第五話
飛鳥は夕飯と風呂を済ませて、自室で筋トレをしていた。ふと思い立ってやってみたのだが、今日は調子が良い。美月と通話を繋ぎながら、飛鳥は背筋を鍛えていた。
「ねえ、ちょっと聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる」
「じゃああたしが今何て言ったか答えてみてよ!」
「和哉の様子でしょ、さっきも言った通り、納得はしてなかったけど聖北大受けるってよ」
「ぐぬぬ」
美月は何かが気に食わないらしく、小さな声で唸っている。
「聖北大、あたし受かるかなあ」
「勉強しろよ」
「してるよ!飛鳥こそ勉強しなよ。筋トレしてないで!」
「五月蠅いなあ……筋トレ位静かにさせてくれ」
「予習終わったの!?」
「終わったよ……」
「はや!」
美月がぎゃんぎゃんと騒ぐのを飛鳥は微笑ましく思いながら、今度は柔軟を始めた。
「あ~柔軟気持ちいい~」
「今度は柔軟!?どんだけやんのよ」
「一通りしたら勉強するよ」
「よろしい」
美月の言い方が何だか可笑しくて飛鳥は笑う。
「何笑ってんのよ!」
「いや、何かその言い方顧問の樋口先生みたいで可笑しくて」
「あ、分かった?ちょっと意識した」
「やっぱり」
飛鳥はゲラゲラ笑いながら柔軟を済ませて机に向かった。鞄からチャート式問題集を引っ張り出し、問題を解いていく。時々美月が分からないと嘆く問題を一緒に解いていると、あっという間に二十四時になってしまった。
「わわ、ごめん。あたしの問題ばっか付き合わせちゃって」
「大丈夫、教えるのも良い晩強になるよ」
「そう?ありがとね」
「モーマンタイ」
「古いよ」
「へへっ」
「じゃあ、また明日」
「おう、また明日、おやすみ美月」
「おやすみ飛鳥」
飛鳥は電話を切るとチャート式問題集をまた解き始める。せめて今度のテストでは上位に入りたかったので、必死に勉強した。結局寝たのは午前の三時だった。
いつもの様にバス停でバスを待つ。美月がやって来る。二人でグロッキーになりながらバスに揺られる。そのまま授業を受けて昼は早弁した分を購買で補う。そして部活の時間。同じルーティン。
美月が早い時間に鍵を借りてきたので、放課後直ぐに部室に入る事が出来た。
「お疲れ様っす」
「おう、お疲れ」
翔太朗がいつもの様ににかっと笑って口を開く。
「あれ、今日は顔色良いですね。何か良い事ありました?」
「まあね」
「さては!彼女が出来たんすね!?」
「違うよ」
飛鳥は翔太朗の頭を小突いて、先行くぞと言って部室を出て行く。後ろで待ってくださいよ~と翔太朗が言うので待ってやる事にした。
「あっ、先輩優し〜!」
「ほれ、行くぞ」
「はいっ!」
二人は揃って体育館に入り、床で柔軟と筋トレを済ませる。
「今日は何から行く?」
「今日は床から行きたいっすね〜、伸身二回宙の練習したいんで」
「タントラやってからにする?」
「あ、それ良いっすね」
二人はタントラに入って宙返りのコツを掴んでから、床に入った。万が一頭から落ちても良いようにセーフティマットを敷く。
「じゃあ、行きます」
「ガンバぁ!」
助走を付けてロンダード、バク転、伸身二回宙返り。立てなかったが頭から落ちることはなく、むしろ回りすぎて背打ちになった。
「よく回ってんじゃん」
飛鳥が褒めると、翔太朗は照れたようにお礼を言う。
「あざす!」
「腰からグッてやるんだよ」
「腰からグッ……」
「見ててな」
助走を付けてロンダート、バク転、伸身二回宙返り。綺麗にマットの上に着地した。
「すご……」
「こんなもんかね」
「やっぱり飛鳥先輩は凄いなあ」
「まあ、ちっちゃい頃からやってたからね」
「バク転とか何歳でやってたんですか?」
「五歳の時にはやってたかな」
