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お前の情夫の件だけどな、と、直巳は二日酔いの頭を片手で押さえながら、明石花魁にそう切り出した。
最悪な二日酔いに似合いの、どんよりとした薄曇りの昼下がりだった。結局昨日は空になった酒瓶を抱えて真澄の部屋で眠ってしまった。そのため着物を昨日から換えられていない。なにもかもが空模様と同じくどんよりして感じられた。
直巳の向かいに座布団さえ当てず膝を崩して座る明石花魁は、幾分やつれているように見えた。目の下の薄く白い皮膚に、うっすらと暗い青色の翳りが落ちている。
「情夫。」
色のない乾いた唇で、明石はそれだけ呟いた。この世の全てを馬鹿にしたような口調だった。そんな口調でなければなにも語れない境遇の女の深い悲しさが、華奢な両肩に圧し掛かっている。
「ああ。最近通わせているんだろう。情夫の一人や二人くらい、こっそり通わせるのは別に構わないがな、それで仕事に身が入らなくなるって言うなら話は別だ。」
さまざまな女郎相手に、幾度も口にしたことのある台詞だった。その台詞が見事に空滑りしていくのが、恥ずかしいほどはっきりと分かった。それでも女衒として口上を止めるわけにもいかない。
「お前の身体には借金がかかってるんだ。身を入れてきちんと働かないと、返せる金だって返せやしない。だったらここは情夫にうつつを抜かしているんじゃなくて、きっちり働いて少しでも早く自由な身の上になって、好いた男と一緒になろうって考えるのが前向きじゃねえかな。」
馬鹿馬鹿しかった。明石花魁の身の上におこっていることが、こんなありきたりの口上に沿ってどうこうなるような種類のことではないと、お互い分かっている上での白けたままごと遊びみたいなものだった。
はい、と明石花魁は頷いた。勿論、ままごと遊びの一環として。
そこで身を引くわけにもいかない女衒は、さらに言葉を続けようとした。明石花魁に、実際彼女の身に降りかかっている災難について尋ねようとしたのだ。しかし、明石が一拍早く口を開き、彼の問いを封じた。
「昨日私の部屋をたっぷり30分も覗いてたことは黙っていてさしあげます。だから、これ以上詮索しないでください。」
その強気な口調は、彼女を買いに行った日のことを思い出させた。廓に入ってからの彼女は、直巳に対して他の女郎たちと同じように、半分外部の人間に接する、余所行きと本音の混じったような若干甘い態度をとっていた。しかし、あの村での彼女にはきりりと引き絞られた矢のような鋭さがあった。
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