第10話 三の実力

 正面からスコープを睨みつけたにのつぎはおっさんから見て、とても狙い易い位置にいた。それは同時ににのつぎから見ても狙い易いということだった。


 そしてにのつぎの瞳に淡い紅色がかかり出した。爺から聞いた代償が出ないように紋章を使う方法である。方法は簡単、血の消費量を増やすだけであるただ問題点が一つあった。成人男性の一般的な血液の量は5リットル弱、そのうち三分の一を失うと血液性ショックで死に至ってしまうということである。

 ヴァンパイアなら最後の一滴まで使うことができるがにのつぎは自分が人かヴァンパイアかもわからないので使える血液の量は1.7リットル未満なのだ。その上、この方法で使えるのは傭兵と夜ならばいつでも使える操血だけだった。

 故ににのつぎは紋章の発動条件が揃うまでは1.7リットルでやりくりしないといけない。逆に紋章が発動すると征服者の紋章のおかげで血液が回復するので1.7リットルを使い切る前に殺されかけられればにのつぎの勝ちは決定することになるのだ。

 しかし当の本人はさらさら死にかけるつもりはなかった。


 自分の手を傷つけるためににのつぎは人差し指と中指につけたアルミ製の先端が鋭い付け爪を手のひらに食い込ませた。そして溢れ出てきた血液を凝固させ血液のボールを作り思い切り7階の壁に投げつけた。ボールは少し狙いを逸れて七階の窓のサッシに引っ付いた。しっかりと血のボールが接着しているのを確認して、送血をさらに発動しようとした瞬間、小さく発砲音が聞こえた。

 しまった、手間取りすぎた

弾丸を目で追う。動体視力だけは少しでも傭兵を発動していればフルに発動できるように水晶体周辺の筋肉と眼球の上あたりにある筋肉には特に強化している。その結果、人の目では捉えることはできないライフルの銃弾を目で追うことを可能にしていた。自分の指から7階のボールにのびる血液の糸は弾丸の軌道とは運よく交わっておらず糸はピンと張ったままだ。

 にのつぎは避けられないと判断し、指先に力をこめた。

窓の上部に張り付いた血のボールが血液の勢いよく巻き上げた。一瞬、三の体が右手を上げる様な体勢で宙に浮いた。銃弾は穿つべき敵には当たらず、ただいたづらにコンクリートを穿った。

 三は一瞬なら血液が自身を引く力で浮くことができたが、巻き取る力より重力が勝り、糸が巻き上げられ短くなっていたこともあって地面に引き摺られそうになりながら荒廃したビルに近づくこととなってしまった。


 7階にいた少尉は狙撃中ライフルを二発も避けられたことから予想以上に三が強いことに気づき驚いていた。何かに引っ張られるように動き出した三を三度目の正直とばかりスコープを覗き照準を合わせた。


 三は狙われていることに気づき、ビルに向かってジグザグに走り出した。しかし、耳のすぐそばを銃弾が掠め外耳が傷つき血塗れになったがこれで分かったことがある、おっさんは銀弾を使っていない。もしこの弾が銀弾なら射線の先にある全てのもの例えばヴァンパイアや蟲達を灼いてくるはずなのにそのような痛みは感じなかった。

 これなら強く攻めることができる!不規則にジグザグと走るのやめビルに向かって一直線に走り出す。ライフルの弾はビルに近づくにつれ加速していく三をかすめることはできても仕留めることはできなかった。三は勢いを殺さずおっさんからは角度的に狙撃するところまで来ると指先に力をこめた。それと同時に三は地面を踏切り大きく飛び上がる、先程より三が血液のボールとの距離が縮まったおかげで強く糸が巻き上げられる事もあって七階までたどり着いた。

 七階の部屋の中では見当違いの方向を警戒をしているおっさんがいた。どうやら階段から攻めてくると勘違いしているらしい。派手な音を立てながら窓を蹴破るとおっさんが気づいて振り返ろうとするが、それよりも早く近づき腹に右こぶしを入れようとしたがおっさんはそれを左の腕でガードした。

 いい加減、使える血が少なくなったきた。血を減らしすぎたせいですでに視界がぼやけかけている。

「ちっ」

 舌打ちして左足でおっさんの顎を蹴り上げる。しかし、おっさんは直ぐに体勢を立て直し、左足の勢いが殺せず隙を見せた三の腹に正拳突きを繰り出した。三は腹にめり込む正拳突きのダメージを最小限にするために後ろに飛びのいた。その隙を見ておっさんが腰に手をやったのが見えた。おっさんの腰にはガンホルスターがある。

 視界がぐらつき身体が少し鈍くなっている状態でこの距離から打ち出される銃弾を避けきることができるだろうか、いやできない。

 でも、勝たねば!!

