ざりざりと耳障りな音に乗せて馴染みの声が聞こえてくる。


『役割の確認をしようカナタ。君は正面、僕は裏から。君は舞台劇の主役みたいに派手に振る舞い、僕は大道具さんのように舞台裏でこっそり動く。こうだね?』


 その通りだったから返事はしなかった。


 明るい昼の森。古い巨木の影に潜む。影はいい具合に俺の姿を木々に同化させている。だけど目標についてはここからいい具合に丸見えだ。


『君のタイミングで始めてくれ。それじゃあ善き星の導きがあらんことを』


「善き星の導きがあらんことを」


 決まり文句を小声で返して通信終了、あちらさんをそっと窺う。


 男女の集団。あんまがらっぱちはよくないし言葉遣いも悪いしついでに言えば頭も残念そう。


 俺のデビルイヤーが男の股がどうだとか女の股がどうだとか男はたるんだ腹がいいとか女は三段腹がとてもいいとかそんな会話を拾ってきた。


 趣味は人それぞれだなぁと思うがまぁいいさ。


 良くないのは彼らがちょいと一般人が手に入れられそうにない武器を手に手に持ってにやついていることだ。拳銃ぐらいならどってことないんだが、中には突撃銃に猟銃に機関銃が少し。一番よくないのは旧世代型の煌戦器も持ってるってところか。どこぞの猟兵やら闇商人やら流れてきたのかそんなもんを持っている。最新型でないぶんだけましか。人数もそんな多くないし。


 安全を考えるんならもっと人手が欲しいところだがあいにくと仲間と呼べるのは一人だけ。巷を騒がせている失踪事件のせいで頼りになりそうな人は軒並み出払っているのだ。


 入り口は守りが堅そうで正面からご挨拶伺いなんて馬鹿な真似したら二目と見られない面になってしまいそうだ。まったく面倒な。


 なんで俺が面倒に出くわさなければならないのか。


 そいつはお上はちょっとここ数年では類を見ない連続殺人にかかりっきりで、こちらの案件についてはあまり力を入れられない。どこも人員不足だ。だから俺たちみたいな民間団体にお鉢が回ってきたのだがこちらの件も順調に進んでいるとは言い難い。


 人的資源の足りない地方都市の悲しさよ。


「さて、行きますかねっと」


 気合を入れなくてはならない。なにせこれから行うのは馬鹿な真似だからだ。特殊勤務手当を要求したってばちは当たらないだろう。


 緊張に高鳴る心臓と、震えそうになる体を押さえつけて彼らの前まで歩み出る。


 何を言われても平身低頭の精神を胸に秘め、俺は無害ですよとにこにこ笑顔で全力アピール。ふわふわキュンとし☆ちゃ☆え☆


「てへり」


「うわきめぇなんだこいつ!」


 ファッション雑誌の表紙を飾ってもおかしくない俺の決め顔はきめぇの名のもとに一刀両断された。


「きの字が出たぞー!」


「春だからな」


「警戒しろー!」


「春だからな」


「いやなんでお前が返答してんの⁉」


「会話のキャッチボールは大切だ」


「確かにそれは大切だけども!」


 わらわらと俺の前に出てくる連中。数々の銃口が俺を狙っているのは正直言って、嫌な気分だったが狙い通りに俺は注目を集めることに成功している。


「まったく、こんなに警戒がざるだなんてどうするんだあんたらは。俺が公僕ならとっくに制圧されてるぜ。銃の構え方とかもぎこちねぇしどうなってんの」


「お? おお悪いなあんちゃん。おれらよぉ、運送業やってたんだけど悪事の片棒掴まされて逃げるっきゃなくてよぉ。そんで手元にあった金かき集めて色々なもん買って猟兵団始めたんだけどな……」


