第十四話

 選手が並んで今か今かと出番を待っている。それは飛鳥達も同じで翔太朗はそわそわし始めた。

「うう、緊張するっす」

「そんなに緊張しなくても、俺らがいるわけだし」

「そうっすけど」

「大丈夫、私もいるよ」

「美月先輩がいれば安心っすね」

 翔太朗のひょうきんさに皆で笑う。そして少し緊張がほぐれた所で選手入場のコールが掛かった。

「行くぞ」

「はい!」

 美月を先頭にして体育館に入る。一番最初の種目はあん馬で、皆は審査員に挨拶をすると数分間の練習時間に入った。

「緊張してそうだね」

 翔太朗の練習を見ていた修平が飛鳥にそんな事を言う。飛鳥も頷いて口を開いた。

「意外と繊細なのかもな」

「そうだね、気合入りすぎて落ちたりしないと良いんだけど」

「そうだな」

 翔太朗の練習が終わり修平があん馬に向かう。戻って来た翔太朗に飛鳥が声を掛けた。

「緊張感も大事だけどリラックスしていけよ」

「分かってはいるんすけどね」

 カチコチに固まった翔太朗の表情を見て、飛鳥は美月を呼ぶ。

「どしたどした!」

「翔太朗、余程緊張してるから何か声掛けてやって」

「任せとけ!」

 美月はそう言うとタンマを手に付け直している翔太朗の所に向かって行った。その間修平の演技を見て、飛鳥も気合を入れる。

「よしっ」

 修平の番が終わり飛鳥の番になった。飛鳥はあん馬を触って大きく息を吸った。旋回から技へ、そして降りまで。気になっていた部分は概ねクリアできそうだ。

 時間になった。翔太朗から演技が始まる。

「翔太朗ー!」

「ガンバぁ!」

 観客席にいる一、二年の声も届いた。飛鳥は心の中で落ちるなよと願っている。

 翔太朗があん馬に触れた。体を持ち上げた。旋回する。技を美しくこなす。そして降り技。翔太朗は完璧に演技をこなした。観客席にいる聖北高校の部員から歓声が上がる。翔太朗は小さくガッツポーズを取って飛鳥達の元に戻って来た。

「やりましたよ!先輩!」

 頬を上気させて喜ぶ翔太朗の背中を皆でポンと叩く。

「次も気を抜かずにね」

 美月がふんわりと笑って言ったので翔太朗は大きく頷いた。次は修平の番だ。修平はあん馬の前で翔太朗の点数が出るのを待っている。翔太朗の点数が出た。13.585点。悪くない、むしろ良い方だと飛鳥は思った。あれだけ大技をやったのだから、この位出て当然なのだ。出て貰わなければ困る。

 修平の名前が呼ばれた。

「修平ー!」

「ガンバぁ!」

 美月の声に呼応するようにガンバの声が掛かる。修平の演技が始まった。修平はあん馬が得意だ。しかし修平は落ちるリスクの高い技を用意している。皆の視線を一身に受けながら、彼は落ちる事無く綺麗な演技を終えた。審査員にお辞儀をして修平が戻って来る。

「ひとまずワンクリアって所かな」

 修平は苦笑しながらそう言った。

「よくやったよ」

「ありがとう」

 修平に労いの言葉を掛けて、飛鳥はあん馬の前へと歩く。深呼吸した。鼓動が早くなるのを飛鳥は感じる。この胸の高鳴りは飛鳥にとって心地良かった。

 修平の点数が出た。14.355点。どうやら技術点が高く評価されたようだ。

 飛鳥の名前が呼ばれた。飛鳥は手を挙げて返事をする。

「はい!」

「飛鳥ー!」

「ガンバぁ!」

 背中で皆の声を聞いた。期待に応えなければならない。飛鳥があん馬に手を付けた。演技が始まる。旋回から始まり、E難度の技を二連続、上手くいった。F難度の飛鳥が気にしていた技は、軸がぶれてバランスを崩しながらも何とか耐えた。飛鳥は冷や汗をかきながら演技を続ける。最後の降り技まで美月達はハラハラしながら飛鳥を見守った。演技が終わり、審査員に一礼して飛鳥は皆の所に戻る。

「落ちなくて良かったあ」

 美月が開口一番そう言うので飛鳥は苦笑した。

「俺もそう思った」

「とりあえずお疲れさん」

 修平は飛鳥の肩をポンと叩く。飛鳥はありがとうと言って飲み物を手に取った。点数が出るのを待つ時間が長い。どうやらバランスを崩した技の評価で審査員が迷っている様だ。こういった事はよくある事である。一つの技を技として認定するかしないかで点数は大きく変わるのだ。

「なかなか点数出ないね」

 美月が不安そうにそう言う。

「ま、仕方ないね」

 飛鳥は呟くようにそう言った。暫くして点数が出た。13.855点。皆は安堵して溜息を吐く。

「悪くないね、次に行こう」

 修平の一声で皆次の種目に行く準備を始めた。次の種目は鉄棒だ。これもまた落下の可能性がある種目である。

「気を引き締めて行こう」

 飛鳥の一言に皆が頷いた。飛鳥の得意種目は鉄棒と床だ。離れ技もそれなりに出来るし、部内個人戦では二年時に、強かった三年生を抜いて一位を取った事もある。しかし飛鳥は決して驕らず地道に練習を重ねてきた。それ故に落下だけはしない様にしなければならないと飛鳥は強く思っている。この言葉は半ば自分に言い聞かせている様でもあった。

「よろしくお願いします」

 あん馬でした時の様に審査員へ挨拶をして練習時間に入る。次は修平からの演技だったので修平から練習へと入った。修平はスイングから車輪をし、コールマンという技を練習する。前から苦手だと言っていた技だ。コールマンは後方かかえ込み二回宙返り一回ひねり懸垂をするE難度の技の事である。高校生でこの技を出来るのはごく僅かだろう。

 バーを叩く独特の音が響いた。修平がコールマンでバーを掴めず落下した音である。

「大丈夫か!」

 飛鳥が駆け寄って声を掛けた。修平は立ち上がって、へへと笑う。

「平気、大丈夫」

「平気なら良かった」

「次良いよ翔太朗」

 修平が翔太朗に声を掛けた。

「あ、はい!」

 飛鳥はタンマを付けていた翔太朗を急いで鉄棒に上げてやった。翔太朗も離れ技を入れている。コバチという技だ。コバチは後方かかえ込み二回宙返り懸垂をする技でD難度に認定されている。翔太朗もコバチを練習して何とかバーを掴んだ。ホッとするのも束の間で、次は飛鳥の番である。飛鳥はトカチェフの他にコールマンからのカッシーナを用意していた。カッシーナはコールマンを伸身で行う技だ。

「よし……」

 深呼吸をしてから修平にバーまで上げてもらう。まずはトカチェフ。それからコールマンからのカッシーナ。成功した。降りは軽めに後方宙返りで済ませる。

 練習終了のベルが鳴り、本番が始まった。

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