胸が明るく弾んでいたはずなのに。
あなたを想う気持ちは昔と変わらない――いいえ、昔よりも強くなっているはずなのに。
あなたに会えない日々が、すっかりわたしを弱くしたみたいです。
あなたに会いたい。
嗚呼、やっぱり手紙ではあなたへの気持ちをうまく伝えられる気がいたしません。
ですので、この想いはあなたへ直接伝えに行きたいと思います。
あなたは私の歩調でゆっくりといらっしゃいと仰ってくださいましたけど、やっぱり私は少しでも早くあなたにお会いしたいのです。
あなたは呆れるかしら?
それとも怒るかしら?
でも、あなたは優しいから、きっと困ったような顔で私を受け入れてくださると信じております。
我ながら身勝手なことを言っていると思います。
ごめんなさい。
だけども、あなたのいない日々をひとりで過ごさなければならないわたしの気持ちも汲んでくださいね。
私はあなたのいない世界に未練などございません。
だから、私はこの手紙を持って、今、あなたの元へと参ります。
あなたはお空の一番きれいな場所で待っていてくださると信じていますから、きっとそこで私を迎えてください。
そしてまた、ふたりで一緒にいましょうね。
――今度は、永遠に。
あなた想う、恋文 瑞木ケイ @k-mizuki
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