【壮健なる金曜日】

 原因不明の学力低下は午後になっても直らず、その日の放課後、僕は初めて美術部の部活をサボった。

 こんなグチャグチャな気持ちのままスケッチブックに向かっても、まともな絵が描けるとは思えなかったしね。


 (家に帰ったら、落ち着いて1年生の頃の教科書を見てもう一度復習してみよう……)


 そう思っていたはずなのに、いざ帰宅して自分の部屋に戻ると、なぜか机に向かう気が起きず、大鳳くんから借りてたラノベを読んだり、1階の居間に降りて家族と一緒にテレビを見たりしてダラダラ過ごしてしまった。


 けど、そんな風にリラックスしたのがよかったのか、その晩は久しぶりにぐっすり眠って疲れをとることができたんだ。


 そして、翌日の金曜日。

 今日は朝の1時間目から体育がある、運痴な僕にとってはユウウツな日だ。

 いや、そのはずだったんだけど……。


──カキーン!


 「おぉ、スゴいじゃないか、折原。2打席連続ヒット、それも二塁打と三塁打なんて」


 体育の授業の軟式野球で、まさかの大活躍。

 打撃や走塁だけでなく、守備でも右中間を抜けるライナー性のヒットに飛びついてアウトにしたり、そこから素早く3塁に送球して2塁ランナーを刺したりと、自分でも信じられないくらい軽快に力強く身体が動いた。


 もちろん周囲の男子も驚いてたけど、大鳳くんや更科くん(去年からのクラスメイトで、趣味が合うから割とよく話すんだ)は、笑って褒めてくれた。

 おかげで、普段なら少しでも早く終われと思いながら受ける体育の授業を、思いがけず楽しい気分で過ごすことができた。


 (スポーツするのって意外に楽しいかも……)


 我ながら現金だとは思うけど、ここ2、3日、暗い気分過ごすことが多かっただけに、ちょっとしたことでも凄くうれしく感じられたんだ。


 けれど──そんな僕のウキウキ気分は、着替えて教室に帰ったところでたちまち霧散してしまった。


 僕ら男子とは分かれて別の先生に体育の授業を受けていたはずの女子のクラスメイトたちが先に教室に帰ってきていた。

 それ自体は(普通は女子の方が着替えが長いから)珍しいけど、有りえないわけじゃない。


 でも、なぜか何人かが東雲さんの(元は僕のもののはずの)席に群がり、その真ん中に、手首に包帯を巻き、おでこに絆創膏を貼った東雲さんがいたんだ。


 「東雲ぇ、大丈夫なの?」

 「あ、うん、保健室で湿布してもらったから、もう平気」

 「でも、運動神経抜群の市歌があんなドジするなんて珍しいね。バレー程じゃないけどバスケも得意なのに」

 「なんか、動きも鈍かったし……もしかして、あの日?」

 「そういうワケじゃないんだけど……」

 「あ、もう男子帰って来たみたい。じゃあ、東雲さん、ケガしてるんだから今日は無理しちゃダメよ!」


 (え、あの東雲さんがパスを受け取り損ねてまともに顔面でボールを受けた? しかも、それくらいで手首を痛めて捻挫!?)


 その時、僕の心の中に荒唐無稽な疑念が浮かんできたんだ。


 (──まさか! そんなバカなことあるわけないよ)


 そう、そんなコトがあるはずがないんだ。

 「僕と東雲さんの身体能力ないし運動神経が交換された」なんて非常識なことが。

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