 三は咄嗟の判断で鉄製の中指のつけ爪を投げつけた。それは銃弾を思わせる速度でおっさんに迫り、おっさんは反応することができず、右目の上を深く切り裂いた。

 隙ができた。敵は右目が血で覆われ遠近感と広い視界を失った。右に素早く移動しておっさんの背後を取り、振りかえる猶予を与えず延髄に付け爪のついた人差し指を突き付けた。

 緊張の一瞬、三は頼むから負けを認めてくれと願った。血を失いすぎてこれ以上、戦いを続けることは困難だった。

「…わかった。俺の負けだ」

 それを聞いて、三は左手でガッツポーズをとり「おっしゃぁぁぁぁ」と叫んで後ろ向きに倒れた。


_______


「あーよかった」

 徳島支部の混浴風呂、通称アヒル風呂に一人で入り三はおっさんとの戦闘を思い出してもわもわとした湯気の中で安堵のため息をついた。

 一つでも間違えてい負けていた戦いだっただろう。もし、おっさんが本気で銀弾を使っていたら、おそらく死にかけるという条件を満たしてしまい、当初の目的であった紋章を完全に発動せずに倒すという目的とは外れてしまっただろうし、最後にがむしゃらに投げた付け爪がおっさんの目の上に当たったのも運がいいだけだった。

 「死にかける」という条件は爺、曰くどうしても後手に回ってしまうので紋章を発動後のスペックが同じの敵には勝つのはかなり難しくなるのだ。確かに征服者の紋章のおかげでルカさんの言うところの要塞とかすのだが、弱点つまり心臓を一撃で完全に破壊されてしまっては再生はできない。つまり、完全に紋章を発動しそこからの超反応では避けられない攻撃をすることができる敵には自分は本領を発揮することなく殺られてしまうことになってしまうのである。

 爺からは操血を使うことでその弱点を少しは克服することができると聞いていた。それは罠をはること、今回、実はあの路地には蜘蛛の糸のように細かくて強靭の血液の糸を約0.1Lほど使って張りめぐらしていたがおっさんが狙撃中を使ってきたのでそれを自分を引き上げるのに使った血液の糸に使いまわしたってところだった。

「まあ、なんにせよ勝ててよかったあ」

 湯舟に浮いている黄色い大量のアヒルたちを見ていると「ふわあ」とあくびがついて出た。

 そういえば、この風呂は通称アヒル風呂というだけあって大量のベーシックなモデルをした黄色いアヒルが大量に湯舟に浮かんでいる。

 アヒルの大きさは高さ三メートル強あるものから数ミリ程度と様々である。大半のアヒルが風呂のふちに打ち上げられているがそれでも、かなりの数のアヒルが湯舟でぷかぷか漂っている。

 近くにあった手のひらサイズのアヒルをを手に取るとずんぐりとした首に油性ペンで何か書かれてあった。


 五百三十二子 ネーム 生食用


 いや、名前の癖強っ、それもそうだが五百三十二ってそんなにいるのか,,,全員に名前がついているのか気になり試しに近くにある親指の先くらいのアヒルを手に取ると腹のところにまたしても名前が書いてあった。


五百三十三子 ネーム ペキンダック


 たまたま、一つ違いだったようだ。名前はどうでもいいとして、このサイズだとこのお風呂の排水溝に詰まってしまうんじゃなかろうか。そう思って風呂のふちにそいつを置くとさらに小さいアヒルを見つけた。小指の先…いや爪ほどの大きさしかない。それでもアヒルの腹には少々わかりづらいが名前が書かれていた。


二百一子 ネーム きかい


 きかいって普通は名前に付けないだろう。その上、きかいって機械、機会、奇怪とたくさん漢字変換できてしまう、奇怪ならわかるこの風呂場明らかに奇怪だからな。その奇怪きっかいなアヒルを風呂のふちに置くと湯舟の上でゆらゆらと浮いている標準的なサイズのアヒルをとった。腹にはもちろん名前が書かれている。


 アヒル=百二十世 このアヒルは初代アヒル=一世に似せて作られたものである。ていちょーに扱うように、と書かれていた。いやどのアヒルも同じフォルムなんですけどね。あとこれは細かいことだが丁重がていちょーになっているのが気になる。そのアヒルを観察していると大きな黒いシルエットが近づいてきた。何かと思って近づいてみると自分より大きなアヒルだった、高さは三メートル弱といったところか。湯気のせいで視界が遮られあまり遠くまで見えないがこのサイズのアヒルもごろごろいるのだろうか。

 そのアヒルは首にメダルをつけており何か書いてある。どうせ名前だろう。立ち上がってそのアヒルの首にかかっている名前を確認したところアヒル=一世と書かれていた。

「さて、アヒル一世も確認できたことだし上がるか」

 いい加減のぼせてきたこともあって三は手に持っていたアヒルー百二十世を一世にぶつけて湯舟から出ようとしたとき後ろから視線を感じた。

「え?」

 三は振り返って後悔した。そこにはまだアヒルのレインコートを着た幼そうな女の子とムッキムキで可愛らしいアヒルが書かれたタンクトップを着た見るからにやばそうな奴がいた。


 三は何もみなかった事にしようと思いまわれ右をしてお湯から出るところのドアを引いたところで後ろからの「待て」という野太い声に呼び止められた。

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