第二話 四宮凜の話

 四宮凜が黄昏町に迷い込んだ時、現実世界はまだ電波も飛ばないような時代だった。

 彼女がこの鳥居の近くにある小さな小さな集落に引っ越してきたのは小学一年生の時だ。

 父親の仕事の関係で街中からこの辺鄙な村までわざわざ越してきた。

 もともとは海沿いにある都会に住んでいたので凜は両親と浜辺で遊ぶのが好きだった。潮風と強い日差しで健康的に日焼けして、元気に暮らしていたのに。

 凜はこの海辺の街が大好きだった。

 だから、引っ越しは嫌がったが、仕事だからと押し切られてしまった。凜はあの日を永遠に後悔することになる。



 この田舎町は、よくある田舎町だ。

 村人は自給自足で暮らしており、隣の町まで歩いて丸一日かかる。移動手段は手配しないと来ないが、手配するための手紙を受け取る郵便屋さんは月に一度しか来なかった。そのため新聞もなく、外と完全に孤立していた。ラジオの電波も届かず、娯楽といえば将棋やおはじき、駒回しなど古い遊びばかりだった。そして、村人達も考え方が旧時代的で、男尊女卑はもちろんのこと、小さな噂で一時的な迫害や最悪村八分にされることもあった。

 そんな古い時代の村では若者がヤンチャし、村八分にせざるを得なくなる状態が続いていた。そのため四宮家の入村はとても歓迎された。「人口が足りないとここら一体をダムにする」と役所から脅されていたからだ。

 父親の職場から近い場所に大きな家をもらった。凜も初登校の時に一時間まるまる使って歓迎してもらった。小学生から中高生までひとつのクラスに集まる小さな学校で、みんなが話しかけてくれた。そのため、初めは「悪くないかな」と、新生活を受け入れ楽しんでいた。

 だが、そんな楽しい日々も簡単に終わってしまった。

 父親がだんだんと残業で帰ってくるのが遅くなっていった。家が近いからいいだろうと言いくるめられてしまうらしい。母親はすぐ女性同士の集まりに呼ばれるようになった。夜でも野菜の選別を手伝ってほしいと呼ばれ出掛けることも増えた。凜は少し寂しかったが、いつも家でお留守番をしていた。

 凜の心の拠り所は学校だけだった。

 学校のみんなはとても優しく、休み時間は様々な遊びを教えてくれた。勉強も順調で先生も教えるのがとても上手かった。

 

 そんなある日、学校で先生が悪さをしている人を注意するときに「神様への生贄にされるぞ」と言っていたのが気になり、凜はいろいろ調べてみた。


 『神様への生贄』とは、この町に数十年言い伝えられている『神隠し伝説』によってできた風習だ。きっかけはこの町の裏、そこそこ大きな山の奥にある小さな神社だった。その小さな神社には不釣り合いなほど大きな鳥居があり、とても気味悪がられていた。さらに、そこに近づいた子供が消えてしまうという言わば「神隠し」のような事象が頻発して起こった。不気味がっていた大人たちがこれは神の祟りだと騒ぎだし、その年の祭りからこの神社に『生贄』を捧げ、この辺りに近づかないように注意喚起をするようになった。

しかし、この生贄の風習はここ数年で急速に衰えた。理由は、最近就任した村長があまりこの伝説を信じていなかったり、神隠し自体がここ十数年起きていなかったり、伝説を語る人たちがボケ老人ばかりになったり等があげられる。そのため、最近ではすっかり子供への脅し文句に成り下がってしまった。



