第九話

 合宿二日目、朝六時起床。まだ眠たい目を擦って、飛鳥は布団をすっかり蹴飛ばして寝ている二人を起こす。

「風邪引いてないか?腹出して寝てたぞ二人とも」

「え、マジすか、俺は大丈夫です」

「同じく」

 二人が大丈夫と言うので飛鳥は安心した。

「行くぞ」

 朝食をとりに食堂へ向かう三人。まだ部員は食堂に数人しかおらず、三人は配膳を始めた。そうしている内に部員が集まって来て、食堂は賑やかになる。

「先輩、配膳代わりますよ」

「おう、サンキュー」

 後輩で一年の近野稜也が飛鳥の仕事を代わってくれた。飛鳥も一年の頃は自分も先輩の仕事を代わっていたなと思い出す。稜也はテキパキと配膳をこなし、部員全員が集まる頃には配膳のすべてが終了した。


 朝食後一度宿泊施設に戻って、着替えを済ませてから練習所へ向かう。隆二の言葉通り、食後の激しい運動は避けて皆ストレッチや柔軟運動を行った。のんびりとそうしていると、段々眠くなってくる。眠くなってきた所で、飛鳥は鉄棒をするためにプロテクターを用意して鉄棒に向かった。

「よろしくお願いします」

 鉄棒に向かって一礼し、プロテクターを付けて霧吹きの水でプロテクターを少し濡らしてタンマを付ける。スイングから徐々に大きく振って車輪をしてみる。そして降りは抱え込み宙返り。今日は調子が良い様だ。逆手での車輪も行って、アップを終えると、本格的な練習が始まる。飛鳥はトカチェフの練習をしようと決めてバーにぶら下がった。トカチェフとは懸垂前振り開脚背面飛び越し懸垂をする技の事である。難易度はそんなに高くなくC難度だ。とは言え離れ技なので危険な事には変わりはない。

 飛鳥は隆二に指導を仰ぎ、隆二もそれに応えてくれる。隆二は飛鳥の補助をしながら、的確なアドバイスをくれた。アドバイス通りに懸垂から前振りをして背面に飛ぶと、バーが丁度飛鳥の手の届く所まで来る。飛鳥はすかさずバーを掴んで懸垂した。

「いいね、飛鳥。その調子で」

「ありがとうございます!」

「補助、まだ必要?」

「いえ、大丈夫そうです!ありがとうございました!」

「はい、よろしい」

 隆二が今度は床の方に向かって行き、翔太朗の指導を始めたのを見て、飛鳥も自分に喝を入れてタンマを付ける。一人でやることに緊張もしたが、そうも言っていられない。またバーにぶら下がって深呼吸した。

 午後から飛鳥は平行棒と吊り輪をやり、ほとほと疲れた所で今日の練習が終了した。夕飯をとり、自由時間には課題をこなす。そんな期間がゴールデンウイーク中ずっと続いた。


 ゴールデンウイークが終わる頃にはあちこち筋肉痛があって、飛鳥の体は自宅の階段の上り下りでも悲鳴を上げた。飛鳥はそれでも筋トレを続ける。

「ちょっと飛鳥、聞いてんの?」

 美月が電話越しに少し怒った声でそう言う。

「聞いてるよ」

「さっきから筋トレしてるでしょ、分かるんだからね!」

「うるせぇなあ……筋肉痛なんだから筋トレするしかないっしょ」

「ちょっとはあたしの話も聞いてよ!」

「だから聞いてるって」

「じゃああたしがさっき何言ってたか答えてみなさいよ」

「英語の問題で分からない所があるから教えて」

「分かってるじゃないの!早く教えてよ~次進まないよ~」

「分かった分かった」

 飛鳥は筋トレを辞めて机に向かった。そう言えばゴールデンウイーク中の課題で終わってないのがあったなと、飛鳥は思い出して鞄を漁る。一つ一つ丁寧に課題をチェックして、終わっていない物が英語だと分かった所で飛鳥は美月の分からない所を探した。

「美月、分からない所どこ?」

「三十二ページの二番目の意訳する所」

「あー待ってな、俺そこまで行ってない」

「オッケー、次のページやってるね」

「課題三十五ページまでだよな」

「そうそう、もう少しで終わり!」

「よし、やるか」

 飛鳥は集中して問題を解いていく。美月も何も言わずに集中している様なので、飛鳥は感心した。

「美月、集中してんじゃん」

「まあね、明日課題テストあるし、やっとかないと」

「テストやだなあ」

「そんなこと言って普通に上位入るの羨ましいんですけど」

「まあ、こればっかりは何とも」

「グダグダ言ったってしょうがないもんね、頑張るよ」

「おう」

 そして飛鳥は教えてと言われていた問題を解くと、美月に丁寧に解説してやる。

「なるほどね~目から鱗だわ」

「まあ普通こういう意訳しないよな」

「だよね!全然分かんなかったもん。さすが飛鳥」

「これくらい解いとかないと聖北大きついぞ」

「それは嫌!もっと頑張る」

「おう、その調子」

 二人はそれから少し話をしてまた勉強を再開した。


 朝、寝坊ギリギリの時間で起きた飛鳥は急いで制服に着替えてエネメルの鞄を肩に掛ける。朝食もそこそこにダッシュで家を出た。バス停まであと少しという所でぶんぶんと手を振る美月を見付けた。

「バス後ろから来てるよー!」

「やべぇ!」

 飛鳥は急いでバスまで走る。幸いな事に乗り込む人数が多かったのでバスに乗ることが出来た。

「遅れるかと思った」

「俺も」

 ぜえぜえと息を整えて、乱れた制服もしっかり整える。もうすぐ衣替えの時期だな、そしたら大会が始まるなとぼんやりと飛鳥は思った。それが美月にも伝わったのか美月が口を開く。

「もうすぐ大会始まるね」

「そうだな。今年は全国大会行きたいな」

「去年は駄目だったんだっけ、あれ、行ったよね?」

「行った。でも俺はレギュラーじゃなかったから」

「そっか、先輩たち強かったもんね」

「そういう事」

 そうしてバスに揺られて学校に着いた。教室に入るともう既に担任の璃音が教室に居て、二人は焦って席に着く。

「揃ったな。じゃあ、今日はちょっと早いがホームルームを始める。まずゴールデンウイーク中に出ていた課題を後ろから前に送ってくれ」

 その一声で一斉に教室が騒がしくなり、一番後ろの席の飛鳥は急いで課題を前の席の生徒に送った。どんどん国語数学英語、と課題を送ってやる。飛鳥はあの合宿中にほとんどの課題を終わらせていたので、安心して課題を提出出来た。

「では、提出出来なかった者は本日居残りをして終わらせるように。教科担当の者はこのホームルームが終わったら職員室まで課題を運ぶように、では、ホームルームを終了する」

 璃音が教室から出て行くと、緊張の糸が切れたように教室は騒がしくなる。美月は数学の教科担当だったので、飛鳥に行ってくるねと声を掛けて、課題を運んで行った。

 そしてテストが始まった。課題テストなので課題の中から出題されているが、たまにひねった問題が出て来る。飛鳥は落ち着いて問題を解いていった。課題テストが終わると直ぐに授業が始まる。目まぐるしく変わる日常に目を回しながら、飛鳥は何とか授業についていった。

 もうすぐ、高体連の大会が始まる。

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