【転:東雲市歌の日記】
[5月13日(月)]
いよいよ明日が決行の日。マーヤたちにノせられた気もするけど、でも告白しようと決心したのはアタシ自身だもんね。学校だからおめかしして行くってワケにもいかないけど、せっかくなんだし明日くらいは、ふだんはずしてるリボンタイもきちんと結んで、こないだセリにススメめられて買ったカチューシャをしていこう。
センパイ……たぶんムリだろうけど、OKしてくれるといいなぁ。
[5月14日(火)]
サイアク&サイテイの一日だった。
遠野センパイへの告白は……告白することさえできなかった。それもこれも、みんなあのガリ勉メガネのせいよ!
──うん、半分八つ当たりだってこともわかってる。アイツにあんなこと言われて逃げ出したのは図星だったからだってことも。そもそも遠野センパイはモテる人で競争率も高いから、アタシなんかじゃ告白してもダメだったとは思う。
でも! それとこれとは別問題。乙女心を踏みにじった罪は重いのよ!!
自転車にも乗らず、学校を飛び出してフラフラしている時、いつの間にか見たことのない小さな神社(おやしろって言うんだっけ?)に来てた。何となくお参りしたら願い事がかないそうな“穴場”っぽい感じ。
本当なら、ここで「センパイとうまくいきますように」とか「もっと美少女になれますように」とかお願いするのがスジなんだろうけど、頭に血が上っていたアタシは、お賽銭箱に5円を放り込み、ガラガラと鈴を鳴らしたあと、勢いに任せてこんなコトをお願いしてた。
「どうか、無神経な折原のヤツをアタシと同じ立場にして、アイツの言う「ガサツな体育会系男女」の気持ちを折原自身にも思い知らせてやってください」
冷静になってみると、我ながら「ないわ~」と思うけど、その時のアタシは絶賛ハートブレイク中だったから仕方ないの!
でも……。
『──その願い、叶えてしんぜよう』
頭の中でそんな声がしたかと思うと、気が付いたらアタシはいつもの通学路に立っていた。
ちょ、まさか、リアルでホラー体験!?
怖くなったアタシはそのままダッシュで家に帰った。
はぁ~、何だったのよ、アレ。
[5月15日(水)]
昨日はサイアクだったけど、今日はサイコーの日かもしんない。
昨日のユーウツな気分を引きずったまま、朝、目が覚めたとき、アタシは机の上に7枚の短冊みたいなものが置かれているのに気が付いた。
「え、何、これ」
古い和紙で作られたその短冊を何気なく手に取ったとき、直感的にアタシにはその使い方を理解できた。
「──あはっ、スゴい! 神様ってホントにいるんだ♪」
コレは、アタシの願い事を叶えるために神様がくれた不思議なお札。
とりあえず、初日は様子見ってことで、アタシは1枚目のお札にボールペンで「教室の席」と書くと、ふたつに折ってビリッと破る。
特に霊感とかがないアタシにも、魔力というか霊力?みたいなモノが破れたお札から立ち昇って、どこかに飛んで行ったのがわかった。
そして登校した時、予想通り折原とアタシの席が入れ替わっていた。
そう、このお札を使えば、アタシと折原の間限定で色々なモノを入れ替えることができるんだ♪
一日につき一枚しか使えないけど、アイツをじわじわ苦しめるのには、むしろ好都合かも?
あはっ、アタシって意外にサドっけがあったみたい。
[5月16日(木)]
今日は、アイツがいつも自慢しているモノをアタシがもらっちゃおう。
朝、自分の部屋で制服に着替えたアタシは、2枚目のお札に「学力」と書いて破る。
立ち昇った“霊力”の一部がアタシの身体に吸い込まれ、残りがどこか(たぶんアイツのところ)に飛んで行った。
試しにカバンを開けて英語の教科書に目を通してみると、斜め読みなのに簡単に理解できる。
「くふふ……ご自慢のおツムがおバカになったアイツは、どういう反応を示すのかしらね」
登校すると、予想通り先生に当てられても答えられない無様なアイツの姿を見ることができた。
一方、アタシは華麗にその問題を解いて、先生を含めた皆の称賛の視線を浴びる。あぁ、とってもいい気分……。
[5月17日(金)]
昨日、あんなコトがあったから、アタシはとっても寛大な気分になっていた。
「アタシだけがいいメをみるのは不公平よね。だから、今日はイイモノあげるわよ、折原♪」
3枚目のお札に「運動能力」と書いて破ると、お馴染みの現象が発生。
霊気を吸い込んだあとは、なんとなく身体の動きが鈍い気がする。
「やれやれ、今日からアタシもガリ勉モヤシの仲間入りか」
普通なら後悔しそうなものだけど、アタシはむしろゾクゾクするような心地よさを感じていた。
(アイツに元のアタシの立場を思い知らせてやりたい──ううん、アタシ色に染めてしまいたい)
普通は「自分色に染める」と言うと恋人とかを自分好みに
今日の学校では、「体育の時間に大活躍する折原」という前代未聞のイキモノが見られて、内心アタシは無茶苦茶興奮していた。
嗚呼、早く明日にならないかなぁ……。
[5月18日(土)]
目覚ましを朝6時にセットして目を覚ますと、アタシは昨晩考えていた計画を実行に移した。
4枚目のお札に「男女」と書いて破る。
いつもより立ち昇る霊気が大きめで、吹き付けてくる風(のようなもの)に溜まらず目を閉じたアタシが、再び目を開けると……。
部屋の様子が一変していた。
中学に入った時に買ってもらったドレッサーがなくなってるし、部屋の家具とかベッドカバーの色も黒とか青とかが多くなっている。
何より、壁にかかっている制服は、青いブレザーとベージュ色のスラックスという咲良学院男子生徒用のものに変わっていた。
「やった! 成功したんだ……って、アレ?」
声がさっきまでと変わってない。
慌ててワイシャツタイプの男物のパジャマを脱いでみたところ、胸は(これまで同様、腹立たしいほど)無いに等しかったけど、股間にも男のチ●コは存在してなかった。さっきまでの自分と同様、女の身体のままだ。
色々考えてみた結果、お札は字義通り、アタシを男の、(確認してないけど)アイツを女の、「立場」にしただけなんだろう。身体まで変えたいなら「性別」とでも書けば良かったのかもしれない。
(でも……こういうのもアリかも)
アタシ自身はともかく、アイツが男の身体のまま女子の制服を着て女の子として振る舞わなければならないと考えると、テンション上がってきた!