 調べていくうちに冗談だったとわかった凜は友達同士がからかい合う時に使っているのを見て、自分も冗談で言っていた。みんなも言っているから、大丈夫だと思っていた。


 凜の同い年の子に「友里」という少女がいた。といっても、凜と同じ一年生はこの子だけで、基本は二人で一緒にいた。

 夏休みに入る前、凜は彼女に不安を吐露した。

「最近、夜になってもお母さんもお父さんも帰ってこなくて寂しいの」

 友里はそんな凜の頭を撫でながら、こう答えた。

「じゃあうちにおいでよ! うちの人も全然帰ってこないから二人で一緒に遊ぼう!」

 凜は信じられないほど嬉しくなり、友里に抱き着いて喜んだ。小さな少女二人は寂しさを紛らわせるために身を寄せ合うことにした。

 不安だった夏休みは楽しみな夏休みに代わった。

夏休み初日の昼過ぎ、凜は宿題もそこそこに友里の家に向かっていた。途中で三年生の男の子、「友哉」に出会った。

「こんな時間からどこいくんだよ。お前家反対側だろ」

「うふふ、内緒」

 凜は友里と遊ぶことを親にも言っていなかった。二人だけの秘密だった。

「ふうん。あっそ」

 つまらなそうな友哉をそのまま素通りしようとしたら、後ろから声をかけてきた。

「そーいや、夜になると最近神社のほうで大人たちが祭りの準備してるらしいぜ!  今度蓮と覗きに行こうと思ってんだけど来る?」

 「蓮」は友哉と同い年の三年生の男の子だ。その言葉にくるりと振り返った凜は、遠くを飛ぶカラスを眺め、少し悩んだ後、「危ないからやめとく」と答えた。

「ちぇ。つまんねーやつ」

 友哉はなんか言っていたが、それよりも友里に会うことの方が大事だった凜は速足で彼のもとを離れた。


「さっき友哉君に変な誘い受けてさー」

 友里の家でまったりお菓子をつまみながら雑談をしていた時に、さっきの話をした。

「えー! 面白そうじゃん! うちらもいこーよー!」

「でも神様の生贄にされるかもよ?」

「そんなん大人の脅しでしょ? きっと何か面白いものがあるからこそこそ準備してるんだよ! 絶対そう!」

 友里はノリノリで目を輝かせた。凜は「話さないほうがよかったな」と後悔していた。

 そこから友里の行動は早かった。凜の手を引いて、暗闇をで照らし暗闇をかき分け友哉の家へ向かい、いつ行く予定なのかを聞いた。

「明日の夜だよ。なんか母さんの話盗み聞きしたら明日大人だけでなんかやるらしいから」

 友里はまた「絶対楽しいことするんだよ。大人ってずるいもん」と言ってついていく予定をこじつけてしまった。勿論凜も同伴だ。

 その日はそこで解散になったが、家に帰る道をとぼとぼと歩きながら凜は不安に押しつぶされそうになっていた。家に帰ると外と同じくらい真っ暗で、電気をつけてただいまをしても誰も応えてくれなかった。凜の不安を聞いてくれる相手は大きな熊のぬいぐるみだけだった。



 うまく寝むれなかった凜は誰よりも早く集合場所についた。

 三人が揃ってから凜はもう一度不安を伝えた。

「やっぱりやめとこうよ。危ないんだよ、神隠しが起こって……」

「凜は他所から来たから知らないんだよ。そんなの迷信だって」

 友哉が茶化すように言う。友里もそれに同調するように頷いた。

「今時そんなこと言ってるの大爺様だけよ?」

 大爺様は前村長のことだ。蓮はずっと黙って聞いていたが、二人がやいやい言っているとしびれを切らし「早く行こう」と急かしてきた。

 凜の言葉は逆に二人を奮い立たせてしまったようだ。友哉は偉そうにふんぞり返って歩くし、友里はを振り回しながら凜の周りをくるくると周っていた。


「ここだ」

 神社の横にある草むらに四人で隠れ、ひそひそと近づく。神社の境内がぼんやりと光っている。そのぼんやりした明かりに照らされ、赤赤とした大きな鳥居が不気味に揺らめき、凜は生唾を飲み込んだ。村中の大人が集まっているのではと思うほど集まっており、その中には凜の父と母の姿もあった。二人ともせかせかと忙しそうにしている。

