その日からしばらく、直巳は毎日晴海楼に顔を出しては、それとなく明石の様子を確認した。

 仕事に身が入らなくなっていると野分花魁は言っていたが、確かにそうなのだろう。細い客が何人か切れている。太い客に対してもそろそろぼろが出始める頃かもしれない。これはもう一度真面目に話し合わねばならないだろう。前回みたいに、10以上も年下の女に翻弄されるのではなくて。

 さて、どうするか、と、直巳は明石花魁の居室の前に懐手して突っ立って思案する。今も部屋の中には、あの髪結いがいるらしかった。

 とにかくは敵情視察だ、と、直巳は襖をごく細く開け、片目で室内の様子を窺った。

 この前と同じように、部屋の隅に溜まった闇の中に、明石は惨めに踏みつけられた花のように這わされている。後ろからその身体に覆い被さっている少年の横顔は、やはり明石の弟のそれに思われて仕方がない。どうにも顔立ちが似通いすぎているのだ。

 自分に向けられた視線を感じ取ったのか、ふと明石花魁が首をひねって直巳の方を見た。少年の白い身体越しに、暗闇の中で、明らかに視線が交差した。

 一瞬の間の後、明石は啼いた。わざとらしいほど急に、嬌声を上げ始めた。

 彼女の急な変貌に直巳は思わず怯み、危うくすぱんと勢いよく襖を閉めてしまうところだった。

 彼女の様子を見て何事かが起きたと悟ったのだろう、髪結いの少年も直巳の方を見た。そして、直巳は彼が明石の実の弟であると確信した。彼の目は、明らかに明石を買った日に見た、古ぼけた観音像のうつろなそれだった。

 その目がじっと直巳を見つめている。姉を犯す手や足や腰の動きはそのままに。

 はっとして目を移せば、明石も同じ目をしていた。なんの表情も浮かべない木の穴みたいな目で、直巳を見ていた。

 そこで直巳が感じたのは、恐怖だった。とても原始的な恐怖。古代人が暗闇や稲光に感じたのと同じであろう、荒削りのただ恐怖としての恐怖。

 この姉弟は、なぜここで性交などしているのだろうか。お互いの首を絞めあうか噛み切りあうならまだ分かる。けれど性交に至る理由が分からない。こんなにも暗い目をして。

 愛情が、せめて好意がなければセックスをするべきでないなどとは、口が裂けても言えない。直巳の稼業は女衒であるし、ここは遊郭だ。おまけに直巳は、その日あったばかりの名前しか知らない男に一晩抱かれた経験がある。

 それでも、そんな、お互いが憎くて憎くてたまらないみたいな目をしてまで絡み合う必要はないと思うのだ。



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