【余談:馬鹿夫婦類(バカップル)】

 それは、ふたりがまだ学院の中等部三年に所属していた冬の話。


 「ふぅ……ちょっと疲れたかも」


 神社の人ゴミを抜け出した時、東雲市歌はこっそり溜息をついた。


 「市歌、どうかしたのか?」

 「ううんっ、何でもないよ、鈴太郎くん」


 小声でぼそりとつぶやいたのを鈴太郎に聞かれたようだが、慌ててごまかす。

 今日は1月2日。

 恋人になって初めてのお正月に、晴れ着を着て、彼氏と初詣に行きたい──と考えるあたり、すでにこの“東雲市歌”は完全に恋する女の子してると言えるだろう。


 「そう言えば、ここって鈴太郎くんの家から割と近いんだよね? これからお家にお邪魔しても平気かなぁ」

 「! あ、ああ、構わないけど」


 鈴太郎が肯定の返事をしつつ、なぜか視線が泳ぎがちなのはなぜなのだろう。

 不思議に思いつつも、それなら善は急げとばかりに市歌が促し、ふたりは大鳳家に向かうことになった。


 振袖姿に草履を履いているため、いつもより歩みは遅かったが、10分足らずで庭ガレージ付きで和洋折衷型建築の大鳳家に着く。

 玄関の呼び鈴を押そうとした市歌を制すると、鈴太郎が頭を下げた。


 「ごめん、市歌──実はさ、今、ウチの家族、親戚への年始回りで出払ってるんだ。

 「あ、そうなんだぁ。せっかく新年のご挨拶をしたかったのに。残念」

 「うん。だからね、市歌……」


 横に立っていた鈴太郎の手が市歌の手を握り、鈴太郎の顔が市歌の顔へと近づいてくる。

 市歌は一瞬どきっとしたものの、キスならすでに何度も交わした経験があるので、自然と目を閉じてそのまま鈴太郎と唇を重ねる。唇が触れた瞬間、全身が熱くなるのを感じた。


 「ぷはっ……鈴太郎くん、まだお外なのに大胆だよぉ」

 「ああ、ごめん。でもさ、もしこのままふたりで家の中入ったら、俺、この続きが我慢できないと思うんだ」

 「──あ!」


 それはそうだろう。

 ヤりたい盛りの少年が、晴れ着姿でいつもより魅力が3割増しになっているカノジョを、家族のいない家に連れ込んでヤることと言えば、おそらくひとつだ。


 あるいは初体験前ならどちらかが怖気づくという可能性もあるが、このふたりは先月頭にお互いで“初体験”を済ませ、つい1週間ほど前のクリスマスに2回目の“合体”も無事に執り行っている。

 三度目ともなれば男女ともに多少は精神的余裕があるし、これまで以上に激しいモノになることは目に見えていた。


 しかし……。


 「んんっ……」

 「!」


 今度は市歌の方から、鈴太郎の身体へ抱きつきながら唇を重ねる。


 「ぷはっ! これは「合意とみなしてよろしい」のかな?」

 「──鈴太郎くん、女の子にこれ以上言わせるのは野暮だよ~」


 それを聞いた鈴太郎は、ギリギリで保っていた自制心をかなぐり捨てる。

 ガチャガチャと玄関のドアを開け、ぐいと恋人の腕をつかんで家の中へと文字通り“引きずり込む”。


 「キャッ……」


 たたらを踏んでよろける振袖姿の市歌をそのまま横抱き──いわゆる“お姫様抱っこ”の形に抱き上げ、草履を振り落とす。

 市歌は思わず鈴太郎の首に手を回し、鈴太郎もぐっと市歌を抱き締めた。


 165センチでそれなりに肉づきの良い市歌と5センチほどしか身長が変わらないというのに、この体勢でよろけもしないとは、さすがは野球部のレギュラー。あるいは、たぎる欲望に駆られて暴走モードに入っているのかもしれないが……。


 もっとも、当の市歌本人は、女の子の憧れの“お姫様抱っこ”を愛しいカレシにしてもらっているということで夢見心地なようだが──つくづく乙女に染まったものだ。


 ほどなく、2階の鈴太郎の部屋まで運ばれ、ベッドに横たえられたことで、ようやく市歌も正気を取り戻す。


 「あ、待って! 着物、脱ぐから」


 既に、かなり理性のタガが緩んではいるが、かろうじて「振袖を汚したりしわになるとマズい」という意識は残っていたらしい。


 鈴太郎にも手伝わせて、ふくら雀に結んだ帯を解き、水色の地に牡丹の花模様が散った振袖をしするりと肩から滑り落とす。


 背後から見ていたその中学生らしからぬ艶っぽさに、鈴太郎はゴクリと生唾を飲み、市歌が振袖をハンガーにかけているうちに、自分も服を脱いで下着パンツ一枚になって、振り向いた紅い長襦袢姿の市歌をぐいっと抱き寄せる。


 抱き合った事で胸の方から鈴太郎の心臓の鼓動が伝わってくる。その鼓動は着物やブラの生地を通しても市歌の胸に伝わってきた。


 「あぁ……んっっ」


 重ねられた唇と唇の隙間から、市歌はおずおずと自分の舌を鈴太郎の唇に指し入れ、彼と舌に絡めてみる。

 ねっとりとした舌の感触を感じることで、彼女の頭をじりじりと快楽が浸食していく。


 「……ふぅ…っんっっ!」


 初めてカレシの部屋でシていると言う緊張と、彼の家族のいない間を見計らってヤっているという後ろめたさが、市歌の脳裏をよぎりつつ、それが絶妙なスパイスとなって、いつも以上の興奮が市歌の中に湧き上がっていた。


 「ああぁ……んんっ……!」


 永遠に続くかと思われた口付けも自然に鈴太郎の方から唇を離した。スーッと一筋の唾液が白い糸を引いて、市歌の唇から鈴太郎の唇が離れていく。


 「市歌──好きだよ」

 「鈴太郎くん──私も♪」


 そのままベッド押し倒される。鈴太郎は片手で市歌の髪を撫でながら、もう片方の手を市歌の胸元へと忍び込ませていく。

 襦袢の襟元が緩められ、白い和装用ブラジャー越しに形の良いバストが鈴太郎の掌の中で形を変えながら踊っていく。


 「ああンっっ……!」


 思わず出た甘い吐息に市歌は口元を押さえる。鈴太郎はニコッと微笑んで市歌のあらわになった鎖骨に口付けをした。


 「ひぅんっ! り、鈴たろうくん……」


 鈴太郎の唇が肌にふれた瞬間、電撃の様な感覚が市歌の背筋を駆け抜ける。

 さっきのキスとはまた違った快感と、胸を揉まれる快感が交互に入り混じって、市歌の興奮をさらに高めていった。


 「んんっ……はあ……っ………」


 さらにブラがずらされて胸を直接揉まれる。


 「やぁん……はぅっ!」


 すっかり堅く尖った乳首を指で摘まれ、思わず甘い声を上げてしまう。

 続いて鈴太郎の大きな手が市歌の胸全体を揉み始めた。


 「あぅっ……感じ……ちゃうぅ……」


 胸を揉まれ、首筋やうなじに唇や舌を這わせられる度に、市歌の頭の芯まで快感と言う名の刺激が支配し、頬が火照る。


 「鈴太郎君っっ!!」


 無性に鈴太郎が愛しくなって、彼の名を呼ぶ。

 それに応えるように、今度は鈴太郎の方から舌を市歌の口の中へと差し入れて来た。熱い唾液の中でふたりの舌が絡み合う。


 頃合いと見たのか、鈴太郎の手が長襦袢の裾を割り、下半身の方へと忍び込んでゆく。ショーツ越しに市歌の敏感な部分に指が触れると、ビクッと市歌の体が震えた。

 ソコは、先程までの行為ですっかり感じてしまったせいか、しっとりと潤い、鈴太郎の指に市歌の蜜がまとわりつくほどに濡れていた。


 「へぇっ、市歌って、こんなに感じやすかったんだ」

 「やん、言わないで……んんっっ!」


 ……

 …………

 ………………


 「りん…たろ……くん……わた、し……イクっ!」

 「いちかぁぁっ!」

 「いゃぁ……ああっっっ!!」


 ビクビクッと体を大きく震わせて市歌は達してしまう。

 ほぼ同時に鈴太郎も果て、熱いモノが市歌の体と心を満たしてゆく。


 市歌は、ガクッと倒れ掛かってきた鈴太郎の身体にしがみつき、ふたり繋がったまましばしの余韻にたゆたうのだった。


  * * * 


 「はぁ……正月早々おさかんですこと」


 新年二日目にして、半泣きの友人に電話で呼び出され、彼氏同行で大鳳家にやってきた少女──桜合舞は、両手を腰に当て、呆れたような溜息をつく。


 目の前には、その友人──東雲市歌とその恋人である大鳳鈴太郎が床の上に正座して、縮こまっていた。


 鈴太郎の方は普段着のスウェットの上下だが、市歌は下着姿の上に鈴太郎のパジャマの上を羽織った、彼シャツならぬ彼パジャ状態で、同性から見ても目の毒なので、空は部屋の外に待機させている。


 「そりゃあ、想いが通じ合った恋人同士が、機会さえあればシたい気持ちはわかりますよ、私も彼氏持ちですし。

 でも、だからって、晴れ着の着付けもできないのに、初詣の帰りにヤっちゃって、友達に泣きつく人がありますか!」


 いちいちもっともなので、さらに縮こまるふたり。

 舞は、普段はどちらかというと温厚でおっとりした方なのだが、こういう場面になると途端に迫力が増す。


 「幸い、私が何とか和服の着付けができたから良かったものの。市歌、あなた、こちらの大鳳さんのご家族と、正月早々その格好でご対面するつもりでしたの?」

 「あぅぅ……」


 返す言葉もない。


 「まぁ、反省しているようなので、これ以上はキツく言いませんけど──大鳳さん?」

 「は、ハイッ!」


 舞に声をかけられ、ビクッと背筋を震わせつつ、返事する鈴太郎。


 「ご家族は何時ごろお戻りになられる予定ですか?」

 「それが、その……たぶん4時過ぎじゃないかと」

 「何ですって、もう30分もないじゃありませんか!」


 こうしちゃいられないとばかりに、舞は鈴太郎を部屋から追い出し、市歌の振袖の着付けに取り掛かる。

 自分の部屋を追い出された少年は、廊下で手持ち無沙汰にケータイを弄っていた少年と顔を合わせ、互いに苦笑することになる。


 「すみません、桜合さんだけでなく、星崎くんにまでご迷惑おかけして……」

 「いや、なに、舞の奴も友達に頼られるのは嫌いじゃない性分だし、アレで結構楽しんでますから」


 まだ知り合って2度目の顔合わせ(ちなみに1度目は2カップルによるクリスマスイブのWデートだ)とあって、少々会話がぎこちないが、そこは同じ野球少年同士、ポツポツ会話しているうちに、それなりに盛り上がってくる。


 ふたりがすっかり打ち解ける頃に舞の全神経を集中したフルスピードの市歌の着付けも終わり、さらにそこに大鳳家の家族が帰還し、3人の少年少女は、「息子の恋人とその友人」として歓待されることになる。

 まさに間一髪のタイミングであった!


 ──ちなみに帰宅後、市歌の母親には、彼女の帯びの結びがふくら雀から文庫結びになっていたことで、何があったかはおおよそバレていたが、娘の恋路を(生)温かく見守る方針の母親は、その事実を胸先三寸に収めてくれたのは、いろいろな意味で関係各位にとって幸いだったろう。


─めでたしめでたし?─

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

NervousBreakdown -復讐の結末- 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