「なんかうまいもん食ってるかもしれないぞ」

 友哉はそう呟くと目を凝らし大人たちのほうを見ていた。

「ちょうど中央に何があるのかよく見えないわね」

「向こうの草むらならみえるかも」

 蓮が冷静に指さした先にはちょうど良さそうな草むらがあった。

「でもあそこ鳥居の横だよ」

 凜が怯えるように囁くと、三人は凜を見て鼻で笑った。

「ここまで来て帰れるかよ」

 結局友哉の合図で次の草むらへ移動することになった。凜は一番小柄という理由で一番初めに行くことになった。

「俺らが大人のほう見とくから大丈夫そうなら合図する。俺らを信じろ」

 何を言っているんだと冷たい目をした凜が友哉を見るが、対する友哉たちはすっかり本気の顔をしていた。

 仕方なく草むらの端に座り、最短ルートを探す凜。鳥居側にくぼみがあるのを見つけ、転ばないように避けるルートを選ぶ。

「……よし! 今だ」

 友哉は小声でそういうと、凜の背中をぐっと押した。草むらから飛び出た凜は仕方なく次の草むらのもとへ走る。その途中でちらりと大人のほうを見た時に誰かと目が合った気がした。

 草むらに辿り着いた凜は、近くなった鳥居を見上げる。艶々の真っ赤な体は天を貫くほど高くそびえ立ち、巨大な怪物に見下されている気分になる。思わず顔をそらした凜が次に見たのは、友哉に背中を押され走り出した友里だった。

 友里は背中を押された衝撃で少しふらふらと走り出し、最短ルートからだいぶ外れてしまった。そこから軌道修正するために少し大き目にこちら側へ回り込んできた。

 凜が「あっ」と声を上げるときには、先程見つけたくぼみに足をとられ、宙を舞う友里の姿があった。凜はとっさに手を出し、友里を受け止めようとした。目を見開いた友里は凜に気づくと、助けを求めるように手を伸ばしてきた。

 もう少しで手が届く、というところで凜の手は空を掻き、友里はそのまま鳥居のほうへ転がっていってしまった。

 体勢を崩しお腹から転んだ凜が起き上がると、いつの間にか大人に囲まれていた。

「凜⁉ なんでここに……」

 父親が駆け寄ってくる直前に、大人達の隙間から鳥居のほうにいるはずの友里を探したが、どこにもいなかった。

「友里、友里は? どこ?」

 凜が慌てたように騒ぐと、大人達は周りを見渡す。

「お前以外の子供は見ていない」

 父親に抱き上げられた凜は、もう一度鳥居のほうを見るが誰もいない。草むらのほうにも誰もいなかった。友哉と蓮はとうに逃げたようだ。

 キョロキョロと辺りを見渡し続ける凜の視界に急に友里の母親が現れ、怖い顔で口を開いた。

「あなた、うちの友里ちゃんを探しているようですけど、こんなところにいるはずないでしょう。だってうちの友里ちゃんはあなたと違っていいこですもの」

 ねっとりとした笑顔を浮かべ、煽るように大げさな挙動で振り返り去っていく。

「もう解散しましょうか……。続きは明日にしましょう」

 場の空気が最悪なのを察した村長が解散を宣言し、皆ばらばらに帰路につき始めた。

 荷物を運び終えた母親も急いで駆け寄ってきて、村長に頭を下げていた。

「うちの子が邪魔をしてしまい申し訳ございません。家に帰ってよく言い聞かせておきます」

「いや構わないよ。子供は好奇心旺盛なほうがいい。ただ夜は危ないからこんな森の奥に来るのはやめようね」

 村長は優しく凜の頭を撫でると、父親と母親に会釈をし、帰っていった。

「凜、そんながたがた震えていないでちゃんと村長さんに謝らないと」

「そうよ、迷惑かけたんだから」

 凜は大好きな両親のその言葉で思いのダムが崩壊してしまい、涙が止まらなくなってしまった。おいおい泣いている凜をあやしながら、三人で家に帰った。

 泣き疲れた凜は家に帰っている途中に寝てしまった。

 騒がしさに目を覚ますと、凜は自分の部屋の布団に寝ていた。リビングのほうがうるさいことに気が付き、部屋からとことこと出る。階段を降りようと足を出した瞬間、リビングのドアが開き、騒がしい声がより一層はっきりと聞こえてきた。