「だから素人っぽさが漂ってんのか。そういえば団の名前とか決まってんのか」


「え、ああ。おらおら運送って会社だったからそのままおらおら猟兵団ってのに決めたんだ。いつかは大陸一の猟兵団になっちゃる」


 おらおら運送もおらおら猟兵団ってのも俺の脳内にヒットしなかった。


 つか、人好すぎ。なんで見知らぬ他人にお茶ふるまおうとしてんのあんたら。念のために丁寧に断ったらおっさんが目の前でぐびぐび飲み干した。


「社長」


 社長らしい。社長というよりも棟梁といった方が相応しいようなよく鍛えこんだごつい体の持ち主である。上半身に比べて下半身がちょいとアンバランス。トレーニング方法について話し合いたいところだ。


 このおっさんが昨日今日で猟兵団を始めたって言ってんのは嘘じゃなさそうだった。暴力を生業にしている者の臭いがしない。威圧がない。怖さがない。


「馬鹿野郎。俺ぁもう社長なんかじゃねえよ。手前の会社も守れず商売相手の性根も見抜けず社員を路頭に迷わせちまったただの間抜けなおっさんだ」


「でも社長は俺らみてぇなはみだしもんの馬鹿野郎を見捨てなかった。娑婆に出たところでろくな仕事にもありつけねぇで死のうって考えてた俺を拾ってくれた。あんたは一生社長だよ……!」


「そうだぜ社長!」


「社長!」


「おめえら……!」


 始まる社長コール。感涙に咽ぶ社長の図。


 なんだよこいつら。気合入れたこっちが恥ずかしくなるぐらいだし。銃口とか下げられちゃってるし、みんな社長を取り囲むように本気で泣いてるし。なんか場違い感半端なくて身悶えするっていうか。


「悪かったな兄ちゃん。ところでお前さんはいったいどこのどいつなんだい?」


 この流れでこの質問くるんだ。嫌だなぁ。


「導きの星協会所属。四等煌士のカナタ・ランシアだ」


 全員の俺を見る目が変わった。驚きと警戒。誰かが下ろしていた銃口を俺に向けた。そっから連鎖反応を起こして全員が俺に銃を向ける。


「あんたらには誘拐罪の嫌疑が掛かってる。大人しく警察に出頭して身の潔白を主張してほしい。個人的には灰色ぐらいだと思ってる」


「こんな様まで晒してんだ。今更お咎めなしなんてなるわけねぇだろうが」


「そうかもしれない。だけどあんたらがこうなった原因が他にあるんなら情状酌量の余地もあるしお咎めなしってのは難しいだろうが減刑だって難しくない。それにいいのかあんたらの会社の名前を血まみれにしちまってもよ」


「そいつは」


「猟兵稼業ってのは派手で良さげに見えるかもしれねぇがその実、薄ぎたねぇ裏切りと罵りに、頭ん中空っぽにしても耐えられるか分かんねぇ血も涙もねぇ世界だ。そんなもんにあんたらが積み上げてきた綺麗な名前を投げ捨ててもいってのか」


「……」


「第一、あんたらのやってることはまっとうな猟兵よりもさらに質の悪い誘拐だ。ゲスにもほどがあると思わねぇのか」


 誘拐なんぞ名のある猟兵ならしない。こいつらがやってんのはただの野盗と変わらない。


「よぉお前らどう思うよ。猟兵をやるってのは本当に納得してるってのかい。社長にばっか任せてんじゃねぇよ。俺はお前らがどう思ってるのか聞きたい。それともなんだ、社長におんぶにだっこで守られるばかりか。情けねぇと思わないのか」


「ふ、ふざけんな! 俺らだって好きでこんなことしてんじゃねぇんだよ! こうするしかなかったからこうなってんだよ! 俺らが追い詰められてからしか動けねぇ協会の犬が好き勝手言うな!」


 耳が痛い。


「そうだな。俺たちはどこかの誰かが悲鳴を上げてからしか動けない。誰かが手を伸ばしてくれるまで、それに気づけなきゃ動けない。だからこそ、伸ばされた手は必ず掴む。それが俺たちの在り方だ」


