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 梨々香が持ってきた映画はバラエティに富んでいた。最近公開されて大ヒットしたアニメ映画、一昔前の恋愛ドラマ映画、外国のコメディ映画、ゾンビが大活躍のパニックホラー映画。でも、CMで「感動の家族愛!」とかって謳われるような映画はなかった。理由はわざわざ聞かなくてもわかる。あたしもその手の映画は嫌いだ。

 DVDを次々観ていくうちに、あれだけあったお酒の缶は、もうあたしたちの手の中にある分だけになってしまった。あたしも梨々香もお酒には酔いにくいタイプだ。梨々香の頬は少しだけ赤みがさしているけど、映画の感想を楽しげに語る口調はハッキリしている。あたしもちょっと体温が高いくらいで、意識はほとんど素面のときと一緒だ。

 あたしたちは、何にも気にしないまま、ただお酒とおつまみを消費した。時計なんか一回も見なかったし、スマホを開くのも最低限だった。そんな二人だけの時間が、ただひたすらに楽しかった。

「どうしよう。結衣と一緒だと、楽しくて一緒にやりたいことが増えてく。願望抱えたまま死ぬことになっちゃうな」

 桃味のチューハイを飲み終えたらしい梨々香が、缶を両手で弄びながらそう言った。二人がけのミニソファに並んで座っていると、僅かに触れる肩から彼女の体温が伝わってくる。

「いいんじゃない? それでも。一つくらいは何か強く願望持ったまま死なないと、次の人生も同じような目に遭いそうで、何だか怖いんだ、あたし」

 一呼吸置いて、残り少ないチューハイを飲み干す。カシスオレンジの香りがふわっと口に広がっていった。

「だから、次こそはいい家族のもとに、いい親のもとに生まれたい、って思いながら、死ぬ。あと、生まれ変わっても梨々香に会いたい、って思いながら死ぬ」

 梨々香は小さく笑って、あたしの肩に頭をもたせかけてきた。ちょっとドキドキするけど、幸せだな。

 映画は何度目かのエンドロールに移り変わっていた。閉ざされたカーテンの向こう側が、淡い青色に光り始めている。

「……眠い」

 吐息混じりに、梨々香はそう呟いた。あたしも、さすがにちょっと眠いかも。

「寝る?」

「ううん、寝る前に、これ」

 本当に眠いんだろう。さっきまでより小さく弱々しい声で呟きながら、彼女はピンク色のリュックに手を突っ込んだ。

 そして、例の瓶が取り出された。


 あたしは何も言わずに、キッチンからグラスを二つ取ってきた。ちょっとおしゃれな雑貨屋さんで買った、彫り細工の綺麗なグラス。台形の器部分にワイングラスのような細い持ち手がついているこの形は、ゴブレットっていうんじゃなかったかな。

 戻ってきたら、梨々香はソファじゃなくて、ベッドの上に座っていた。あたしも隣に座る。そうだよね、二人がけのミニソファじゃ死ぬにはちょっと狭いよね。

 梨々香は瓶の中身をぴったり半分ずつグラスに注いで、片方をあたしに渡した。

「最後に乾杯できるのが、結衣でよかったよ」

 そう言われて、胸の中がじんと温かくなる。梨々香はいつもこうやって、あたしの胸を温めるようなことを言ってくれるから、好きだ。

「……うん。あたしも、梨々香と乾杯できて嬉しい」

 お互い微笑みながら、そっとグラスを合わせる。中身を同時に飲み込む。毒は苦くも辛くもなかったけど、ベリーの果汁みたいに酸っぱくて、薬品らしいにおいがした。空いたグラスたちはベッドの側にある小さなテーブルに置かれて、かたん、と音を立てた。

 眠気が強くなったのか、それとも毒が即効性だったのか、視界と意識が少しぼんやりしてきた。意識が確かなうちにもう一度梨々香に触れたくて、手を伸ばしてそっと彼女の手を握った。彼女が握り返してくれたから、嬉しくて思わず顔を上げる。思ったよりも近くに彼女の顔があった。

ああ、相変わらずいい匂いがする。あたしの好きな匂い。なんて思っているうちに、自然と唇が重なった。

顔を離して、二人して照れたように笑い合う。手を握ったまま、ほぼ同時にベッドへ倒れ込んだ。

 なんて綺麗な終わり方だろう。生まれ変わっても、またこの子と会いたいな。

 そう思いながら、眠気だか毒の効果だかわからない気怠さに抵抗するのをやめて、目を瞑った。

 繋がった左手が、梨々香の体温でじんわりと温まっていた。

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