「あなたの家の娘のせいでうちの子は、うちの友里はどこかに消えてしまったのよ! どう責任取るつもりなの!」

 友里のお母さんが泣き叫ぶ声だとわかった途端、頭のてっぺんからサーっと凍り付くような感覚に襲われた。

 やっぱり友里はいなくなっていたんだ。どこかに消えてしまった。『神隠し』のせいで。

 まあまあと宥める村長の声と両親の謝る声が響いてくる。その声がより一層凜には深く突き刺さった。惨めだった。いっそ消えてしまいたかった。

 凜は回れ右をすると部屋へ帰り、まだ寝ていたことにしようと布団に潜り込み目を閉じた。それでも、ずっと友里の母の声が頭の中を響き、瞼の裏には友里の驚いた顔と掴めなかった白い細い腕が鮮明に映し出されていた。荒くなる呼吸を抑え、泣かないように歯を食いしばる。

 がちゃりと音がすると、細く光が差し込んでくる。

「凜……?」

 両親が気を使いながら恐る恐る部屋に入ってくるのがわかった。いつの間にか騒がしい声は止んでいた。

「凜、起きているかい?」

「ねぇ凜ちゃん。友里ちゃんがどこに行ったか知っていたら教えて」

「あぁ、友里ちゃんのこと探していだろう。かくれんぼでもしていたのかい」

「なんで二人であんなところにいたか教えてほしいの」

 両親は畳みかけるように凜に質問を投げてきた。凜は心が冷たくなっていくのを感じた。愛していた両親は、凜のことよりもいなくなった他所の家の娘の心配ばかりして、周りの目ばかり気にして……。

 両親は少し黙って凜の答えを待っていたが、無視しているとそろそろと部屋から出ていった。

 「おやすみ」もなしにドアを閉めた両親の気配に、あまりの惨さに凜は誰にも聞かれないよう小さな小さな声で泣いた。体の中の全てを吐き出すように泣き続けた。



 お祭りは延期になり、村中総出で友里を探し続けた。凜はずっと部屋に籠り、親に会わないように過ごしていた。そんな日々が少しだけ続いた。


 次に凜が両親の顔を見た時は、友里の母親が『生贄』を復活させようと騒ぎ始めてからだった。

 大爺様が許可を出し、それに対し、両親は泣きながら「でも仕方ない」と言った。凛には何も理解できなかった。嫌がる凜を両親は大爺様のもとへ連れていき、『生贄』の儀式の準備を始めた。凜は目隠しをされ、白い服を着せられ、謎のお経を聞かされながら、森を歩かされた。そのころにはもう涙は出なくなっていた。秋の夜風が優しく頬を撫でる。神社の前でもう一度謎のお経を聞かされたあと、せっせと大人達は帰っていった。静かになったころ、両親が目隠しを外してくれた。優しく凜を抱きしめると、小さなカバンを差し出してきた。

「いま渡せる食料とかお金とか洋服とか入れてあるから」

「村とは反対の道をまっすぐ行けば隣の村に着くわ。いつか迎えに行くからね」

 凜は死んだ目で両親を見つめると「いつか」と口の中で繰り返した。

「じゃあな。達者でやれよ」



 こうして簡単に両親は凜を捨てた。日はどんどん暮れていった。

 ただ、夜が怖かっただけなのに。一人ぼっちの夜は暗くて寒くて怖い。凜は小さな神社の前で小さくなっていた。カバンに入っていたものはしょうもないものばかりでどれも今の心を助けてくれるものはなかった。

 真っ暗な境内はうっすらと大きな鳥居が浮かび上がっていて、何故か今は不気味ではなかった。むしろこの鳥居だけが凜の味方であるような気がした。そんなことを考えながら鳥居を見つめていると、真ん中の空間がぼんやりオレンジ色に輝いた気がした。

「えっ」

 凜は驚いて目をこする。もう一度見てもまだオレンジの光がぽわぽわと浮かんでいた。暖かそうな明るい光。凜は覚束ない足取りでその光に手を伸ばす。どこにあるかわからない隣村よりも友里が消えたこの鳥居のがよっぽど信じることができた。

