第十八話

 朝九時、きっちり全員揃って部活が始まった。各々がプロテクターやテーピングの準備をする中、美月は大きく深呼吸をしてから隆二に近付いた。

「先生、お話があるのですが」

「どうしました美月」

 隆二は何だか意外そうな顔になって美月と向き直る。

「レギュラーの皆と話をしたのですが、インターハイに行くには個人の力が不足していると感じているみたいです。なので朝の練習時間を設けてはいただけませんか?」

「朝にですか……部活の延長でしたら楽に行えるのですが、朝が良いと皆言っているのですか?」

「夕方の時間だと皆きっと疲労がたまりやすいと思います。朝練習の時間が良いと、私は思います」

「ふむ、そうですか。少しレギュラーの皆の意見も聞きたいです。美月、レギュラーの皆を集めて貰えますか?」

「はい!」

 美月は体育館中を走って回り、レギュラー四人を集めてきた。

「皆さん、朝の練習時間が必要だと美月から聞きましたが、それに異存はありませんか?」

「はい」

「夕方の部活の延長なら楽ですが、それでも朝の練習が必要ですか?」

「部活の延長もしてくださるなら、尚良いです」

 飛鳥がそう言うので、隆二はふむ、と顎に手をやる。

「朝練習の他に部活の延長も望みますか?」

「はい」

「それには怪我をしない事が絶対の条件だという事も承知していますか?」

「もちろんです」

「では、こちらで朝練習の他に部活の延長も出来るように取り計らいましょう。皆さん、それで良いですか?」

「はい」

「では朝練習の時間についてですが、私が見ていられる時間は七時半が限度でしょう。朝何時から始めたいですか?」

「五時で」

「二時間半ですか。相当辛いと思いますがそれでもやりますか?」

「やります」

 そう言う皆の顔は決意に満ちている。隆二はそれならやりましょうと言って頷いた。美月は小さくガッツポーズを取って喜ぶ。

「しかし、本当に怪我だけはしない様に。これは約束ですよ」

「はい!」

「では、解散」

「ありがとうございます!」

 皆声を揃えてお礼を言った。隆二は微笑んでから他の部員の指導に入る。

「美月、ありがとう」

 修平が美月を呼び止めてお礼を言った。美月は振り返って頷き笑う。

「これくらい何ともないよ!さ、練習頑張ってね!」

「うん」

「そうだ、修平何処の大学狙ってるの?体操は続ける?」

「俺は聖北大学の工学部志望だよ。体操は……どうかな、続けるとは思う」

「そっかそっか!飛鳥も聖北大の体操部入るんだって言ってた。私も聖北大狙ってるから、お互い頑張ろうね!」

「うん、頑張ろう」

 修平はふふっと笑って、プロテクターの調整を始めた。美月も後輩の補助に当たり始める。

 飛鳥はと言えば、床でリ・ジョンソンの調整を始めていた。まだしっくり来ていない部分があるらしく、それを詰める為に何度も挑戦している。

「飛鳥先輩、熱篭ってますね」

「そう?普通にやってるだけだよ」

 翔太朗の一言に飛鳥はそう返した。

「俺はルドルフに挑戦したいと思います」

「いきなり二回もひねり入れて大丈夫か?」

「ちょっと怖いんで、俺トランポリン入るっす」

「それが良い、怪我すんなよ」

「勿論です」

 翔太朗は小走りでトランポリンへと向かって行く。飛鳥も負けていられないなと思った。

 隆二の指導もあってか、翔太朗は直ぐにひねりを入れられるようになってくる。

「翔太朗、もっと吊られている事をイメージして」

「ハイ!」

 何度も何度も挑戦する様は、かつての飛鳥の様だなと隆二は思った。


 部活終了後、筋肉痛で悲鳴を上げる体を何となく嬉しく思いながら、飛鳥は帰路へと着く。

「何か嬉しそうだね、飛鳥」

「そう?」

「うんうん。今日あたしユーモレスク寄ってくけど飛鳥一緒に来る?」

「じゃあ行こうかな」