──実際、登校したのち、赤いボレロとスカート姿で真綾たちに話しかけられてオタオタしているアイツを見るのは、すごく楽しかった。
男子の大鳳や更科と話すのも意外におもしろいし、アタシ──いや、オレって案外、男子の方が向いてるのかも。
[5月19日(日)]
昨日はなかなか楽しめたけど、今日は休みだからアイツと顔を合わせることがないのが残念だ。
朝ごはん済ませたけど、今日は何を“替え”ようか……そうだ!
「昨日、本棚とかゲーム機かと見て、ちょっと気になってたんだよね」
おそらく、これは男子中学生としてはごく普通(いや、ガリ勉気味かも)のチョイスなんだろうけど、昨日まで“アタシ”だったオレとしてはあまり興味が持てそうにない。コッチを取り替えるのもアリっちゃアリなんだけど……。
「せっかくだから、心の方を取り替えちゃおう」
5枚目のお札に「趣味・嗜好」と書いて破る。
途端に、「この間買ってきたばかりの大作ロープレの続き」がやりたくて仕方なくなってきた。
オレは、初めて触るはずのTS(トライステーション)4を苦も無く操作し、本棚の一番上に並べてあるケースのひとつから取り出したBDを挿入してゲームを始める。
「ははっ、やっぱり!」
最新のセーブデータを選んでロードすると、操作方法やこれまでのストーリーその他を、簡単に“思い出す”ことができた。
それだけじゃなく、少年ヂャムプで愛読しているマンガや、来月刊行されるのを楽しみにしているラノベの最新刊、さらには机の引き出しの奥にコッソリ隠してある、ちょっとHなグラビアの在り処まで、バッチリ“記憶”があった。
「うひゃひゃ、男子ってこういうの見てコーフンするんだ……って、今はオレもその男子なんだよな」
確かに、ボン・キュッ・ボーンなゴージャスプロポーションのグラドルが、マイクロビキニに身を包んで微笑みかけてくる写真は、こう、クるものがある。
身体自体は──
だからこそ、かつての“アタシ”──背が高くて胸が皆無で髪も短くてロクにオシャレもしない体育会系のガサツ女が、男子からロクに女の子扱いされなかったのも、実感を伴ってうなずけてしまうのだ。
「まぁ、今そのガサツ女の立場になってるのはアイツなんだけどな、フヒヒッ」
今頃、アイツ、自分の趣味嗜好が変化したことに気付いて慌てふためいてるのか……それとも変わってしまったことにすら気づかず、女の子としての暮らしに溶け込んでいるのか……。
どちらに転んでも、それはそれでおもしろそうだ。
「おふくろ、お代わり!」
昼食の場で育ち盛りの男子中学生らしい旺盛な食欲を見せながら、オレは心の中でニヤニヤしていた。
[5月19日(月)]
さて、新たな一週間の始まりだ。
今日は替えるモノは、昨日のうちに考えておいた。
「交友関係」と書いた6枚目のお札を破る。
その後、家にいる間は特に変化は見られなかったけど、学校に着くとすぐに違いがわかった。
「おーッす、イチカ」
「ああ、大鳳か。おはよ」
「お、どうやら体調は直ったようだな」
「おかげさまでな」
土曜日はあくまで“同じクラスの男子”へのそこそこの距離感で話しかけていた大鳳が、明らかに親しい友達に対するなれなれしい態度になってたからだ。
「東雲、こないだ貸してくれた『真ドラゴンライダー7』おもしろかったぞ! 続編は持ってないのか?」
「ん、あるぞ。どうせなら、8より先に7の外伝の方がオススメだけど。今度持って来てやるよ」
そんな風に、いかにも男子中学生らしい会話をしながら、チラリと教室の後ろの方──今の折原の席の方に目を向けると、そこでは山田と有方に囲まれ、笑顔でおしゃべりしているアイツの姿が目に入った。
(ふーん、結構楽しそうじゃん)
気づいてるのかいないのか知らないけど、あの様子なら、アイツもこの状態に馴染めているというのは確かだろう。
──じゃあ、明日、最後の一枚も使っちゃっていいよな。
[5月20日(火)]
普段、日記は夜寝る前に書いてるんだけど、今日は特別に昼休みに美術部部室で筆を執っている。
神様(?)にもらったお札も、あと残り一枚。
これに「元に戻る」と書いて破れば、たぶん一週間前の状態に戻れるだろう。そんな奇妙な確信がある。そして、“アタシ”なら、たぶんそうしたに違いない。
