明石花魁

 禿にする少女を一人、晴海楼に売りに来た直巳は、ついでに明石花魁の部屋を覗きに行った。

 空蝉が廓を出た今、直巳の傑作の名は彼女に移っていた。空蝉花魁が町を出てすぐに廓に売られてきて、瞬く間に看板の名を得た、まだ17歳の若き花魁である。

 「明石。」

 襖の前に膝をついて名を呼んでも、返事がない。けれど部屋の中からは、明らかに人の気配が感じられる。

 もしや具合でも悪くなったか、それとも妙な情夫でも引き入れたかと、直巳は襖を細く空け、部屋の中を覗いた。

 はじめは、部屋の中には誰もいない、と思った。

 真昼でも陽が射さないように雨戸が下ろされた部屋の中、行灯が一つだけ灯されて辺りをぼんやり染めている。その光の中に、明石花魁の姿はなかった。

 しかし、しばらくして暗闇に目が慣れた直巳は、部屋の隅に明石花魁の姿を見つけた。

 明石花魁は裸に向かれ、犬の形に這わされ、後ろから男に犯されていた。

 さるぐつわでも噛まされているのか、彼女の声は地を這うような低い呻き声にしかならない。

 驚いた直巳は、襖を開けて部屋に踏み込もうとした。しかし、その彼の耳に、低い男の声が不意に飛び込んできた。

 姉さん、と、確かに男はそう言った。

 睦言のトーンではなかった。恨み節、と言ってもいいような、喉で一度捩じり潰された声だった。

 はっとした直巳は、花魁からその男へと視線を移した。

 まだ幼さをあちらこちらに残す、15、6歳の少年の横顔が、暗闇にぼんやり白く浮かんでいる。その顔を、直巳は知っていた。

 山中の寒村に明石花魁を買いに行ったとき、この男もあの兎小屋みたいなあばら家の隅に座っていた。

 確かに覚えている、あのときは垢じみた服を着て、顔も手足も畑仕事で真っ黒に汚したままだった。姉が売られていくというのに、表情一つ変えなかった。それは、狭い小屋の壁沿いにずらりと並んだ明石の妹や弟全員に共通して言える特徴だった。そのさまに、直巳は薄気味悪さを覚えたものだった。

 それが今は、小ざっぱりとした麻の着物を身につけ、もとより色素が薄いのだろう、泥を落とした肌は白く透きとおり、長めに伸ばした髪も惚れ惚れするような白い艶の帯を幾重にも浮かばせて、さらさらと流れていた。 その容姿は、明石花魁によく似ている。

 姉さん、姉さん、と胃の腑でも吐き出すように啼きながら、少年は体重をかけて抑え込んだ姉の身体を犯している。犯された姉は、唯一自由になる首をばたばたと大きく振って、抵抗の意思を示している。

 直巳はなにかに憑かれたようにしばしその様子を眺めていた。

 かつて一度男に抱かれた自分の姿が、行灯の薄い光の中に見える気がした。


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