第七話

 和哉が日本をたつ日が来た。その日は日曜日で、飛鳥と美月は部活が終わると直ぐに空港に向かった。

「和哉!」

 美月が和哉の姿を見付けて声を掛ける。車椅子に乗った和哉はやつれた顔をして笑った。

「美月、飛鳥まで、別に来なくても良かったのに」

「忘れもんだ」

 飛鳥は一つの包みを鞄から出して和哉の膝に置く。

「プロテ。部室に置きっぱなしだった」

「飛鳥……」

「和哉、絶対聖北大学受かってよ、あたしも頑張るから」

「分かったよ」

 掠れた笑いをする和哉に、飛鳥はありきたりな言葉しか浮かんでこなかった。

「元気でやれよ」

「飛鳥もな」

「電話しろよ」

「手紙も書くよ」

「あたしには!?」

 すっかり置いてきぼりの美月が声を上げる。和哉はさっきよりも明るい笑顔で口を開いた。

「電話するよ」

「へへ、ありがとう」

 美月が笑顔になって、お別れの言葉を言う。

「和哉の事、飛鳥と一緒に待ってるから。絶対帰って来てよ、約束ね」

「ああ、待っててくれ」

「和哉、俺、大学入っても体操続けるから、お前も続けろよ」

「当たり前だ」

 こつんと拳をぶつけ合って、最後の別れとなった。

 飛行機を見送った二人はこの後どうするか話し合う。

「行っちゃったね」

「直ぐ会えるさ」

「この後あたしユーモレスク行くけどどうする?」

「じゃあ俺も。赤本持って来たから一緒にやろうぜ」

「オッケー」

 二人はバスに乗り聖北高校前まで行き、徒歩でユーモレスクまで向かった。そこには聖北高校生が沢山居て、二人は何となく距離を取る。

「いらっしゃいませ~」

 那瑠ののんびりとした声で出迎えられて、美月は笑顔になった。

「こんにちはっ」

「おお、美月に飛鳥、いらっしゃい」

「どうも」

「あたしカフェ・ラテください」

「俺にはドッピオください」

「承りました~」

 那瑠がコーヒーを淹れている間に、二人は赤本を解くための準備を始める。

「赤本なんてあたし初めて触る」

「そうなんか。聖北大学の赤本なら進路指導室に学部別にどっさりあるけど……」

「学部……決めてない」

「はぁ?」

「偏差値低い所」

「人文学部かな……?お前模試の希望何処に出してるの」

「一応人文学部」

「判定は?」

「C」

「なら行けそうじゃないの。俺持って来てるの理学部のやつだから、共通一次試験の問題でも解いてろ」

「そうする」

 知らぬ間にコーヒーの準備が整っていて、那瑠は笑顔でコーヒーを出した。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

