第三話
「和哉?」
「飛鳥」
和哉は松葉杖を付いて飛鳥の方を向いた。
「怪我しちゃったよ俺」
和哉は自嘲気味に笑ってそう言う。
「怪我なんてあんました事無かったんだけどな」
飛鳥が何も言わないので、和哉は言葉を続けた。
「親父の転勤でここにも居られなくなっちゃったし、本当に踏んだり蹴ったりだよ」
飛鳥は何も言えずに、ただ和哉の顔を見ている。和哉は俯いて、ごめんな、と呟くと机の中の物をしまったリュックサックを背負って、松葉杖を付きながら教室を出ていった。残された飛鳥は拳を握りしめて、壁を一度だけ殴り、自分の机から目的の物を取り出して職員室へと向かった。
「美月」
「え?」
美月が昇降口で飛鳥を待っている時、和哉が通りかかった。
「和哉、どうして学校に。怪我、大丈夫なの?」
「はは、大丈夫じゃないよ。荷物整理しに来ただけ、もう帰るよ」
美月はオロオロとして言葉を探す。
「飛鳥、飛鳥には会った?」
「会ったよ」
「何、話したの?」
「飛鳥は何も言わなかった」
「電話、出てあげなよ」
「もうかかってこないよ」
美月の無垢な瞳とぶつかって、和哉は目を逸らした。
「じゃあな、美月、元気でやれよ、また会おうな」
「待ってよ」
美月がそう言ったのにも関わらず、和哉は振り返りもせずにひらひらと手を振って昇降口を出ていく。美月は追いかけようと思ったが、何と言葉をかけたらいいか分からず、ただそこに立ち尽くした。
飛鳥が昇降口にやって来る。美月は焦って言葉を掛けた。
「飛鳥、さっき和哉が」
「会った。もういいんだ」
美月の言葉を遮って、飛鳥は吐き捨てるようにそう言う。美月はたじろいで一歩後ろに下がった。
「悪気は無かった、悪い」
「大丈夫……じゃあ、帰ろっか」
「ああ……」
「……こんな日はさ!」
「ん?」
美月が明るく言うのに違和感を覚える。飛鳥は持っていた靴を落としてしまった。
「カフェで甘い物でも食べない?あたし良い所知ってるんだ!」
「何処かにあるっけ?」
「河原の近く!さ!行こ行こ!」
美月はぐいぐいと飛鳥の背中を押して歩き出す。飛鳥はされるがまま歩くことにした。
歩く事数分、目的のカフェ「ユーモレスク」に到着した。美月が言う通りカフェは河原の近くにあり、風が吹き風見鶏がクルクルと回っている。
「さ!入ろ入ろ」
「ん、うん」
カランカランと可愛らしい鈴の音がして扉はゆっくりと美月の手によって開かれた。ふわっとコーヒーの苦い香りがして、飛鳥は心が踊るのを感じる。
「いらっしゃいませ〜」
店主の声がして二人はカウンター席に通された。飛鳥を見た店主はちょっと驚いた顔をして、その後ニッコリと笑う。
「ご注文は何になさいますか?」
「俺、ドッピオください」
「あ、あたしはバニラ・ラテにトッピングでチョコソースください」
「承りました〜」
店主の女性はそう言ってエスプレッソを抽出し始めた。カップを用意してミルクを温める。
「美月、今日は男連れ、珍しいね」
店主の女性はそう言ってニコリと笑った。
「そんなんじゃないんです!えーっと、こちら、店主の那瑠さん。那瑠さん、こちらは……」
「真波飛鳥だろう?」
美月が紹介するよりも早く、那瑠はそう言ってのける。
「えーっと、どこかでお会いしましたっけ?」
「お知り合い?」
二人がパニックになっているのを見て、那瑠は微笑んだ。
「真波先生と智弘さんの息子さんだろう?二人にはお世話になったんだ。写真はよく見せてもらってたし、真波先生とそっくりだからすぐに分かったよ」
「おお真波先生とも知り合いだとは」
「こんな事あるんすね」
「気兼ねなく那瑠って呼んでよ」
那瑠はそう言って二人の前にコーヒーを置く。そして後ろのオーブンから出来たてのチョコスコーンを取り出して皿に乗せ、二人の前に置いた。
「私の奢りだから、食べていいよ」
「え、いいんすか」
「良いよ良いよ」
那瑠はダブルショット・ラテを飲みながらそう言ってカウンター内の丸椅子に座る。
「ありがとうございます!いただきます!」
美月がフォークを持ったのを見て、飛鳥はやれやれと思いながら自分もフォークを持った。
「美月、隈出来てるぞ、何かあった?」
那瑠の言葉で二人の手が止まる。二人は顔を見合わせてフォークを置くと、美月が口を開く。
「同期の男の子が、半月板の手術をしなきゃいけなくて、それに海外に転校する事になったんです」
「なるほどなあ、その男の子は、納得してるのかな?」
「分かりません。でも、また会おうなって言われたので、そう遠くない内に会えると思うんです。と言うか、そう思いたいんです」
「そっかそっか」
那瑠は優しく笑って飛鳥の方を向いた。
「飛鳥は、なんだか腑に落ちない顔をしているね」
「俺は……」
その後の言葉が出てこない。飛鳥は溜め息を吐くように深呼吸した。
「俺は納得も出来てないし、悲しいというよりかは、怒りに近いかな、と」
飛鳥はドッピオを一口飲んでそう言い切る。美月が悲しそうな顔をした。飛鳥は美月に大丈夫だよ、と優しく言って、那瑠の顔を見る。
「俺、ちょっと電話してみます」
「お?やる気だね。頑張れ」
飛鳥は頷いて携帯携帯を取り出すと、和哉に電話を掛け始めた。そして、数コールした後、和哉は電話に出た。
「和哉」
「飛鳥、どうした?」
「腹を割って話したい。夜時間無いか?」
「……良いよ」
和哉の声のトーンが低くなって、それでも良いよと言ってくれた事に飛鳥は感謝する。
「それじゃ、帰ったら連絡する」
「分かった、待ってる」
電話を切り飛鳥はどっと溜め息を吐いた。美月はやったー!と喜びの声をあげ、那瑠も良かったな、と声を掛けてくれる。飛鳥は気恥ずかしくなりながらもお礼を言って残っていたコーヒーを飲み干した。チョコスコーンも綺麗に完食して立ち上がる。
「お会計お願いします」
「え、ちょっと待って、私まだ食べ終わってない」
「あ、ああ、ごめん」
二人のその様子に那瑠はクスクス笑って、今日は奢りで良いよと言った。二人は焦って、払います!と言うのだが、那瑠は首を横に振る。
「今日は私の奢り。その代わりまた来てよ、待ってるからさ」
二人は顔を見合わせて頷くと、口を揃えた。
「ありがとうございます!また来ます!」
「良い返事だ」
那瑠は爽やかに笑う。二人は頬を染めて照れ笑いをし、立ち上がった。美月の皿もカップも綺麗になっている。
「じゃあ、お邪魔しました」
「また来ます」
「はいよ、またな」
カウンター越しに挨拶を交わし、二人は聖北高校前のバス停まで歩き始めた。
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