申しわけなさだけが理由だぞ、と、ちゃんと直巳は真澄に告げた。性交が一通り済み、真澄は所在なさげに直巳から目を逸らし、裸で寝そべったままキセルをふかしていた。

 暗闇がひたひたと、真澄と直巳を浸して深まっていた。

 「申しわけなさ?」

 なんのことだか分からない、という目をしながら、真澄は直巳の方をちらりとだけ見た。

 なににどう申し訳ないと思っているのか、説明する気にはならなかった。疲れていたし、後悔もしていた。

 男に抱かれるのは、気持ちよくないし重いし疲れる。申し訳ないと思っていなかったら抱かれたりしなかった。

 柳沢幸保にだって……親不孝だなんて、その一言で心を捉えられさえしなければ、抱かれたりしなかった。

 そうだよ、申し訳なさ。もう二度目はないぞ。

 それを言い残して、直巳は着物を着なおし、真澄の部屋を出た。

 明日から、今晩のことをなかったふりして暮らしていける自信は、あった。申し訳なさしかなく、他の情がまるでないからから、簡単だとさえ思った。けれど、他の情しかない真澄にはそれはできない相談なのかもしれない。

 後悔が余計に深まり、自然とため息が漏れた。

 そのまま自宅へ戻ろうかなと思ったのだが、なんとなくこの事後の匂いを部屋まで持ち帰るのが嫌で、晴海楼へ寄った。

 夜も更けていたので、女郎たちは客とそれぞれの部屋に引っ込んでいるか張見世に出ている。目についたのは、先月買ったばかりの禿のこすずだけだった。

 姐さん女郎には客が付いてしまい、幼くしてすでに宵っ張りの彼女は退屈になったのだろう、部屋持ちでない女郎と禿たちが一日のほとんどを過ごす広間の縁側で、ぼんやり月を眺めていた。

 直巳はそっと彼女の傍らまで歩み寄った。広間には幾人もの禿たちがごろ寝していたので、慎重に足音を潜めて。

 「こすず。」

 名を呼ぶと、彼女は驚いたように振り向き、すぐに眼元からじわりと笑みを滲ませた。右手に握られた白いうちわと、化粧っ気のない白い頬が、月明かりに眩しく浮き上がっていた。そしてその頬には、幾筋も涙の痕が刻まれていた。

 「どうした。ホームシックか。」

 直巳が問うと、彼女はふわりと首を横に振った。

 桃割れに結った黒髪も、素顔でも繊細に整った容姿も、いかにも花魁として大成する未来の彼女を予見させた。その点でこすずは、直巳にとって大切な手持ちの禿だったのである。

 放っておくわけにはいかず、直巳は彼女の隣に人1人分のスペースを開けて、腰を落ち着けた。

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