第十六話

 バスに揺られ帰宅した飛鳥は、早速机に向かって今日の本番の動画を美月に送ってもらい見直しをする事にした。

「やっべ、ここ焦ってんな」

 跳馬の演技は13.666点で、飛鳥は一歩大きく出て着地してしまったのだった。それからあん馬、鉄棒と確認している内に段々と飛鳥は焦ってきた。

「本当にこれでインハイ行けんのかな。せめて全種目14点乗りたいな」

 あとは……と飛鳥は溜息を吐く。

「皆の点数も上げてもらわないとなあ」

 団体で何とか一位は獲れたものの、やはり皆の点数を上げることが何より重要な気がする、と飛鳥は思った。かと言ってこれ以上練習量を増やすのは負担が大きい。飛鳥は頭を悩ませる。

「あ〜何とかなんねえかな」

 飛鳥は天井を見上げて、また溜息を吐いた。

 ピピピと電話が鳴る。美月だ。飛鳥が電話に出ると、美月の威勢の良い声が響いた。

「飛鳥総合優勝おめでとう~!圧巻の演技だったね!」

「美月……サンキュー」

「あれ?全然嬉しそうじゃないね、どうかした?」

「いやあ、ミスしまくってんなと思ってへこんでた所」

「ミスってたかなあ、あたしには良い演技に見えたけど」

「意外と小さい所でミスってる。これは練習し直しだな」

「そっかあ。目標高いねえ」

「そりゃインターハイ優勝狙ってるんで」

「サポートは任せて!」

「頼りにしてるよ」

 飛鳥がそう言って笑うと、美月も笑い返してくれる。

「団体の得点見てたんだけど、もっと上がんないかなあって頭悩ませてた所」

「んー、まあ和哉の穴埋めるには翔太朗じゃ重荷かもね」

「そうだよなあ」

 美月はうーんと唸った。飛鳥は手元をいじりながら口を開く。

「練習量増やしても今更な感じはあるし」

「そうよね」

「どうしたら良いんだろうな」

「これは飛鳥の問題じゃなくて修平と翔太朗がどう捉えるかじゃない?飛鳥が頭悩ませたって解決しないよ」

「そうかあ、でも主将として出来る事があれば何とかしたいんだよな」

「反省会するしかないね」

「反省会か」

「する?」

「する」

 美月はじゃあ早速と言って修平と翔太朗にメールを送り始めた。その間飛鳥はぼんやりと今日の演技を振り返る。出来る事はやり切った。しかしここで全てを出し切って終わってしまうには早すぎる。まだまだ詰めていける所はあるし、ここからだなと思った所で美月が口を開いた。

「二人とも快諾。場所はユーモレスクにしたけど良いよね?」

「ああ、良いよ」

「じゃあ、すぐ行くから、飛鳥もおいで」

「オッケー」

 電話を切り、財布と定期を持って外に出る。もう遅いので智弘に夕飯は要らないと飛鳥は告げた。少し急ぎ気味に走ってバス停まで向かう。もうそこには美月が来ていて、飛鳥はホッとした。