「よし!じゃあ行こう!あたし赤本持って来たからさ、解きたいんだよね」

「なるほどね」

 やる気満々の美月を見て飛鳥も自分に喝を入れた。受験なんて三年先だろと思って聖北高校に入ったが、その三年もあっという間である。

「和哉何してるかな」

 ふとユーモレスクに行く最中に美月がポツリと呟いた。

「リハビリ、頑張ってるんじゃないか」

「そうだよね、和哉頑張り屋さんだもんね」

「頑張り過ぎないといいんだけど」

「それは飛鳥もじゃない?今日何本リ・ジョンソンやったのよ」

「分かんない」

 飛鳥はケラケラと笑う。美月は心配そうな顔になって飛鳥を見た。

「怪我しないでよね」

「そこら辺は大丈夫、体と相談しながらやってる」

「なら良いんだけど」

「任せろ」

「跳馬も技変えるって言ってたけど、何にするの?」

「ヨネクラにしようかなって。ツカハラ飛びなら慣れてるし、それにひねり加えるだけだから」

「なるほどね〜ひねり得意だもんね」

「まあね」

 ユーモレスクに着く。那瑠がいつもの様にのんびりとした声で出迎えた。

「いらっしゃいませ〜」

「こんにちは那瑠さん!」

「こんにちは」

「美月に飛鳥、いらっしゃい」

 那瑠はニコリと笑ってカウンター席に二人を通す。

「今日は何飲む?」

「俺ドッピオください」

「あたしにはカプチーノください」

「承りました~」

 暫し那瑠がコーヒーを淹れ終わるのを待ってから二人は勉強を始める。

「昼飯どうする?」

 飛鳥が過去問を解きながら美月に訊ねた。美月は此処で食べると言いメニュー表を手に取る。

「那瑠さん、オムライスください」

「俺もオムライスください」

「はいよ~」

 那瑠が調理場に行き、二人はまた過去問を解き始めた。するとバイトの大学生が気さくに二人の手元を見て話しかけてきた。

「聖北大学の過去問ですか?」

「あ、はい、そうなんです」

 美月がニコリと笑って答える。大学生はそっかあと言って嬉しそうに口を開いた。

「僕も聖北大学の学生なんです、分からない所があったら教えてあげるから遠慮なく言ってください」

「わ、ありがとうございます」

 美月は彼の顔を見て頬を染める。

「夏生、邪魔するなよ~」

「分かってますよ~」

 奥から那瑠の声がして夏生と呼ばれたその人は、他のお客の所へ行ってしまった。

「今の人めっちゃイケメンじゃなかった?!」

「分かる。羨ましいよ」

「拗ねないでよ、飛鳥もイケメンだよ」

「どうだか」

 ボソッとそう言って飛鳥は知らん顔をする。美月はごめんってと言って飛鳥の顔を覗き見た。むすくれている。そう言う飛鳥もイケメンだが、飛鳥は自分に自信が無かったので美月が他の人を見てイケメンだとかカッコいいとか言うのに敏感であった。飛鳥はしょうもないなと心の中で思いながら溜息を吐く。

「もう美月が誰かをカッコいいとか言ってはしゃぐのには慣れたよ」

「ホントごめん、気を付ける」

「はい、この話はこれで終わり」

「はーい」

 飛鳥は美月の顔を見ずに過去問に集中していた。那瑠が奥からオムライスをもってやって来る。

「おまちどおさま」

「ありがとうございます!」

 二人の前にオムライスが置かれる。二人は勉強する手を止めて、オムライスを堪能した。

「美味かったっす」

「そりゃ良かった」

 飛鳥が美月よりも早く完食して、那瑠にお礼を言う。那瑠は飛鳥の食器を片付けながら口を開いた。

「受験勉強は順調か?」

「はい、まあ」

「分かんない所あったら私も教えてやれるから、遠慮なく言いな」

「ありがとうございます、じゃあ、此処教えてください」

 飛鳥は頭を悩ませていた問題を引っ張り出して那瑠に見せる。そうして那瑠の力を借りながら、受験勉強は進んでいくのだった。

 

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