第十三話
地区大会当日。飛鳥の首の怪我も治り、コンディションはバッチリという時。
「置いてくよー!」
美月の先導で体育館のギャラリーに荷物を置き、器具のセットに入る。もう既に他の高校の部員もセットに入っており、聖北高校の部員も急いで体育館に降りた。
「あげまーす」
鉄棒のセットに飛鳥が入り、バーを設置して鉄柱を垂直に上げる。
「まわしまーす」
翔太朗の声で器具の金具を回す。皆が金具を回し切った所で飛鳥はバーが水平になっている事を確認した。
他の器具の設置も大体終わり、一旦ギャラリーに上がった部員に、隆二が声を掛けた。
「いよいよですね。皆さんコンディションは如何ですか?今から下に降りてアップを始めます。その後は……」
隆二の説明を聞き逃さないように飛鳥は気持ちを集中させる。
「説明は以上です。さあ、行きましょう諸君」
「ハイ!」
皆の気合いの入った返事に、隆二も満足気に頷いた。飛鳥はプロテクターや飲み物の準備をしながら美月に声を掛ける。
「俺たちの試合、午後からだけど美月も下来る?」
「もちろん。プラカード持つ人必要だしね」
「オッケー」
レギュラーにはもう一人の三年生綾野修平、それに加えて翔太朗、補欠で恭平が入る事になった。修平は無口なタイプであまり感情を表に出さないが、実は一番情に厚い事を飛鳥は知っている。そんな修平が翔太朗と健太に声を掛けていた。激励している様だ。飛鳥が準備を終えてその輪に入ると、修平は飛鳥の方を向いて口を開く。
「二人とも緊張してるみたいだから」
「緊張してんのか」
「柄にも無く」
「補欠だけどな」
飛鳥はふふっと笑って二人の背中をパンっと叩いた。
「気合入れてけよ、インターハイ目指してんだからな」
「はい!」
「飛鳥それじゃプレッシャーになるって」
クスクスと笑う修平を見て頬を掻く。しかし二人は満面の笑みを浮かべていた。どうやら気合が入ったようだ。修平はやれやれと首を振っている。
「よし、じゃあアップ行くか」
「はい!」
四人は体育館の端に荷物を置いて、早速アップをし始めた。他の学校の選手達も続々とアップに入って来る。聖北高校の面々は床に入り、軽い技から体をならしていった。
大会が始まった。聖北高校の演技は午後からだったので、観戦する事になる。
「皆めっちゃ上手いっすね」
翔太朗が飛鳥の隣に来てそう言った。
「そりゃこの辺の高校は強豪校ばっかりだからな」
「俺不安になって来ました」
「大丈夫だって。練習だと思って気楽にやりな」
「そうっすかね」
「そうさ」
「試技会だと思ってちょっと緊張感持って頑張ります」
「その意気だ、俺もこれが最後の試合にならない様に頑張るよ。皆の事インターハイに連れて行きたいし」
「リ・ジョンソンすか!」
「まあ、それもあるけど。他の技も絶対に決める」
飛鳥の決意に満ちた横顔を見て、翔太朗も頷く。
「俺も決めます」
「おう」
そして演技前の最終練習が終わり、いよいよ本番が始まった。
「翔太朗、東高の床始まったぞ」
「おっ、見なきゃ」
「翔太朗はさ、自分の演技の前に他の選手の演技見ても大丈夫な感じ?」
「俺は平気っすね。飛鳥先輩は?」
「最近になってようやく見られるようになった」
翔太朗は飛鳥の言葉に意外そうな顔になる。
「心に余裕が出来たんすね」
「そうかもな」
そうしている内に床の演技を終えた東高校の選手たちは吊り輪に移動していった。体操競技の男子は六種目あり、それぞれグループに分かれて演技する事になっている。演技が終わった時から次の種目へと頭を切り替えなければならない。
「飛鳥先輩」
「どうした?」
翔太朗が神妙な顔になって口を開いた。
「俺、今までこっち側からしか演技見た事なくて、これからあっちに行って演技するなんて考えられないっす」
「来年はお前三年だぞ?びびってどうすんだよ」
「膝が笑ってるっす」
がたがたと膝が小刻みに動いているのを見て飛鳥は笑う。
「大丈夫、俺も修平も恭平も付いてるから」
「はい」
「深呼吸して頭の中空っぽにして、演技する事だけを意識するんだ」
「イメトレっすね」
「そうそう」
翔太朗は飛鳥に言われた通りに深呼吸し目を閉じた。
「だいぶ落ち着いてきたっす」
「良かった」
するとそこに修平がやって来て飛鳥の横にちょこんと座る。
「隆二せんせから伝言」
「何だって?」
「昼前に昼食摂るようにって」
「オッケー、じゃあ食うか」
「うん食べよう」
修平は自分の鞄が置いてある場所まで戻って行った。飛鳥と翔太朗は鞄から各々昼食を取り出して食べ始める。
「あれ、飛鳥先輩それだけっすか?」
飛鳥が手にしていたのは飲むゼリーだった。飛鳥は蓋を開けながら頷く。
「いつも大会の前ってこれなんだよね。前に弁当作ってもらったことあるんだけど胃もたれしちゃって本領発揮出来なかった」
「そうなんすね~」
「翔太朗はよく食うなあ」
「俺は食わないとやってられない派なんで」
「なるほどね」
二人は食事を進めながら他校の演技を眺めた。
「よし、食い終わったから俺先に廊下でアップし直してくるよ」
「あ、俺も行くっす!」
「急ぐな急ぐな、まだ時間はあるからゆっくりで良いよ。体あっためときたいだけだし」
「了解っす」
飛鳥は一人で廊下に出る。他にも午後からの選手がアップする姿が見えた。
「よし、やるか」
飛鳥はまず柔軟運動を行ってから、シンピ倒立の練習をする。この倒立は演技中二秒間の静止を求められるので意外と神経を使う、と飛鳥は思っていた。
「あ、飛鳥」
するとそこに美月が通りかかった。プラカードをゆらゆら揺らしながら歩いて来る。
「どうした?」
「いや、何もないけど、アップ始めるの早いね」
「落ち着かなくてさ」
「飛鳥もそんな事あるんだね」
「あるさ」
「これが最後の大会にならない様に全力でサポートするからね」
「おう、サンキュー」
美月とそれから二言、三言話をして、美月は観客席に戻って行った。それと入れ替わって修平と翔太朗が廊下に出て来る。翔太朗はきょろきょろとあたりを見渡して、飛鳥の事を探している様だった。修平が飛鳥の姿を見付けて駆け寄って来る。
「アップ、俺らも」
「おう」
三人で話しながらアップしているとあっという間に時間が経ってしまった。飛鳥達は一旦観客席に戻り、荷物を持って美月が待っている一階の選手用入り口に向かう。
「遅いよ」
「ごめんごめん」
「時間に間に合わなかったらどうしようかと思った」
「間に合っただろう?」
「まあね、良かったよ」
「よし。頑張るか」
「皆、頑張ってね」
美月の言葉に皆頷いた。そして午後の部が、今始まる。
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