7
あの木彫りの仏像の中に、昨日明石を抱いていた少年がいたはずなのだ。暗闇の中でも際立って肌が白く、髪の艶がうつくしい、14,5歳の少年が。
そのはずなのに、明石の弟妹はみな、薄汚れて所々欠損した観音像といった印象しか直巳に残さなかった。一人残らず、みな。だから、確実にあの中に昨日の男がいたと、直巳は断言できない。いた気がする、が精いっぱいだ。
あの日、明石はおとなしく直巳の後について兎小屋を出て、車の後部座席に乗りこんだ。兄弟たちは見送りに小屋から出て来もしなかった。多分、壁に背中がくっついてしまったみたいに正座したまま、車のエンジン音を聞いていたのだろう。
その少女を肩ごしに振返り、稼げよ、と助手席の直巳は言った。
処女でもないのに処女と同額の前借金をしたのだ、せいぜいその分くらいはきっちり稼げよ、という意味だった。
直巳とて女衒稼業は長い。同情心で大金を払ったわけではない。明石の顔立ちや体つきを見て、この女になら金を出してもいい、もとは取れると判断してのことだった。
「はい。」
明石の返事はごく短かった。乾燥しきった油絵みたいな、いくら走っても変わり映えしない農村風景を、彼女は車窓からじっと眺めていた。
彼女は和紙に包まれた前借金に指を触れることすらなく、全額を兎小屋に残してきていた。あんなにも露骨におのれを蔑む弟たちに。
手切れ金か、と問おうとしてやめた。明石はさっきと同じように、はい、と答えるだけだろうから。
記憶の糸から手を離し、直巳はふうっと息をついて一つ伸びをした。
真澄の部屋よりは幾分広い、だからといって侘しさはとんとんくらいのねぐらにたどり着くと、どっと疲れが出て両足がだるくなる。
万年床に転がり、煙草に火を点けた。妓楼では今でも時代錯誤のキセルを当然みたいに使っているが、自分の部屋で一服するときは、両切りのピースにライターで火を点ける。
弟と思しき男に抱かれていた明石花魁を思い出す。暗くて表情は見えなかった。
ただ、白い身体を捻って男の手から逃れようと試みていた彼女は、長く伸びた触手みたいな手足を、逆に男の背や肩に食い込ませているようにも見えた。
身体の奥がざわついていた。自分を抱いた男の体重や体臭や体温がぼやぼやと下半身を覆うような、微妙なざわめき。それは性的興奮とか未練と名付けるにはぼんやりしすぎていた。ただ、身体の芯がまだあのときの心細さを引きずっている。あの男は、一年も前に空蝉と祝言を挙げたというのに。
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