でも──生憎、オレは違う。アイツのものだった頭の良さや男としての気楽な暮らしを手にしてしまった以上、おバカで可愛くもない(そのクセ、女だからというだけで色々ウルサいこと言われる)あんな“脳筋ガサツ女”としての自分(たちば)に戻るのはまっぴらごめんだ。
だから、オレは、朝目が覚めると、最後のお札にこう書いた。
「名前」
これを破れば、アイツは「東雲市歌」という女子中学生になり、オレが「折原邦樹」という男子中学生になる。
そうなれば、帰るべき家も変わるから、この部屋に戻ってくることは多分ないだろう。
流石に少しだけ感傷的になったオレは、お札を制服のズボンのポケットに入れ、部屋の中をゆっくり見渡してから階下へ降りた。
ゆっくりと味わうようにして、おふくろの作った朝飯を食べ、「ごちそうさん、美味かった」と言ってから、カバンを持って玄関を出る。
最後にもう一度、振り返って自分の生まれ育った家を目に焼き付ける。
30年以上前に爺さんが建てて、それからも何回か修理や改築してるけど、それでもやっぱり古くて、綺麗とも便利とも言えない東雲家。
(今までありがとう、そしてさよなら)
心の中でそう呟くと、オレは学校に向かって自転車を走らせた。
お札を破るのは、放課後になってからにしよう。
今日一日は「東雲市歌」としての最後の学校生活を堪能して、明日から──ううん、放課後、学校を出た瞬間から「折原邦樹」としての新たな人生を歩むんだ。
* * *
「そ、そんなコトがあったなんて……」
自室でなぜか学校のカバンの奥に入っていた日記を見つけて読みながら、“彼女”──東雲市歌と呼ばれる“少女”は、瞳に複雑な感情を浮かべている。
自分の日記のはずなのに、なぜに他人事のような感想なのかは、日記の内容を知っている人なら理解できるだろう。
そう、この市歌は、元は“折原邦樹”と呼ばれていた少年なのだ。
「でも、それなら、私も、この日記に書かれていたおやしろを見つけてお参りすれば、元に戻れるかも」
名前も立場も交換されて、仕方なくこの家──東雲家に帰ってきたものの、自業自得とは言え心の底から納得はしていなかった“彼女”は、戻れる可能性があると知って、少しだけ元気を取り戻したようだ。
しかしながら、実の所、それは難しいと言わざるを得ない。
かのお
本来の市歌の願い事は7回叶えているじゃないかと言われそうだが、アレは総体として「邦樹に自分と同じ立場を実感させてやりたい」という願い事に基づいており、かつ途中で引き返せるようにと配慮がされていたのだ(その証拠に、市歌は元に戻る方法に気付いていた)。
しかし、その“一度だけ”と言う性質上、ある人の「Aということをしてくれ」という願いのあと、ほかの誰かが「Aをなかったことにしてくれ」という願い事は却下される仕組みになっている。そうでないと、最初の願い事が「叶わなかった」ことになってしまうからだ。不公平なようだが、こればかりは致し方ない。
そして、さらにもうひとつ、色々工夫して願いの内容をクリアできるとしても、そもそもかのお社には、善悪問わず「心からの切実な願い事」がないとたどり着けないようになっているのだ。市歌[真]が、あの日、あの場所に足を運んだのも、単なる偶然ではなく、(少なくともあの瞬間は)本気で邦樹のことを恨んでいたからだ。
それに対してこの市歌[偽]はどうかと言えば、元が草食系男子だった影響だろうか、確かに「戻れるものなら元の立場に戻りたい」とは願っているものの、今の立場にもそれなり以上に順応しており、「何がなんでも戻りたい、いや戻る!」という切迫感や執念というものとはおよそ無縁だ。
あるいは、最後のアイデンティティである“名前”を取られた直後であれば、それなりに強い危機感を抱いていたから可能だったかもしれないが……。
「いちか~、お風呂が沸いたから入りなさーい!」
「あ、はーーい」
階下からの“母”の呼び声にごく当たり前のように応え、タンスから替えの下着とパジャマを用意して、いそいそと風呂場に向かう様子を見ていると、望み薄と言わざるを得まい。
結局のところ、東雲市歌[偽]は“お社”を見つけることはできず、当然、元の“折原邦樹”の立場に戻ることもできないまま2年の時が過ぎ、“彼女”──そして“彼”は高校生になった。
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