「あざす」

「聖北大学か」

「そうです」

「あたしも」

 那瑠は懐かしそうな顔になって微笑む。

「真波先生にはお世話になったなあ」

「え、ウチの親父にですか」

「ああ、私聖北高校から聖北大学の経済学部に入ったんだ。それなりにお世話になったよ」

「え~そうなんですか」

「なんかすみません」

「謝る事は無いよ」

 那瑠はケラケラと笑ってコーヒーを勧めた。

「いただきます」

「いただきますっ」

「熱いから気を付けて」

「はいっ、あちち」

 ふふっと那瑠が笑うので美月は赤くなり、飛鳥はやれやれと溜息を吐く。二人はそれから那瑠と談笑しながら勉強を始めた。

 暫くそうして勉強をしているとお腹が空いてくる。二人は一旦勉強する手を止め、何を食べようかと考え始めた。

「那瑠さん、ここのオススメの料理って何ですか?」

 美月がそんな事を言うので、那瑠は思案してから口を開く。

「麺が食べたいならパスタ、ご飯系が食べたいならオムライスかな」

「じゃあ、あたしオムライスください」

「俺ペペロンチーノで」

「承りました~」

 那瑠が調理場に立つ姿を見て、二人はカッコいいなと思った。

「那瑠さんってカッコいいよね」

「分かる」

「旦那さんもカッコいいんだよ」

「へぇ、どんな人?」

「身長めっちゃ高くてイケメンで那瑠さんの事大好きな人!」

「ふーん」

「興味無さそ~」

「そりゃ仮にも彼女が他の男カッコいいって言ってたらどう思うよ」

「確かに。ごめん」

「素直でよろしい」

 二人はそのまま料理が来るまで話し合った。那瑠が料理を持って来る頃には、二人はゲラゲラと笑っていたのだった。

「何をそんなに笑ってるんだ?」

 那瑠が料理を持って来るなりそう訊く。二人は何故笑っていたかあまり思い出せず、何となく笑ってましたと答えたのだった。

「高校生はよく笑うからなあ」

 そう言って那瑠は料理を二人の前に置く。

「わぁ、美味しそう!」

 美月は目を輝かせてオムライスの写真を撮った。美月がペペロンチーノも美味しそうだねと言うので、飛鳥は笑って一口分けてやるよと言ったのだった。

「冷めない内に食べな」

 那瑠がそう言う前にもう二人は料理に手を付けていた。那瑠はクスリと笑って、ごゆっくりどうぞと言って他のお客にコーヒーを出しに行く。

「美味しいね」

「美味い」

 二人は舌鼓を打ちながらどんどん皿を空けていった。途中二人は皿を交換してお互いの料理を口にする。

「何これパスタめっちゃ美味しいじゃん」

「オムライスうま」

「ただのコーヒーショップじゃないね」

「夜には居酒屋になるらしいよ」

「マジ?大人になったら飲みに来ようよ」

「いいね」

 二人はそんな会話をして綺麗に完食した。グラスを磨いていた那瑠がそれに気が付いて皿を下げる。

「美味しかったかい?」

「とっても!」

「美味かったっす」

 那瑠はそれなら良かったと笑顔になって、またグラスを拭き始めた。それに倣って二人も勉強を始める。


 そろそろと外に灯りが灯り始めた頃。二人はへとへとになって那瑠にコーヒーを淹れて貰う様に頼んだ。

「結構やったな」

 飛鳥は丸付けをしながらそう言う。美月は既にノート類をしまって、コーヒーを楽しみにしていた。

「疲れたよ」

「こんなので疲れてたら受験乗り越えられねえぞ」

「それは嫌!頑張る」

「おう、ガンバ」

 飛鳥はにかっと笑って美月の背中をポンポンと叩く。美月はそれに応える様に笑った。

「お待ちどうさま、ドッピオとアイスバニラ・ラテ」

「ありがとうございます」

「あざす」

「よく勉強してたね」

「まあ、一応受験生なので」

 飛鳥はドッピオを冷ましながら答える。美月はストローでバニラ・ラテを少しずつ飲みながら、うんうんと頷いた。

「でも何かあっという間に受験生になっちゃったなーって感じです。この間まで中学生だったのになって」

「それだけ高校生活が充実してるんじゃないか?」

「まあ、それは確かに」

「良い事だよ。残りの高校生活も楽しむんだな」

「そうします!」

 美月は笑顔になって飛鳥を見た。

「俺も楽しまないとなあ」

「和哉が居なくても楽しくなれると良いね」

「そこなんだよな。当面の目標そこ」

「手術成功してリハビリも上手くいくと良いね」

「そうだな」

 ぼんやりと飛鳥は電球を見上げて呟いた。

 二人はコーヒーを飲み終えて帰路に就いた。聖北高校前のバスに揺られて、聖東まで単語帳を開く。

「じゃあ、また明日」

「おう、また明日」

 二人はバスを降りてそれぞれ歩き出した。明日から合宿が始まる。飛鳥はそれが楽しみで仕方なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る