第十七話
「俺も自分の演技見返して、これじゃ飛鳥の足引っ張るだけだなと思った。飛鳥は個人でインハイ行ける実力持ってるけど、俺らはこのままじゃだめだと思う」
「修平……」
修平はそう言い切ってコーヒーに口を付けた。
「翔太朗は?」
美月が俯いている翔太朗に声を掛ける。翔太朗は泣きそうな顔で顔を上げた。
「俺、正直和哉先輩の穴埋めるのに必死で、そんな事考えもしませんでした。ごめんなさい。俺もっと上手くなりたいです。上手くなってインターハイに行きたいです」
翔太朗の顔は決意に満ちた様な顔に変わって来る。飛鳥は組んでいた腕をコーヒーにやりながら口を開いた。
「決まりだな。朝練習しよう」
「明日日曜で普通に部活でしょ。その時に隆二先生に話してみるね」
「サンキュー」
その時丁度那瑠がやって来て、四人にケーキを配り出した。美月が夕飯頼んじゃおっかと言うので、それぞれ好きなメニューを選ぶ。
「ケーキありがとうございます」
「ありがとうございます!」
飛鳥と翔太朗の声が被った。那瑠はクスリと笑ってどういたしましてと言うと調理場に戻って行く。
「美味そうっすね」
「美味しいよ~」
美月がニコニコと笑って言うので、翔太朗は照れた笑いを見せた。四人は料理が来るまでコーヒーとケーキを楽しむ。さっきまでの緊張も解けて談笑した。翔太朗の話に美月がツッコんで修平と飛鳥が笑う。こんな時間が長く続けばいいなと飛鳥は思った。
那瑠が料理を運んできた。それらはどれも美味しそうで、高校生の腹を鳴らせる。
「では、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
四人はお礼を言って早速腹を満たし始めた。暫く無言の状態が続くが、翔太朗が美味い!と言って笑うまではそう時間は掛からなかった。
「ありがとうございました~またのご来店を~」
「ごちそうさまでした!」
那瑠の声に送り出されて四人は帰路に就く。聖北地区出身の修平と翔太朗が別れて行って、美月と飛鳥はバス停に向かった。
「美味しかったね~」
「よく食ったな」
「ケーキでちょっとお腹一杯だったんだけど料理目の前にしたら結構いけたよね」
「太るなよ」
「飛鳥こそ体重管理徹底してよね」
「俺は大丈夫だよ。帰ったら筋トレするし」
「この時間からまだ動くわけ?凄いね~」
「元々動くの好きなんで」
「そうだったね」
バス停で数分。バスは直ぐに来た。帰宅途中のサラリーマンでバスはぎゅうぎゅう詰めで、飛鳥は美月を庇いながらバスに乗るのだった。バスに揺られて十数分、やっと蒸し暑かった車内から解放されて、二人はホッと溜息を吐く。
「この時間混むんだね」
「知らなかった」
「あたしも」
「もう九時過ぎてるから送らせて」
「え~大丈夫だよ」
「いいから」
「はーい」
二人は美月の家に向かって歩き出した。どちらからでもなく手を繋ぐ。ぶらぶらと手を振って歩きながら、二人はこれからの事を話した。
「あたし、明日部活の時絶対隆二先生の事説得してみせるから」
「頼りにしてる」
飛鳥はクスリと笑ってそう言った。美月はそんな飛鳥の顔を見て照れた様に笑う。
「何か現役時代を思い出してさ、つい熱が篭っちゃう」
「良いんじゃない?それが美月の良い所でしょ」
「そう?」
「そうさ」
美月は、あ~と声を出して飛鳥と繋いだ手を大きく振った。
「現役かあ、飛鳥は大学行っても体操続けるでしょ?和哉が返って来て、修平もきっと聖北大学だろうし、また楽しい日々が戻って来ると良いよね」
「そうだなあ、修平が何処に行くとかはクラス違うからあんまり話さないけど、体操は続けると思う」