願わくば自分も消してほしい。

 そう願った途端、突然明るい光に包まれ、凜は驚いて顔を覆う。目が光に慣れ顔を上げると、そこは三六〇度夕方に包まれた町があった。先程まであった神社とはレベルが違う大規模の神社の境内には真っ赤なヒガンバナが咲き誇り、紅葉した木々が空と地面の区別を無くしていた。後ろを振り返ると眼下には長い長い石畳の階段が広がり、その先にも紅葉した木々に覆われた道が続いていた。どこまでも続く町と空。

 凜は不思議そうな顔であたりをキョロキョロと見渡していた。

「あら、人間の女の子」

 声がするほうを振り返ると、茶色い狐の耳が生えた巫女の格好をしたおばあさんがいた。

「最近人間が多いわねぇ。この前も一人女の子が来たばかりなのに……」

 困ったようにつぶやくおばあさんの発言にピンときた凜は声をかけた。

「その子は今どこにいますか」

 

 巫女のおばあさんに案内され、社務所に連れてこられた。

おばあさんはがらがらと扉を開けると「お嬢ちゃん」と中にいる人を手招いていた。中から出てきたのはあの日の服装のままの友里だった。

「友里!」

「凜⁉」

「あら、お嬢ちゃんたち知り合いなの?」

 いいわねぇとあごに手を当てて微笑ましそうに二人を見やるおばあさん。

「では、おばさんはとんずらしようかね」

 そのまま社務所の中に消えていった。凜は友里の手を引いて鳥居のほうへ誘う。

「何か怖いことされなかった?」

「ううん。平気」

「本当? じゃあみんなのところに帰ろう」

 しかし友里は凜の手を取らず、首を振る。

「私、こっちに来ちゃった。もう帰れないよ。絶対怒られるもん……」

 友里は申し訳なさそうに俯いた。凜はそんな友里の所へ近づき、優しく抱きしめた。

「大丈夫だよ。向こうでみんな友里のこと探してた。心配そうだったよ」

 そして、凜は友里の頭を撫でた。

「帰ってあげて。友里のお母さんが『生贄』を出すって騒いでたよ。早くしないと誰か犠牲になるかも」

 その言葉に友里は顔を上げた。

「え。本当⁉ それはやだ……。なんでお母さんすぐ勝手なことするの……」

 顔色が変わった友里は、「行こう」と凜の手を引き、鳥居のほうへ走った。

 鳥居の前に着くと、二人は息を切らしながら、大きな赤い鳥居を見つめた。ゆっくりと友里は鳥居の側に近づき、振り向きながら凜に話しかけた。

「一緒に帰ろう凜……」

 友里が振り返る前に背後に回っていた凜は、彼女を鳥居の中へ押し込んだ。

「うわぁ!」

 あの時と同じ驚いた顔で友里は凜を見る。友里が必死に手を伸ばし、凜を掴もうとした瞬間、急に辺りは眩しい光に包まれ、彼女の体はどこかへ消えた。

「友里、元気でね」

 凜は小さな声でそう呟く。彼女には探してくれる家族がいるけど、凜にはもう心配してくれる家族はいない。

「あら、お嬢ちゃんは帰らんのかい」

 いつの間にか後ろにさっきのおばあさんが立っていた。凜はびっくりしながら振り返ると、悲しそうな顔をした。

「ふぅん。久々の『生贄』とかいうやつかえ。全くこれだから人間は……」

 おばあさんは一人でぶつぶつ何かをつぶやいていると急に思い出したかのように、大きな声を出した。

「お嬢ちゃん、立派な嘘をついていたねぇ。見込みがあるからうちに住まわせてやろかね」

 そういうと凜を手招いて、今度は鳥居の左手の細い小道に入っていく。凜はてこてことついてった。

 どんどん木々が増え、暗くなり、凜が夜のようで不安になっていると、おばあさんが「ここだよ」と言った。

「この末社が余っているから、神様にでも頼んでここに居つかせてもらおうか。そんで巫女ちゃんと二人で修行してもらおかね。あんたはここで神になって巫女の研修手伝いしてな」

 おばあさんは一人で喋り倒し、またそそくさとどこかへ移動し始める。

「そうと決まれば神様のとこさ行って許可もらわな。こっち」

 

 こうして凜は末社に居つく神になった。その後あんこと出会い長年をともにするのだが、それはまた別のお話である。

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