「お前はいい女郎だよ。あっという間に花魁にまでなった。なあ、妙な気を起こさないでくれよ、頼むから。」

 辛うじてそれだけ言った直巳が立ち上がると、明石花魁は色のない唇を皮肉っぽく吊り上げた。

 「分かっています。」

 なんだか負けたような気がしながら、直巳は花魁の部屋を出た。妓楼の勝手口を抜けて、自宅への道のりを辿る。ひょいと空を見上げると、額に細かい雨粒が降りかかった。

 明石と話すと、いつも疲れる。多分、出会い方が出会い方だったからだろう。

 直巳は明石を処女買いの値段で買った。彼女がとうに処女じゃないことくらい承知していたのに。

 明石は直巳が処女膜の有無を見透かしていることを分かった上で、値段を吹っ掛けたのだ。

 処女です、とはっきり断言したときの彼女の目の色を思い出す。赤い目をしていた。本気の嘘をついている目だった。

 明石はおそらく、あの寒村ですでに身を売って暮らしていた。両親はなく、妹三人に弟四人。それ以外どうやって食っていけばいいというのか。

 直巳の女郎買いを見学しについて来ていた真澄は、その村に足を踏み入れた瞬間、女郎の量産地ー、とふざけたように口ずさんだ。

 テンプレートみたいに貧しい寒村だった。実りの秋のはずなのに、痩せた田畑は白っぽい黄土色の絵の具を塗って乾かしたみたいにかさついていた。空の色ばかり鮮やかに青くても、山を下って来る強風は既に冬の冷たさだった。

 その村でも一等貧しかったのが明石の家で、村はずれのひしゃげた兎小屋みたいな建物に、子どもたちばかり八人で暮らしていた。

 部屋の真ん中で直巳と向き合った明石は、ちょっと触れたらそこから生地が千切れて行きそうな、ひどく古い白のワンピースを着ていた。

 「処女です。16歳です。いくらで買ってくれますか。」

 明石ははっきりとそう切り出した。自分で自分を売る娘に会うのは、直巳もはじめてだった。

 がりがりに痩せてはいるが、きれいな少女だった。まだ線の固い身体をしているくせに、全身から甘ったるい色気を漂わせていた。そんな娘が、処女なわけがない。

 直巳は彼女の目を覗き込んだ。

 真赤な目をしていた。

 白茶けた黄土色と空の青しかない農村で、その目だけが赤く燃えていた。

 直巳は黙って処女買いの金額を提示した。明石は深く頭を下げた。嘘を信じたふりをした直巳への感謝の意だったのだと思う。

 壁沿いに並んで正座する七人の弟や妹は、ようやっと正座ができるようなごく幼い末の妹さえも、木彫りの観音像みたいな無表情で、己の身を売る姉を眺めていた。

 慣れた視線だった。

 多分、あの村の男たちほぼ全員が明石の客だったし、兄弟たちはそれを知った上で姉を蔑んでいた。



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