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 それはもう十年以上の話。


 家族、友達、故郷。それらに纏わる全てを一夜で失ったからこそそれを嫌悪する。


 それを引き起こしてしまった己の所業、己の過ちを憎んでいる。


 皇国の北。名前もないような小さな村。もちろん協会の支部があるわけでもない辺境の村。


 村中の誰もが顔見知りのような狭い狭い世界。それでも男の子にとっては世界の全てだった。


 人の訪れなんて滅多になかったが、余所者に対して排他的になるような小説なんかにありがちな村でもなく、どちらかといったら大らかだったと思う。


 子ども時分には分からなかったが村で結構な量が採れるちょっと不思議な石………つまりは五煌石なんだけどそれの取引で村はやっていけていんだろう。


 五煌石はそれぞれに特質があって、複数種の煌石が採れる場所なんて滅多にない。だからあんな人の少ない村でも貧しいってことはなかった。


 一年に一回だけ、決まった日、決まった時間、ほとんど変わらない同じ顔ぶれで訪れる行商人が来る時にはそれはもう盛大な祭りが開かれたし。


 いつでも仏頂面で筋骨隆々とした如何にも山師まるだしな父親は己にも他人にも厳しく、女神に祈りをかかさないような熱心な教会の信者でもあった。


 母は夫に従うのを美徳としているような人で贅沢とは無縁。清貧と節制、質素倹約。変わりない日々を送れることに女神に感謝するような人で。


 ただし、両親ともに祭りの日に限っては行商人を訪れて片っ端から食いきれないほどの菓子を買い込んで与えてくれたりするような、まあ、かなり甘い部分もあって親としてはかなり上等な人たちだったはずだ。


 その二人の子どもも将来は父親のようになって、この村で一生を過ごすのだとなんとなく思っていた。


 それでも外の世界に興味がないわけでもなかった。それは彼だけでなく、彼と同年代の少年少女らも同様で、行商で持ち込まれる物珍しい不思議な道具を見るたびに心が踊ったし、祭りの目玉とも言える村の守り神に捧げる歌と踊りは華やかなのに清らかで美しく目を奪われて、幼心に外への関心を抱かせた。


 男の子はそれが他の子よりもほんの少しだけ強かった。それがいけなかったのだ。だから、人の形をした悪魔に目をつけられた。


 決まった日、決まった時間、ほとんど変わらない同じ顔ぶれで訪れる行商人。それらから少しだけ遅れて来た男。彼らの仲間だと嘯いてまんまと村の中に入り込んだ誰か。


 なぜだろう。憎くて憎くて堪らないはずなのにどうしてもそいつの顔が思い出せない。目鼻立ちも服装も何もかもが真っ黒に塗りつぶされていて確かな部分が何一つとしてない。


 ただ一つ分かっているのはそいつが祭事のひと時を除けば見てはいけないし言ってはならないし聞いてもいけない村の祭器に用があったということだけ。


 愚かな男の子はそいつの言い分を何一つ疑わずに受け入れた。だから祭器が祀られている場所へ連れて行った。行商人たちは祭事における神官の役割もあったからこの人もそうなんだろうなどと父にも母にも相談しない浅慮さで。


 その結果、生まれ落ちたのは人として許容出来るはずもない時の地獄の誕生。


 誰も彼も、何もかも。


 世界の全てが終わってしまう。


『白ノ魔女。我が愛し子。あなたを必ず、眠りから目覚めさせよう』


 止まった時間。止められた人たち。動く命は何もない。


 草木のさざめき、風の嘶き、虫の鳴き声。


 空から降り注ぐ光すらも凍りつき、遠くにあったはずの祭りの囃子も悲鳴とともにやがてはなくなった。


 いるのは男の子だけ。祀られていた光を放つ銀の時計を握りしめたまま、駆けずり回って全てをその目で収めた。


 友達は行商人から買ったのだろう祭事に使う物を真似た笛を片手に元気に走り回る姿のままで止まっていた。


 神官も踊り子も、祭りの熱狂、その最高潮で止まっていた。


 そして自分を救おうとして「生きろ」と言い残して村の外へと導いた両親。


 すべてを置き去りにして自分だけが生き残った。


 それだけだったら良かったかもしれない。狂った世界で男の子も狂ってしまえば良かったのだから。


 時間が止まったままの世界に戻ってきたのは何一つ自分を守るすべを持たない子どもだったから。誰かに側にいてほしいと願ってしまったから。


 愚かさに愚かさを重ね、苦みの学びの時、来たる。


 元に戻って欲しいとおそらくは世界の誰よりも願いながら。


 最初は両親。


 男の子が子どもだからこそ宿すことの出来る至誠で以て祈りながら触れた途端に元に戻った。


 私に触れるなとばかりにはじけ飛んだ。つまりは死んだ。


 友達も行商人も神官も踊り子も。触れる度に弾け飛ぶ。血と脳漿と肉片を巻き散らかしながら。


 散らした命を全身でひっかぶりながら唐突に思った。


 人の死に方じゃない。


 なんて理不尽。触れたいのに触れてはならぬ。全ては狂った時間のせい。そして己のせい。


 狂ってしまった時間は元に戻してはいけない。ずれてしまった瞬間に命もずれて、ずれてしまえば二度と元には戻らない。起こってしまったことを戻すなんて出来やしない。


 いや違う。してはならない。してしまえばその瞬間に終わりが訪れる。


 そしてもう一つ。この惨状をなかったことにしていいはずがない。


 嗚呼、女神さま、どうか事が起こる前に戻してくださいなどと祈ることだけは出来なかった。


 起こしてしまった失敗を自分の都合でなかったことにする。


 それがどれだけ幸福そうに見えたとて、そんな理不尽が罷り通っていいはずがない。


 心の片隅にある、それを是とする弱さを覆う。


 狂ってしまいたくなる心も悔しさも苦みも、自分に生きろとその瞬間に懸命にあった両親を思えば背負って当然の物のはず。


 そう学んだ。


 だから誓った。正しい時を正しく歩むと。自分に終わりが来た後に、殺してしまった命に顔向けできるよう。


 胸を張って生き、胸を張って死ぬ。


 歩んできた時間に後悔がないように、その瞬間をの懸命さで生きていかねばならないのだと掟を課した。


 だから許さない。


 それがどんなに大切な願いであれ誓いであれ素晴らしい祈りであれ、俺の前でそんな理不尽を叶えさせるつもりは誰が相手だろうと認めないし許さない。

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