第十九話
それからの日々は忙しかった。バスはまだ通ってないので、飛鳥は母智弘にお願いをして学校まで送ってもらい朝練習に励む。朝練習が終われば眠たい目を擦って授業を七時間目まで受け、その後急いで部活に向かい部員の大半が六時半で帰る所を八時まで練習する。お陰でレギュラー陣は出来なかった難度の技が出来るようになった。
聖北高校の器械体操部は、県大会、東北大会を勝ち進み、遂に全国大会まで駒を進めた。地元東北、仙台市のスーパーアリーナで行われる大会に出場する事が決まった時、飛鳥はやっと戻って来た、と思った。
飛鳥は朝普段と同じ様に目覚め、朝食は軽めにとりランニングをしておく。バスで聖北高校まで向かい、体育館に全員揃った事を確認し、バスでアリーナまで向かった。
「では皆さん、競技場で会いましょう」
アリーナのギャラリーで隆二と別れる。飛鳥達は器具のセットに向かう事になった。床の板を飛鳥は翔太朗と運ぶ。
「何だか緊張しますね」
「そりゃあな」
「でもあれだけ練習したんでミスは絶対にしません」
「俺もだ。あんまり力みすぎんなよ」
「もちろんです」
床のセットが終わり、他の器具のセットが終わっている事を確認した飛鳥達は一旦ギャラリーに引き上げた。
「皆、あたし達の出番は午前中だから、もう下でアップ始めるよ」
「おう」
美月の言葉で緊張が走る。美月はプラカードを持ち、飛鳥達と共に競技場へと降りた。床で軽く準備運動をする。他の学校の競技者も、同じ様に準備運動を始め出した。
修平がのんびりとした声で飛鳥に声を掛ける。
「緊張してきたね」
「ああ、そうだな」
「でも心地良い緊張感だ」
「俺もそう思う」
飛鳥は頷いて柔軟を終わらせた。タンブリングの練習が始まる。修平はテーピングを腕に巻きつつ、翔太朗に声を掛けた。
「あんまり緊張し過ぎない様にね」
「分かってはいるんすけどね」
飛鳥が軽くロンダード、バク転、バク宙をする。それを見て翔太朗は、よし、と深呼吸した。翔太朗は伸身前宙からの前宙。修平も苦笑しながらタンブリングに入る。
「そろそろ本番だよ皆」
それぞれが数本ずつタンブリングをし終わった所で美月が声を掛けた。皆は頷いて廊下で控えにつく。
「皆、プロテクターの用意は良い?」
「オッケーだ」
「もちろんす」
「大丈夫だよ」
聖北高校の始めは鉄棒からで、どことなく皆気合いが入っていた。
普段通り審査員に挨拶し、六分間練習が始まる。それぞれが前回、前々回よりも難度の高い技を用意してきていた。修平から鉄棒に入る。修平はコールマンの他にトカチェフとコバチを入れてきていた。修平はコールマンに挑戦しバーを掴む。軽く宙返りで降りて、次は翔太朗の番。翔太朗はコバチの他にコールマン、カッシーナを持ってきている。カッシーナでバーを掴み、修平と同じ様に宙返りで降りた。飛鳥は前回の技の他にブレッドシュナイダーを用意してきている。ブレッドシュナイダーは世界でも数名しか成功者が居ない難度がIの技だ。飛鳥はブレッドシュナイダーの練習をする。バーを掴む。観客席からどよめきの声がした。
本番が始まる。修平からの演技となり、修平は大きく深呼吸をして名前が呼ばれるのを待った。名前が呼ばれた。
「修平ー」
「ガンバぁ!」
一段と熱の篭った応援、修平はその期待を一身に受けて演技を始める。まず初めにコバチ、そしてトカチェフ、コールマンの順に技を綺麗に成功させた。順調に演技は進み、新月面宙返りで演技を締め括る。着地、ピタリと止まった。飛鳥達は拍手をして修平を讃える。
「緊張したよ~」
「お疲れさん」
「カッコよかったっす!」
「お疲れ様!」
翔太朗が控えて、それぞれ修平の点数が出るのを見守った。点数が出る。13.833点。修平は自己新記録を更新した。翔太朗の名前が呼ばれる。
「ハイッ!」
「翔太朗ー!」
「ガンバぁ!」
スイングから車輪、勢いを付けてコバチ。バーを掴む。そしてコールマン。バーに近付きすぎたが何とかバーを掴んだ。車輪からもう一度勢いを付けてカッシーナ。今度は綺麗に成功した。拍手が起こる。車輪、持ち替え技をこなして、新月面宙返り。一歩大きく出てしまったが何とか着地した。審査員にお辞儀をして翔太朗が戻って来る。
「よくやったね」
「あざす!落ちると思いました!」
「落ちなくて良かった」
修平も翔太朗もホッとした顔になった。次は飛鳥の番だ。飛鳥はプロテクターの調整をしながら審査員の方をじっと見つめている。点数が出た。13.533点。なかなか良い点だ。飛鳥の名前が呼ばれる。
「はい!」
「飛鳥ー!」
「ガンバぁ!」
美月は手を組んで祈った。ブレッドシュナイダーが成功しますようにと。
演技が始まる。一発目にブレッドシュナイダーを持って来た。コールマンにもう一ひねりを加えた技だ。車輪から勢いを付けた。バーから手を離す。宙返りをしながら体をひねる。バーを掴んだ。歓声が湧き起こる。しかしいつまでも喜んでいられないのが鉄棒だ。次にトカチェフ。コールマンからのカッシーナを繋げる。離れ技はこれで全部だ。翔太朗と同じ様に、持ち替え技を幾つかこなして降り技。新月面宙返りをして着地、小さく一歩出た。きちんと審査員にお辞儀をして、飛鳥は皆の所へと足を向けた。
「やったね飛鳥!」
頬を上気させて喜ぶ美月。飛鳥も嬉しそうにガッツポーズを取った。
「これで一つ不安は無くなった」
「良い点数出るんじゃない?」
「出ると良いな」
「出ますよ!ブレッドシュナイダーですよ!?」
「そうだよ、自信持ちな」
翔太朗と修平に励まされながら飛鳥達は点数が出るのを待つ。点数が出た。15.110点。これは日本でもあまり見た事のない数字である。観客席から歓声が上がった。飛鳥は照れ笑いを見せて、次行くぞ、と皆を鼓舞する。
次は皆難度を上げて臨む跳馬だ。
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