第八話
ゴールデンウイーク初日から聖北高校器械体操部の合宿が始まった。合宿場所は隣県の総合運動公園内の体育館。その県内の強豪中学校も合同で合宿を行う予定である。体育館には聖北高校の面々が最初に到着し、器具のセットを始めた。ぞろぞろと中学生が入って来て一緒にセットを行う。セットを終える頃には昼前になっていた。
「集合!」
美月の一声で隆二の所に部員が集まる。中学校の先生とコーチへの挨拶だ。
「よろしくお願いします!」
部員の声が揃う。中学校の先生が挨拶を始めた。
「今回も合同で合宿に参加させてくれてありがとう。部員も楽しみにしていたし、新しい技に挑戦したいという声も聞かせてくれていたので、いい機会になる。君たちは高校生だから中学生の良い見本となっていただきたい。では、よろしく頼む」
「ありがとうございます!」
コーチの挨拶も無事終了し、部員はそれぞれ好きな競技の器具の所まで散って行った。飛鳥はまず床の隅でストレッチを始める。翔太朗が駆け寄って来て飛鳥の隣でストレッチを始めた。
「待ちに待った合宿っすね!」
「そうだな」
「今日こそは伸身二回宙成功させますよ!」
「ガンバ、俺はそれの三回ひねり頑張るわ」
「おっ、リ・ジョンソンすか!良いっすね」
「俺トランポリンから入るけど、翔太朗どうする?」
「じゃあ俺も」
「よし、行くか」
「はいっ」
二人は飲み物とタオルを持ってトランポリンに移動する。
リ・ジョンソンは世界でも数名しか成功させていない技だ。G難易度の技で、それを成功させたら凄いニュースになるだろう。飛鳥は二回ひねりまでは床で成功させているので、次のステージに立ちたかった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
二人は挨拶をしてトランポリンに入る。まずは翔太朗が高く飛んで伸身一回宙をしてみた。
「良いんじゃない」
「あざす!」
翔太朗は嬉しそうにして、次飛鳥先輩ですよ!と言う。飛鳥は頷いてトランポリンに入り、二回宙をしてひねるコツを掴んだ。次は翔太朗、次は飛鳥、と何回も練習を繰り返す。そして翔太朗が二回宙を成功させて、二人で喜んだ。飛鳥は流石に難易度の高い技を練習している為か、なかなか上手くいかない。三回ひねる事は出来るのだが着地がふらつく。
「休憩!」
美月の声だ。二人は練習を止めて昼ご飯の用意をし、練習所の外に出る。休憩所があるのでそこまで歩いた。
「お疲れ様!」
「おう」
美月が二人に声を掛ける。翔太朗もお疲れ様っす!と返して、昼食をとりはじめた。
「伸身のリ・ジョンソン練習してたけど、進展あった?」
美月が飛鳥に問いかける。飛鳥は首を振って溜息を吐いた。
「抱え込みならいけるかな」
「でもあと着地だけって感じだったけど」
「ふらつくんだよなあ、床でやるのはまだ怖い」
「そっかそっか、無理しないでね」
「おう」
美月と飛鳥が話しているのを黙って聞いていた翔太朗だったが、何かを察したのかふいに口を開く。
「先輩たち、付き合ってますね?」
「え!?」
「付き合ってないよ」
しらっと飛鳥がそう答えたので、美月も話を合わせた。
「付き合ってはないよ?」
「部内恋愛禁止だからですか?」
「まあ、それもあるよね」
「両想いなのは否定しないんですね、くっそー、俺も美月先輩の事狙ってたのにな~」
「そうなの!?」
「そうっすよ、二年の間では結構美月先輩有名なんすよ?」
「知らなかった……」
「ま、本人が有名って自覚してたら怖いっすよね!」
「確かに」
翔太朗はケラケラ笑ってパンを齧る。そして深く溜息を吐いた。
「あ~俺も彼女欲しい~」
「翔太朗くんは可愛いんだから直ぐに彼女出来るよ」
「可愛いって言いました!?ダメっすよ~可愛いは男子に禁句っす」
「そうなの!?」
「そうっすよ~。俺なんて可愛い止まりで彼女なんてまだまだ。身長も低いし、コンプレックスっすよ」
「そうなのかあ、でもカッコいいのはホントだから自信持って!」
「カッコいいっすか!?」
「カッコいいよ~だって二年の子達の中では断トツにカッコいいよね?飛鳥」
「ああ、そうだな。技もそれなりに出来るしカッコいい」
「それモチベにして頑張ります」
「器械体操部も普通の体育館みたいに皆が見られると良いんだけどね」
美月がおにぎりの袋をしまいながらそう言う。翔太朗はうんうんと頷いた。
「やっぱり見られないといくらカッコよくても……」
「そうだよね~、大会とかも基本来てくれる人いないもんね」
「マイナースポーツの厳しい所ですね」
翔太朗は溜息を吐いて口元に付いたパンくずを払って立ち上がる。
「よし、午後も頑張りますよ!」
「まだトランポリンに入るの?」
「いや、俺はもう立てる様になったんで、床で練習します」
「そっかそっか、頑張ってね」
「じゃあ俺先に行きますね」
「はーい」
美月と飛鳥は翔太朗を見送って、残っていたお昼ご飯を食べ切った。
「飛鳥は?トランポリン?」
「いや、跳馬でカサマツの練習しようかな」
「うんうん、頑張ってね」
「サンキュー」
カサマツとは側転跳び四分の一ひねり前方抱え込み宙返りハーフひねりのことだ。昔はツカハラ跳びという側転跳び四分の一ひねり後方抱え込み宙返りをやっていたのだが、顧問からカサマツという技を教えてもらってそっちを練習する事にしたのだった。
「よし、行くか」
「うんっ」
美月を連れてまた練習所へ戻ると、もう翔太朗は床で練習を始めていた。食後なのに大丈夫かなあと美月が言う。さあなとだけ飛鳥は答えて、床の端でストレッチを開始した。
「美月、柔軟手伝って」
「はいはい」
開脚柔軟を手伝ってもらい、飛鳥はストレッチを終えて跳馬に入る。まずは軽めの技から入って、それから難易度を上げていった。
「飛鳥、前宙に入ってからひねるのが遅い」
「はいっ」
隆二がアドバイスしてくれた通りにやってみると案外すんなり跳べたりして、飛鳥は嬉しくなる。そしてそのまま立てる様になるまで練習は続いた。
夕方六時半、今日の練習が終わった。総括として隆二の話を聞き、飛鳥は欠伸を噛み殺す。今すぐにでもベッドに横たわりたい、そんな気持ちだった。
「部屋割りは美月から聞いてくれ。七時から夕飯だからそれまでは自由時間、夕飯に遅れない様に。解散」
隆二から美月が引き継いで、部屋割りを発表する。飛鳥は健太と翔太朗と同じ部屋だった。
「先輩よろしくお願いします!」
「お願いします!」
二人がそう言うので、飛鳥も、よろしくなと返してエナメルの鞄を背負い宿泊所へ移動する。三人部屋に着いて荷物を下ろし、布団やシーツを取りに行く。途中美月を見付けて、ちょっとだけ会話をした。ベッドセットが終わればもうすぐ七時になる頃で、飛鳥はわいわいと話をしている二人に声を掛けた。
「そろそろ行くぞ」
「はい!」
「はーい」
二人を連れて宿泊所の食堂まで移動すると、もう大半の部員が集まって皆の分の食事を盛り付けたり運んだりしている。飛鳥たちもそれに加わり、きっちり七時に、皆で夕飯をとったのだった。
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