「明日聞いてみよっと」
「後で俺にも教えて」
「いいよ」
クスクスと二人で笑っていた所で美月の家に着く。二人はまた後でと言って別れた。
飛鳥は一人になってもと来た道を歩き出す。飛鳥と美月の家は桜ヶ丘七丁目のバス停を挟んで正反対にあるのだ。飛鳥は軽くランニングをしながら家に帰る。荷物はそれほど重くなかったのであまり疲れる事も無かった。
「ただいま」
「おかえり飛鳥!大会、どうだった!」
智弘が玄関で飛鳥を出迎えてそう言う。飛鳥は頬を掻きながら口を開いた。
「団体一位、個人総合一位だったよ」
「あら!おめでとう~!飛鳥練習頑張ってたもんね、文武両道、お母さんは嬉しいよ!」
「ありがとう、父さんは?」
「もう夕飯もお風呂も済ませて部屋に戻ってるよ。ご飯の時も飛鳥の事気にしてたから報告しに行ってあげな~」
「わ、分かった」
智弘に言われるがまま飛鳥は荷物を片手に父、拓の部屋の扉をノックする。
「入って良いぞ」
「はい」
いつもこの部屋に入るとき、飛鳥は緊張して鼓動が早くなるのを感じていた。それは今日も同じで、緊張で冷や汗をかく。
「父さん、今日の大会、団体一位、個人総合一位だったよ」
「おお、よくやった。おめでとう。明日も部活か?」
「ありがとう。そう、部活だよ」
「そうかそうか、じゃあ今日はゆっくり風呂に入って、明日に備えて早めに寝るんだぞ。怪我なんてしたら大変だからな」
「うん、そうする。ありがとう」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
飛鳥は部屋の扉を閉めると深く溜息を吐いた。緊張の糸が切れる。飛鳥はそそくさと自室に入り、どさっとベッドに横たわった。
「疲れた」
疲れがピークに達したが、風呂に入らなければならない。飛鳥は暫くそうして横たわっていたが気合を入れ直して風呂へと向かうのだった。
風呂に入って体と頭を洗い、湯船に浸かる。飛鳥は先程拓に言われた言葉を思い出していた。
「父さんも、自分の子供を褒める事があるんだな」
小さい頃よく褒めてくれるのは智弘だった。智弘はいつも飛鳥側に立って拓との仲を取り持ってくれていた様な気がする。飛鳥はぼんやりとそんな事を思って湯船に沈んだ。息を止めて頭まで湯に浸かり、一分ほどそうしていた。そして息をゆっくり吐きながら顔を湯から出す。たまに飛鳥は頭を空っぽにするためにこういう事をしていた。
「上がるか……」
飛鳥はすっかり逆上せた頭で風呂から上がる。ジャージに着替えて部屋に戻ると、美月から、もう勉強してるよとメールが来ていた。飛鳥も早速机に向かいながら美月に通話を掛ける。
「もしもし?飛鳥?」
「はいよ、やるか」
「うんうん」
美月は嬉しそうな声を出した。飛鳥は何故かそれがおかしく思えてクスリと笑う。
「何で笑った?」
美月の不満そうな声にまた笑って飛鳥は口を開いた。
「いや、何でそんなに嬉しそうなのかなと思って」
「嬉しそうじゃないし!別に飛鳥と通話しながら勉強するのが好きなだけだし!」
「嬉しいんじゃん」
「う……うん」
「素直でよろしい」
飛鳥が微笑んでそう言うと、それが美月にも伝わったのか、美月は照れながらも笑って勉強しよ!と言う。
「よし、課題終わらせんぞ」
「え?全部?」
「少なくとも週末課題の三分の二は終わらせたい」
「ほとんどじゃん!」
「当たり前っしょ、ほら、分かんない所は教えてやるから、やるぞ」
「はーい」
美月は不服そうな声で返事をしながらシャーペンを動かすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます