第六話
健太と別れて部室に戻り着替えを済ませると、部室の外で美月が待っていた。
「何だ、帰ってても良かったのに」
「鍵!一応マネージャーの仕事ですからね」
「なるほどね、遅くなってすまん」
「大丈夫よん」
二人で鍵を返しに行き、聖北高校前のバス停でバスを待つ。
「あのさ」
「うん?」
美月が神妙な面持ちで口を開いた。
「今日も通話しながら勉強教えてくんない?」
「何だよ、そんな事か。いいよ、俺の為にもなるしな」
「そんな事って、結構重要な事よ?」
「そうか?」
「うん、だって飛鳥の時間貰うわけだし」
「気にしなくていいよ」
「そう?ありがとう」
「いえいえ~」
バスの中でも二人は単語帳を離さなかった。少しでも勉強できる時間があるならそうしていたが、美月がこつんと飛鳥の肩に頭をぶつけた。どうやら寝てしまったようである。飛鳥は起こそうか悩んだが、美月の目の下に隈が出来ている事に気が付いてやめた。少しの間でも休ませてやろうと思ったのだ。
「聖東交番前~聖東交番前~」
「おい、次のバス停で降りるぞ」
「ふえ……?」
美月は肩を揺さぶられて起きて、それが飛鳥だと気が付いて顔を赤らめた。
「ちょ、もっと早く起こしてよ!」
「そんな隈が出来た顔で言われてもねえ」
「遅くまで勉強してるの!寝不足よ!」
「今日くらい早く寝ろよ」
「飛鳥に言われたくない」
「そうかあ」
飛鳥はしゅんとして肩を落とす。美月はそれを見てあたふたとし始めた。
「どうせあんたも遅くまで勉強してるんでしょ?どうせなら寝るまで付き合ってよ!」
「良いよ」
「良いのね、ありがとう」
「いえいえ~」
「桜ヶ丘七丁目~桜ヶ丘七丁目~」
「降りるぞ」
「うん!」
飛鳥たちはそこのバス停で降りて、それぞれの帰路に就く。飛鳥は遅いし送るよと言ったのだが、美月はすぐそこだからと言って断った。飛鳥は仕方なく自宅に向かう。飛鳥が家に着く頃には時間は八時を過ぎていた。
「おかえり飛鳥」
「ただいま~」
「ご飯出来てるよ~」
「はーい」
飛鳥は汚れていた手を洗って食卓に着く。食事を進めていると、ふいに智弘が口を開いた。
「飛鳥、進路希望は出したの?」
「あ、うん。聖北大学」
「そっかそっか。頑張ってね」
「うん。ありがとう」
飛鳥は食事を終えて風呂を済ませると美月に電話を掛ける。今日はどんな問題を解くだろうか。ちょっと楽しみでもあった。
「もしもし?」
「もしもーし聞こえる?」
「聞こえてるよ」
「おっけーい」
「じゃ、始めっか」
「うん!」
飛鳥の一声で二人は集中モードに入る。二人は今日化学の勉強をしていて、小一時間経った時に美月が唸り始めた。
「有機化学って難しくない?」
「そうか?覚えるだけだと思うけど」
「あたし、英単ですら覚えられないのに有機化学まで覚えられないよ」
「書けば覚えられるって、頑張ろうぜ」
「うん」
美月は飛鳥の言う通りにひたすらノートに書き込みをする。覚えられるまで必死にやった。明日は土曜日。月一の模試の日だ。
「明日の模試さ」
「うん?」
美月が口を開いたので飛鳥は手を止める。
「判定良かったら」
「うん」
美月はそこで一旦言葉を区切った。
「一回デートしてくれない?」
「デート?良いよ」
「え、良いの?」
「良いよそれくらい」
「その言い方、何か他の女子ともデートしてそう」
「俺モテないよ」
「嘘、知ってるよ、あたし他の女子が飛鳥の事狙ってるって」
「マジ?」
「マジ」
「俺そう言うの苦手だからなあ、全部断ると思う」
「勿体ない、折角なんだし誰かと付き合ってみたら?」
「美月くらい仲良くないと無理」
「え、それって、あたしなら良いわけ?」
「いいよ、むしろ付き合ってほしいね、変な女子に狙われる前に」
「……」
美月は思案する。美月は飛鳥の事を恋愛的な意味で好いていたが、この流れで付き合ってしまっても良いのだろうかと言う考えが頭によぎる。
「美月?」
「ん?ああ、何?」
「付き合ってくれる?」
「飛鳥、あたしの事好き?」
「好きだよ」
「本当に?恋愛的な意味で?」
「そう言われるとちょっと微妙」
「微妙なんじゃん。本当に好きな人と付き合いなよ」
美月はがっかりしながらそう言った。飛鳥はちょっとその言い方が気になって、話を始める。
「俺さ、恋愛ってよく分かんないんだよね。でも美月には傍にいて欲しいとも思うし、誰かと付き合ったらちょっと嫌だなって気持ちもある」
「それ恋愛的に好きなやつじゃん」
「え、これ恋愛?」
美月は飛鳥の知らない所で顔を赤くした。
「そうだよ!」
「じゃあ、好きだわ。俺と付き合って」
「何そのふてぶてしい感じ!」
「不満?」
「不満じゃないけど」
美月は溜息を吐く。このポンコツが!と思いながら答えを出した。
「あたし、飛鳥の事小学校から見てきた。その中であたしを頼りにしてくれたこともあったし、和哉の事も同じ痛みを共有出来て嬉しかった。だからあたしは飛鳥の事が好き」
「お、おい」
「あたしと付き合ってください」
「……いいよ、俺でよければ」
「ありがとう!言っとくけどあたし重いからね、嫉妬深いからね」
「分かったよ」
飛鳥は苦笑しながら答える。折角の機会だと思って飛鳥は携帯のカレンダーに記念日を設定した。
「そういや」
「ん?」
「判定良くなくてもデートしようぜ」
「それは無理」
「何で?」
「あたしのモチベーションが無くなる」
「ははっ、分かったよ」
飛鳥は何だか心がポカポカしている事に気が付いて微笑む。それが美月にも
伝わったのか、美月が口を開いた。
「何笑ってんのよ」
「いや何な嬉しくて」
「嬉しいなら良かった」
「ああ、サンキューな」
「お礼言われる事じゃないって。ほら、勉強しよう」
「おう」
二人は時々笑い合いながら勉強を進める。美月が分からない所があれば飛鳥は丁寧に教えてやった。
「あーあ、あたしも飛鳥くらい頭良かったらなあ」
「何で聖東高校じゃなくて聖北高校受けたの?」
聖北高校はそこそこ偏差値が高く、私立でもあったので倍率が高い。そして聖北中学校からエレベーター式で上がって来る生徒も多い。
「飛鳥が聖北受けるって言ってたから!恥ずかしい事言わせないでよ!」
「そ、そうか、すまん」
「もう!」
「八つ当たりすんなよ」
「ごめんね!」
「怒ってるじゃん」
「怒ってない!」
二人は暫くギャーギャーと騒ぎながら勉強した。そして、美月が弟から姉ちゃん五月蠅い、と言われたのをきっかけに静かになった。
「静かにしてろと言われるとはしゃぎたくならない?」
「なるなあ」
「だよね」
二人はクスクス笑う。結局寝落ち通話をする事になり二人はキリの良い所で勉強を止めたのだった。
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