「飛鳥お疲れ~」

「お疲れさん。美月早くない?」

「家すぐそこだもん」

「まあ、そうか」

 二人は他愛のない事を話しながらバスが来るのを待つ。バスが来てだいぶ空いている事に少々驚きながら二人は一番奥の席に座った。

「もう暑いね~」

「六月になるもんな」

「今年も猛暑なのかな」

「予報だとそんな感じでもなさそうだけどな」

「やった」

「すぐ梅雨入りしそう」

「げ、それは嫌」

 飛鳥は美月の顔を見てケラケラと笑う。美月はちょっと笑わないでよと言って飛鳥の肩を軽く小突いた。ひとしきり笑った所で美月が溜息を吐く。

「何でこんな男好きになっちゃったんだろう」

「別れたいの?」

「別れたくない!」

「じゃあそんな事言うなよ、嘘でも悲しくなるだろ」

「ごめんね」

「分かったなら良し」

 クスクスと笑い合ってまた他愛のない事を話し合った。不思議な事に大会の事は話題に上がらない。美月が気をきかせてくれたのかなと飛鳥は思った。

 ユーモレスクに着いた。翔太朗と修平はまだ来ていなくて、那瑠ののんびりとした声で出迎えられる。

「いらっしゃいませ~」

「那瑠さんこんばんは!」

 タタタと美月がカウンターに駆け寄って那瑠に挨拶をした。那瑠は少々驚いた顔をしてからにこりと笑う。

「デートか?」

「いいえ、今日地区大会だったのでそれの反省会です」

「大人数か?」

「いいえ、四人です」

「分かった。奥に座敷あるからそこ使って良いよ」

「ありがとうございます!」

 飛鳥は扉を閉めて美月の隣に寄った。

「こんばんはっす」

「よう飛鳥。大会、どうだったんだ?」

「個人、団体共に優勝でした」

「おお、凄いじゃんか、お祝いしないとな」

「いや、お祝いじゃなくて今日は反省会なんで」

「もったいないな。せめてケーキくらい奢らせてくれ」

「え」

「いいんですか!」

 美月が満面の笑みでぐいっと乗り出す。

「ああ、もちろん」

「ありがとうございます!」

「お、おい」

「那瑠さんが良いって言ってるんだから甘えようよ」

「そうだぞ、甘えとけ」

 飛鳥は溜息を吐いて、それならいただきますと言った。カランカランと鈴の音が響く。

「いらっしゃいませ~」

「あ!美月先輩に飛鳥先輩!お疲れ様っす!」

「お疲れさん」

「お疲れ~」

 後ろから修平もやって来て四人が合流した。四人は那瑠に導かれるがまま奥の座敷に座らせてもらって、各々コーヒーを頼む。

「俺ここ初めてなんすけど皆さん初めてじゃないんすか?」

「あたしと飛鳥はしょっちゅう来てるよ」

「俺もたまに来るよ」

「修平先輩がカフェ……!イメージに無いっす」

「失礼だなあ」

 美月はクスクスと笑った。それにつられて皆も笑う。コーヒーが来るまで雑談していたが、飛鳥は心なしか緊張していた。いったい何を話したら良いのだろう。不安になって美月を見ると、美月は大丈夫だよ、と言った。

「何が大丈夫なんすか?」

「んーん、こっちの話」

「怪しいっすね~」

「怪しいね」

「何でもないって」

 美月がこれ以上は無し!と手でバッテンを作ったので二人もそれ以上は詮索しない。

「お待たせしました~。ドッピオが飛鳥で、アイスモカが美月、んでカプチーノが修平で、そちらの少年、名前は?」

「俺っすか、翔太朗です!お姉さんのお名前は?」

「翔太朗ね。どうぞバニラ・ラテです。私は那瑠、よろしくね」

「那瑠さんっすね~よろしくお願いします!」

「では、ごゆっくり~」

 那瑠が去ると、まず皆はコーヒーを一口飲んだ。

「うま!」

「でしょ!此処のコーヒー美味しいんだよね」

「リピーターになりそうっす」

「是非是非。さて」

 美月がグラス置く。

「まずは団体優勝おめでとう!今日は私が持つから、夕飯も頼んじゃってね!」

「良いんすか!」

「良いよ~。それでね。今後の事なんだけど」

 四人の間に緊張が走った。

「私は皆の演技、すっごい良かったと思うけど、この点数でインターハイに行くのにはちょっと物足りないかなって思ったの。もちろん皆の演技を否定する気はないしミスも少なかったけどね。だからちょっと上のレベルの技に挑戦してみて欲しいんだ。まだまだ皆の演技には荒っぽさが残ってて、詰められる所は沢山ある。インターハイに行くためにちょっと頑張ってみない?あたしもサポートはするからさ」

「これからで間に合いますかね」

「朝練習の時間取れないかあたし隆二先生に相談してみるつもり」

「俺からも頼む」

 飛鳥が頭を下げる。

「俺も自分の演技見直して、跳馬も技変えようと思ってるし、鉄棒もコバチとか入れて編成変えようと思ってる」

「そんなに変えて大丈夫っすか」

「コバチは昔からやってたから大丈夫なはず」

 飛鳥の言葉で場が静まり返った。そこで修平が口を開く。

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