第四章◇聖騎士団VS楽園

第34話◇悪しき聖騎士の作った未来




 ハーティの見た未来によると、今日救い出した者だけでなく、ここで暮らす蒼翼竜族みんなが死ぬのだという。


 俺は詳細を聞くため、ハーティと共に席を外す。


 ついてきたのは、彼女の姉であり俺の右腕的存在でもあるマーナルムだ。


 それともうひとり、敏腕メイド長のシュノンである。


あるじ殿、何かあったのですか?」


「あぁ、ちょっとな」


「メイドの勘が反応してます。シュノンも話を聞きましょう」


 シュノンが両手の人指し指を立て、それを額の両端に当てながら唸るように言う。


「なんだそりゃ。まぁ好きにするといい」


 俺は苦笑しながら、空いている部屋の扉を開け、迷わず入室。


 三人もついてくる。

 そして、先程ハーティから聞いた未来について、二人にも共有。


「なっ……! ハーティ、それはどういうことだ?」


「……クエレちゃんもデコンくんもみんな死んでしまう、と? 回避できるんですよね?」


 二人共話に衝撃を受け、蒼翼竜族の身を案じている。


「――と、その話をハーティに聞こうと思って移動したんだ」


 俺の言葉に、ハーティがこくりと頷いた。


「まず、これは聖騎士団の手によるものです」


「あぁ、そうだろうな。デコン達を奪還される可能性を見据えて、未来視の隙をついたんだ」


「あ、あるじ殿? それはどういうことでしょう?」


 マーナルムが戸惑いの声を上げる。


「全ての異能スキルには発動条件や制限がある。モルテの能力なら、何かを生み出すのに自分の肉体を消費する、という具合にな。身体能力を強化する能力の場合も、精神的肉体的に消耗するしな」


 俺の説明を受け、シュノンが口を開いた。


「ロウ様の真贋審美眼だと、直接目にしないとダメ、という感じでしょうか?」


「そうだな、まだ見ぬお宝の価値を、噂や資料から判断することは出来ない。その点は、ハーティの未来視も似てるな。未来を知るには、その対象を直接捉えていないといけない」


「はい、ロウお義兄さまと一緒ですね」


「あぁ。整理すると、第一に、聖騎士たちはデコン達を捕縛した。そして気づいたわけだ。こんな簡単に捕まえられたということは、こいつらは未来視の力を借りていないのではないか、ってな」


「た、確かにハーティを頼っていれば、待ち伏せに遭うという失態は回避できたでしょうね」


 あいつらが捕縛された件を思い出したのか、マーナルムが苦い顔をしている。


「その通りだ。そうなると、あいつらが掴まっている間にされた事に関しては、楽園側に予期されないということになる」


「確かに、救出後に話を聞くことは出来ても、救出前の段階でデコンくん達がどんな目に遭っているか知る方法はないですね」


 まぁ、俺の未来を視るという形で、彼らが処刑場に五体満足で連行される未来は見えていたので、肉体的に傷つけられていないことなどは分かっていた。


 向こうも、そのあたりは織り込み済みだったのだろう。


 とにかく、捕縛されてから処刑までの間というのが、俺達に行動を読まれない時間として使えるのだと、聖騎士の連中は気づいた、ということ。


「それで、ハーティ。蒼翼竜族の連中はどうやって死ぬ。遅効性の毒か? いや、捕まったやつら以外も死ぬなら、病か?」


 世界には様々な亜人がいるが、人間と共通の病もあれば、その種族だけが罹る病というものもある。


 たとえば翼の生えた鳥人の病気に、羽が全て抜け落ちてしまうものがあるが、あれは普通の人間には伝染うつらない。


 羽の代わりに全身の毛が抜けて……みたいなことにはならないのだ。


「……病です。かつて、とある竜種を絶滅させるに至った死の病。聖騎士団が世界を巡る中で、その竜種の亡骸を発見。病の元の採取に成功したようです」


「それがこのあと……とういうかもう既に蒼翼竜族たちには感染していて、数週間後には死ぬわけか」


「はい」


 マーナルムとシュノンは絶句している。

 あいつらが心配なのは俺も同じだが、打ちひしがれている暇はない。


「お前が『死の未来』を報告してきたくらいだ、実現可能性が高いんだろうな。ってことは、治療法はないのか?」


「この病を癒やす薬のようなものはなく、治療法を模索し薬を調合する猶予はありません」


 治療法を探し回った未来では、甲斐なくみんなが死んでしまったのだろう。


「となると、霊薬エリクサーしかないか」


 霊薬エリクサーは、どのような病であろうとたちどころに癒やしてしまう、神秘的な万能薬だ。


「え……で、でも、ロウ様」


 シュノンが絶望的な声を出す。


「わかってる」


 ただしこの霊薬エリクサーは大変に希少で、消耗品のくせに希少度が『S+』ときている。


 ごくごく稀に、ダンジョンの最奥や隠し部屋などの宝箱に収められているアイテムで、楽園が保有しているのは――三つ。

 全員分には到底足りない。


「聖騎士の連中め! 救出後も生かしてはおかぬと、このような卑劣な真似を!」


「お姉さま、それは違うのです」


「なんだと!? どういうことだハーティ!」


「聖騎士シュラッドは、奪還後にわたしがデコン様たちの未来を視ると予期していたのでしょう。全ては、ある目的の為に仕組まれたものなのです」


「ある目的、ですか?」


 シュノンは首を傾げたが、俺には理解が出来た。


「なるほど、な。俺達が霊薬エリクサーを探すところまで、織り込み済みか」


「はい。我々が霊薬エリクサーの購入に走ると、行く先々で『既にない』と言われてしまいます」


 霊薬エリクサーはその希少性故に、所持者が限られる。


 そして、霊薬エリクサーを手に入れられるような特権階級や一流商人は、その存在を示唆するのだ。


 要は自慢なのだが、そのおかげで世界でどこに霊薬エリクサーがあるかは把握しやすい。


 うちに三つしかないのなら、俺達は所有者から購入しようと動く。


 幸い金はあるし、仲間の命には代えられない。


 だが、それらは既にシュラッド達が購入済み。


 ……いや、譲らない者もいるだろうから、貸与とか保管とかの方が近いかもしれない。


 楽園に奪われるとでも言えば、警戒して聖騎士団に預けるというのは頷ける話だ。


「そうなれば、俺達はもう一度シュラッドに会うしかない。それが奴らの目的なんだろう。……大した執着だな」


「その通りです。シュラッドは、確かに多くの霊薬エリクサーを所持しています。ロウお義兄さまと彼が対峙する未来で、確認済みです」


 蒼翼竜族が奪還された場合でも、再戦の機会を得られるようにと用意していたのだ。


「そうか。もうそろそろ、あいつとの衝突も終わりにする必要があるな」


 やつはやつで、何度も邪魔してくる楽園と決着をつけたいのかもしれない。


「お気をつけください、ロウお義兄さま。次の衝突では、彼らは前世の異能スキルを惜しまず使用してきます」


 今回、民間人を周囲に配置しての作戦では俺達に後れを取ることとなった。


 だからその次は、全力を出せる場所で待ち受けるということだろう。


 中でもシュラッドは、異能スキルのその先にある力――伝承再演ミステリオンを修得している。


 厄介なことになりそうだが、やるしかあるまい。


「夕食後に、今いるメンバーを集めてくれ。次で、シュラッドとの戦いを終わらせる」



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