「はぁ~羨ましいっす。俺も中学からじゃなくてちっちゃい頃からやりたかったなあ」
「こればっかりはなあ。何ともならんな」
「ですよね、愚痴言ってないで練習します」
「おう、頑張れ」
二人はそれぞれやりたい技を練習し、床で部活動の時間を使い切った。
「もっと練習したいっすね~」
「だな」
「練習も良いが」
顧問の樋口隆二が二人に語り掛ける。
「翔太朗、今回のミニテスト、赤点だったぞ。飛鳥は特に問題は無いが、しっかり勉強もしてくれよ」
「分かりました」
「やばいっす」
「よろしい、分かっているのならば勉学にも励んでくれたまえ」
「はい」
「はーい」
隆二はそこを立ち去ってマネージャーの美月の所に歩み寄って行った。
「樋口先生怖いっすよね」
「そうか?ちゃんと指導もしてくれるし良い先生だと思うけど」
「まあ、確かにそうなんですけどね」
翔太朗は溜息を吐いて床で整理運動をし始める。それに倣って飛鳥も柔軟を始めた。
「あ~今日もきつかったなあ」
翔太朗がそう言うので、飛鳥はクスリと笑う。
「でも伸身二回宙上手くなったじゃん」
「それが今日の実りっすね」
「俺も二回ひねりあと少しだわ」
「凄いっすよ、何であんな綺麗にひねれるんすか?」
「グイってやんだよ」
「いつも思いますけど、先輩O型ですね?」
「そうだけど?なんで?」
「擬音で説明するの多いからっす」
飛鳥はケラケラ笑って言葉を繋いだ。
「分かりやすいっしょ?」
「俺にはめっちゃ分かりやすいっす」
「なら良いじゃん」
「はい」
翔太朗は笑いながらグイーっと開脚をして柔軟を始める。
「押してやろうか?」
「いいんすか?お願いします」
「遠慮なく行くから」
「え、ちょ、ま、いだだだだ」
「かってえなあ」
飛鳥は笑って翔太朗の腰を押してやり、翔太朗は悲鳴を上げた。暫くその状態が続き、翔太朗はぜえぜえと息を切らせる。
「あ、ありがとうございました……」
「毎日柔軟やってる?」
「いえ、筋トレはするんですけどね、柔軟はあんまり」
「柔軟もしなよ」
「了解っす」
「集合!」
美月の一声で部員全員が隆二の元に集まった。今日の部活動も終わりという事だ。
「えー、前も話した通り、和哉が半月板の手術をするらしい、皆も故障かなと思ったら直ぐに報告して欲しい。体が資本の競技だからな、怪我などない様に。今日の部活は終わりだ。では、解散」
隆二の一言で部員が部室に戻って行く。翔太朗とは違う部員が飛鳥の元にやって来た。古俣健太という部員だ。
「どうした健太」
「あの飛鳥先輩、ちょっと相談良いですか」
「ああ、良いよ」
「最近スランプで跳馬が怖いんです、どうしたら良いですか?」
飛鳥は思案する。スランプの時期は飛鳥にもあったが、無理矢理練習して直してきたのであまり良い回答は出来ない。飛鳥は言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「スランプの時は軽い技を練習するようにして、恐怖心が無くなるまでじっくり慣れていくのも良いかもな。俺はクラブで強制的に練習させられたからスランプがあっても無理矢理直してきた。だから良い回答にはならないかな。こういう時こそ和哉に……ああ、和哉は居ないんだった……すまない」
「ああ、いえ、大丈夫です。軽い技から練習するようにしてみます、ありがとうございます」
「いやいや、あまり参考にならなくてすまない」
「そんな、気にしないでください」
「分かった、ありがとな」
「こちらこそ、ありがとうございます」
健太はお礼を言って部室に戻って行く。飛鳥はもっとしっかりしなくちゃなと、自分に活を入れるのだった。
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