 そうして俺は手を伸ばす。


「差し伸べられた手を掴み、その背を、その歩みを、女神と星の導きの元に支える。離したりはしない。つっても、協会だって万能じゃねえし清廉潔白ってわけでもない。だから信じろなんて言う気はない。それでも、なんとかしたい、今を変えたい、変わりたいって少しでも願う心があるんなら、よりましな選択肢の一つじゃないかだろうかって思うぞ」


 さあどうする。


 俺はあんたたちを見つけた。手を伸ばしたぞ。あんたたちはどうしたい。どうなりたい。


「あんたたちは、どんな風に命を生きたい」


「……」


 苦渋に歪んだ顔色と、喉の奥が潰れたような緊張と。差し出した手を取ってもいいのかという逡巡と。


「まっとうな道に戻れるってのかい」


「力は尽くす」


「お天道様や女神さまに顔向けできるってのかい」


「そいつはあんたら次第なとこもある」


 重苦しい沈黙と空気。それを終わらせるように地面に何かを落とす音がする。銃だった。目線を上げると俺とそう変わらない年の男が目に涙を湛えていた。


「社長! もういいじゃないですか! もともと猟兵稼業なんて乗り気じゃなかったでしょう⁉ 俺は嫌ですよ! 社長の手が、みんなの手が、どこかの誰かに届け物をして笑顔にしてきた手がどこかの誰かの笑顔を奪うかもしれないなんて!」


「……!」


「銃なんて捨ててあの頃に戻りましょう。みんなで一緒に頑張ればなんとかなります。会社だって立て直せるかもしれません。その芽を摘んでしまうなんて俺はしたくないです……! みんなと一緒に働いてる俺は生きてた。充実してた! やり直せるんならやり直したい……!」


 そう言い終わると他の連中も銃を下ろしたり捨てたりした。そして口々に俺も嫌だこんなことはしたくない過ちはしたくないと言い出した。


 やり直せるのであればやり直せばいい。


 どうしようもないほど終わってしまったのでなければやり直せるのだから。


 社長のおっさんが歯を食いしばった。葛藤に手が震えている。全員が固唾を飲んで見守る中、ふっと肩の力が抜けてどこかさっぱりした口調で言う。


「悪いな兄ちゃん。面倒かける」


 そうして俺の手を取った。がっしりして厚みのある手だった。銃なんぞを握らせるよりも誰かを引っ張っていく方がお似合いの強い手だった。


「わけぇのに言い当てられちゃあどうしようもねぇ。立ち上がったばっかりだが猟兵団は店じまいだ。くれぐれもこいつらのことは…」


「分かってる。あんたの決断に感謝するよ」


 ほっとした。暴力沙汰なんて起きない方がいいに決まっているのだ。面倒だし手間かかる。


「それと奥にいる家出の嬢ちゃんも」


 と、社長さんが言いかけた時だった。


 社長さんの腹から血が噴き出てきた。血飛沫が降りかかって倒れこんでくる体を支えた。


 何が起きた。射撃。何の。銃の。どうして。撃たれたから。誰が。そう、誰だ。


 目線を走らせる。ただ一人、銃を下ろさなかった怒気に顔を歪めている男を見つけた。


 社長さんは生きてる。あのガタイだ。あんなちんけな銃なんかで死ぬわけがない。応急処置は誰かに任せる。なぜって。撃った男が次の誰かに向かって銃口を向けているからだ。


 そいつと俺の距離はとうてい、ただの人間がひょいと飛び越えられる距離じゃない。普通は無理。届かない。


 だからなんだ。


 届かなかったとしても踏み出す。そいつがただの人間だろうがそんなものは関係ない。俺だけじゃない。ここにいる連中が銃口を向けて怯むどころか取り押さえようと動いている。


 だったら俺が真っ先に動き出さないわけにはいかない。


 人々を守り導く煌士だから。


 ああ、確かにそいつも理由の一つだ。だがそれよりなにより大きな理由がある。


 気に入らないからだ。そう気に入らない。やり直せる機会を得て歩き出そうとする誰かの足を引っ張るような性根や心根。心意気に泥を塗りかける真似が気に入らない。そいつにどんな事情があろうとも。


 だから俺は拳にを纏わせ振り上げるのだ。

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