2

 どさっ、と音を立てて、教室の椅子に座り込む。息を吐きながら眉間を押さえると、押さえた力の分だけじんじんと痛む。この痛み方をするのは、疲れ目か、睡眠不足のとき……いや、今の私には両方かも。

 花純たちとカフェで過ごしてから一週間経って、私は膨大な量の課題に苦しめられていた。睡眠時間をギリギリまで削っても、まだ終わっていない課題が山積み。

 ……いけない。このままだと、顔が壊れてしまう。あんまり疲れていると、顔をつくり続けるのが難しくなってくる。じぃ、じぃ、じぃ、と低い耳鳴りがする。……うるさいな、警告されなくてもわかってるよ。

「美沙〜っ! お〜つかれっ!」

 大きな声で呼ばれると同時に、左肩をばしんと叩かれる。……痛い。

「あ、花純……お疲れ〜」

 痛みに対する苛立ちを何とか顔面の裏に隠して、声の主へ微笑みかける。

「あれ、どしたの? 疲れてる〜?」

「んー……実はちょっと課題がきつくて」

「そうなの? 大変だね〜、無理は禁物だよ」

 つくりものの顔が、そう言ってくる。こういう薄っぺらい言葉にも慣れた。つくられた顔が言う、上辺だけだとわかる言葉たちにも、慣れないと生きていけない。

「ありがとう」

 言葉を返すと、視野の端にこちらへやってくる三人の人影が映った。秋姫と、茉莉と、日向……いつものメンバーだ。

「お疲れ〜」

「え、今日からグループワークだったよね?」

「同じグループになれるといいね」

「それな! 知らない人と組むのちょっと緊張するし」

 つくられた顔が、お喋りを続けていく。それに混じって、日向だけが、素顔で話している。

 やっぱり、日向は顔をつくらない。つくらないのに、こうもみんなに違和感なく溶け込んで、上手く渡り歩いている。どうしてなの? それで、なんで上手くいくの?

「ね、美沙! 同じグループだといいね!」

 花純がそう声をかけてくる。ああ、いけない、顔をつくらなきゃ。

「そうだね、知ってる人同士のほうがやりやすいもんね」

 穏やかに微笑んで、みんなの話についていく。それが私の顔だから。私はそういう顔で、生きていってるんだから。

 顔は案外壊れやすい。出来る限り大事に扱わなければならない。でも……周囲が同じように私を大事にしてくれるなんてことは、ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る