第二十話
跳馬の六分間練習が始まった。飛鳥はヨネクラの練習を始める。翔太朗はドリッグス、修平はロペスを持って来ている。それぞれが順調に練習を進めていると、翔太朗が脚にテーピングを巻きながら美月に声を掛けた。
「美月先輩も、ドリッグスやってたんですよね」
「ん?そうだよ、公式戦ではやった事無いけど」
「なんかひねるコツとかあるんすか?」
「吊られてる感覚のままひねる事かなあ」
「吊られてる感覚……」
「無い?そう言う感覚」
「あるっすけどイマイチピンと来ないんすよね」
翔太朗はひねりの感覚を掴むために何度か体をひねってみる。美月は真剣な眼差しでそれを見守った。
「感覚の問題だからちゃんとひねり入れられるなら問題ないよ。練習通りね」
「はい、気張らずいつも通りですね」
「そうそう」
翔太朗の演技の番になって美月は笑顔で翔太朗を送り出す。
「ファイト!」
鉄棒、跳馬と平行棒の演技が終わった時点で、聖北高校は団体二位につけた。これからあん馬の演技である。それぞれタンマを手に付け、翔太朗の演技を見守る。
「だいぶ緊張取れて来たみたいだね」
「ああ」
修平が飛鳥に向かってそう言い、降り技を決めた翔太朗に拍手を送った。
「お疲れ」
「緊張したっす~」
「良い演技だったよ」
飛鳥も翔太朗に拍手を送って、その演技を讃える。
「いつになってもトップバッターは慣れないっす」
「しゃあない、来年は違うだろうから」
「だと良いっすけど」
翔太朗は大きな溜息を吐いた。
「来年先輩方居ないなんて俺寂しいっす」
「気張って行けよ~来年はきっと主将だぞ」
「うう、考えたくない」
翔太朗の点数が出る。13.588点。次に修平の演技が始まる。
「修平ー!」
「ガンバぁ!」
「修平先輩のあん馬いつ見ても綺麗っすよね」
「ああ、そう思う」
「俺もあんな風になりたいっす」
「目標にして頑張れ」
「頑張ります」
修平は難度の高い技を綺麗に演技し、降り技まで美しい演技をこなした。修平が審査員にお辞儀をして戻って来る。
「お疲れ」
「お疲れ様っす!」
「ありがとう、いやあ、やっぱインターハイの舞台は緊張するね」
「良い緊張感だ」
「まあ、心地好い」
「すげえっす……」
飛鳥があん馬の前に行ってしまうと、翔太朗はちょっと寂しそうな顔になった。
「先輩方の演技見られるの最後だと思うと俺何か泣きそうっす」
「焼き付けておきな~」
美月が笑ってそう言うので翔太朗は頷く。
「でもきっと修平も飛鳥も受験勉強の息抜きに顔出すよ」
「そうだと嬉しいっす」
「俺は顔出すよ」
修平はニコリと笑った。翔太朗はホッとした笑顔になって、飛鳥の背中を見る。修平の得点が出た。14.588点だ。
「おお~出たねえ」
「やりましたね先輩!」
「嬉しいねえ」
飛鳥の演技が始まる。
「飛鳥ー!」
「ガンバぁ!」
観客席からも応援が届いた。飛鳥があん馬に手を付ける。飛鳥は練習でも見せた事のない綺麗な演技をした。Eスコアに期待が出来る演技である。降り技が綺麗に決まった。皆から拍手が送られる。飛鳥はホッとして溜息を吐いた。お辞儀をして皆の元に戻る。
「お疲れ飛鳥」
「サンキュ」
「お疲れ様っす!」
「おう。次だ次。気合入れてけよ」
「はい!」
次は吊り輪の演技だ。皆はプロテクターの用意をしながら飛鳥の点数が出るのを待つ。14.888点。今までで一番良い点が出た。四種目が終わった時点で聖北高校は団体一位になる。
「良い感じだね」
「ああ、このまま一位を突っ走ろう」
修平と飛鳥がそんな会話をして、翔太朗は何だか嬉しそうな顔になった。
「どうした?」
「いえ、何でもないっす」
「そう?」
「はい!」
翔太朗がいつまでもニコニコとしているので、飛鳥は溜息を吐いて口を開く。
「あんま気緩めてるとミスるぞ」
「大丈夫っす、気を付けます」
その言葉通り翔太朗は吊り輪の演技で良い点を出して、飛鳥達を湧かせた。
もう最終種目。床。飛鳥達の疲労も積み重なっている。しかし三人の顔は希望に満ちていた。ミスする事無くここまで来たのだ。最後までミスの無い演技をしよう、と飛鳥から言われていた事が今まさに達成されようとしている。
「翔太朗ー!」
「ガンバぁ!」
一本目にルドルフ、伸身後方二回宙返り二回ひねりを持って来る。小さく一歩出たがきちんと着地した。二本目、ロンダートからバク転、伸身後方二回宙返り一回半ひねり。三本目、伸身前方宙返り一回ひねりから抱え込み前方宙返り一回半ひねり。四本目、ロンダート、伸身後方宙返り二回ひねり。側宙から前転、旋回をして柔軟、十字倒立。五本目、伸身前方二回宙返り一回ひねりから屈伸の前方宙返り一回半ひねり。六本目、ロンダート、後方抱え込み二回宙返り一回半ひねり。決まった。
「よっしゃあ!」
翔太朗は大きくガッツポーズを取って、審査員にお辞儀をして帰って来る。
「よくやったよくやった」
美月は嬉しそうにそう言って、翔太朗の肩を叩いた。翔太朗も嬉しそうに頷いてやりましたよ!と呼応する。
「良い演技だった」
「よくやったよ」
修平も飛鳥も翔太朗を囲んで声を掛けた。
「ありがとうございます!役目を果たせました!」
「今度は俺の番だ」
修平はそう言って大きく伸びをしてから定位置に着く。翔太朗はその背中を見てうんと頷いた。
「修平先輩ならやってくれますよね」
「勝負強いからな、きっとやってくれるさ」
翔太朗の点数が出た。13.955点。翔太朗はまた拳を握る。修平の演技が始まる。
「修平ー!」
「ガンバぁ!」
修平は一呼吸置いてから床に入った。一本目、ロンダート、後方伸身二回宙返り二回ひねり。二本目、伸身前方宙返り二回ひねりから抱え込み前方宙返り一回半ひねり。三本目、抱え込み前方二回宙返り二回ひねり。四本目、ロンダート、伸身後方二回宙返り一回半ひねりから抱え込み前方宙返り一回ひねり。五本目、ロンダート、バク転、後方抱え込み二回宙返り二回半ひねり。前転、旋回、柔軟からシンピ倒立。ラスト六本目、伸身前方二回宙返り二回ひねり。本人達が目指す美しい体操を体現するような演技を修平は披露した。歓声が上がる。
「修平良い演技だった」
「凄かったっす!」
「良かったよ~」
「ありがとう」
修平は飲み物を手に取って、深く溜息を吐いた。
「あ~これで肩の荷降りた」
「お疲れさん、よし、行ってくる」
「ファイト」
飛鳥は修平の肩をポンと叩いて定位置に着く。修平の点数が出た。14.588点。Eスコアが高い。飛鳥は拍手する。
これから飛鳥の高校最後の演技が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます