【間章:邂逅】

 それは、まさに奇跡的偶然だった──あるいは神が仕組んだ本物の奇跡なのかもしれないが。


 「ふぅ……もう、あきらめた方がいいのかなぁ」


 三年の夏の大会が終わったのを機にバレー部を引退した東雲市歌(の名前と立場を与えられた折原邦樹)は、9月のとある休日に家の近くを特に目的もなくブラブラ散歩していた。


 ──いや、目的はある。あの日記に書かれていた“お社”を見つけることだ。


 とは言え、彼が“彼女”になってからすでに1年以上が経過して、今の暮らしにも十分馴染んでおり、ともすれば以前の「コミュ障気味なガリ勉根暗少年」だった頃より毎日が快適だと感じることも少なくない。


 「元に戻る」ことへの執着はそれほどないため、既述のような理由で、そのままなら“彼女”には見つけられるはずがなかったのだが……。


 「なぁ、もう此処に来るの止めにしないか? 別段、舞だって元に戻りたいと思ってるワケじゃないんだろ?」

 「それはそれ、これはこれです。むしろ、私と空くんが“こう”なれたことへの感謝の気持ちを込めてお参りしてるんですから」


 そんな会話を交わしながら、市歌と同年代の少年と少女が「一見何もないところ」から姿を現したのだ。


 「!」


 直感的に、市歌にはあのふたりが自分の捜しているお社を知っているのだと確信した。


 「あ、あの……すみません!」


 * * * 


 突然呼び止めた市歌の切迫した様子に何か思うところがあったのか、少年と少女──星崎空と桜合舞は、彼女の「願い事が叶うおやしろを知っているなら教えてほしい」という言葉に応えて、市歌を問題の場所へと連れて行ってくれた。


 社の前で、詳しい話を聞かせてほしいというふたりに、此処へ連れてきてくれたお礼として、市歌は自分の抱える“事情”を話した。


 「なるほど、限定的な効果のあるお札ですか」

 「オレ達の場合は、もっといきなりだったからなぁ」


 興味深げに頷く舞と空。


 「あの……トンデモないことを言ってるって疑わないの?」

 「え? ああ──空くん、この人になら話しちゃっていいですよね」

 「舞が信用できると思うんならいいぜ」


 それから舞が語ったのは、市歌の身に起こったのとよく似た椿事だった。

 違いと言えば、このふたりが(意図的にではないにしろ)自らソレを望み、そしてそのことに戸惑いつつも好意的に受け入れている、ということだろうか。


 「今となっては、女の子ライフも楽しいし、別にこのままでいいかなって」

 「オレとしても、こんな可愛いカノジョができてハッピーだし、今更ムサくるしい男に戻ってほしくないなぁ」


 どうやらふたりは“幼馴染で恋人”というラブコメの王道を地でいくカップルらしい。


 「市歌さんはどう? どうしても元の自分の立場に戻りたいですか?」


 そう聞かれると、確かに返答に窮する。

 市歌とて今の生活にとりたてて大きな不満があるワケではないのだ。

 敢えて言えば、自分の現状を理解している友人がいないことだが、それとて今このふたりに打ち明けたことで、そのストレスはかなり緩和されたことだし……。


 「でも、私なんかがこの先も女の子としてやっていけるのかなぁ。私、舞ちゃんみたいに可愛くないし、胸だって……」

 「あはは、そんなぁ、買い被りですよ。市歌さんだって十分魅力的ですし」


 褒められて照れくさいのかクネクネしつつも、形よく膨らんだ胸を突き出すようなポーズをとる舞。


 「な~に、上から目線で語ってんだ。舞だって、ついこないだまでは東雲さんとドッコイドッコイのツルペタだったじゃないか」

 「あぁっ、空くん、ソレは言わない約束ですよぉ!」

 「! そこの事情ところを詳しく!!」


 何か“乙女”として聞き捨てならないことを耳にした市歌は、それまでの遠慮をかなぐり捨てて、舞たちに迫る。

 先ほどまでの3倍増しで真剣になった市歌の様子に若干ヒキ気味になったふたりだが、それでも照れながら舞が語ったところによると──。


 「なるほど、おふたりが、その…“身も心も結ばれた”あと、舞さんの身体も完全に女の子になって、それ以降、胸も急成長中と」

 「改めてハッキリ他人に言われると恥ずかしいなぁ、おい」


 ちなみに、空の方はその少し前から身体的な男性化は徐々に進んでいたが、完全に男になったのは、まさに舞と“繋がって”、“イッた”──股間のブツの先端からを噴出した瞬間だったりする。


 「同感です。まぁ、私の場合は、これでやっと人並みってところですから」


 その人並どころか貧乳にすら届いていない無乳の“乙女”にとっては、身震いするほど羨ましい話だった。


 「んー、市歌さん、気になる男の子とかいないんですか?」

 「え……いや、その……えっと……」


 正直に言うなら、いることはいる。

 無論、自分をこんなメに遭わせた折原邦樹[偽]ではなく、小学校時代からの友人であった──そして今も席が隣のクラスメイトとして話すことが多い大鳳鈴太郎だ。


 最初は、邦樹時代の友誼の名残りかと思ったのだが、最近は自分が“異性として”の彼を意識していることも、市歌は薄々気づいてはいた。


 「でも、私、身体自体は男のコのままだし、恋人でもない男性にそういうコトしてもらうのは、さすがに無理があるかと」

 「ふーむ、話を聞く限りでは、その大鳳ってヤツも絶対東雲さんに気があると思うけどなぁ」


 仮に空の勘が正しくても、彼に今の自分の身体を見せて幻滅されたくない──と思う微妙な乙女心は市歌も持ち合わせていた。


 「あは、恋する女の子ですねぇ。だったら、せっかくこのお社に来たんですから、ソレを願い事にしてみたら如何です?」


 「「! それだぁ!!」」


 * * * 


 「現在の立場にふさわしい身体になりたい」という願い事は、(よほど切実だったのか)呆気なく“受理”され、その日、社のある場所から出た時は、すでに東雲市歌は完全な女の子になっていた──と言っても、着衣のままではあまり変わったようには見えないが。


 「ねぇ、ご自宅に帰る前に、よければこれからウチに寄っていかれませんか? いきなり女の子の身体になって戸惑うこともあるでしょうから、“先輩”として教えられることもあると思いますし」

 「えっと……ご迷惑でないならお願いしようかな」

 「はい♪」


 というやりとりが舞と市歌の間であったり、それを見て「これは百合、それとも精神的BL? どちらにしても萌えるゼ!」と空が密かにコーフンしたりと、色々あったのは余談である。


 ともかく、そんな経緯で、市歌は学校は違うものの星崎空&桜合舞と友人になり、舞のアドバイスを受けつつ鈴太郎のハートを射止めるべく“女子力”を磨くことに熱意を傾け──10月頭の学院祭の終盤、彼をフォークダンスの相手パートナーに誘うことに見事に成功するのだった。

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