第33話◇成功と危機
『未来視』の少女ハーティから幾つかの未来について聞いた俺は、仲間や一般市民への被害を最小限にすべく作戦を練った。
そしてそれは成功したわけだが、助け出された八人からすれば、謎の部分もあるだろう。
喜び合う蒼翼竜族の中で一人、クエレの弟が作戦について尋ねてきた。
ちなみにこの男、名をデコンと言う。
「オレの勘違いでなければ、あの場に『半透明化の仮面』、二個ありませんでした? でもうちにはあれ、一つしかありませんよね?」
鋭い。
「よく分かったな」
熱血漢というと猪突猛進型なイメージがあるが、デコンは基本的には頭も回るのだ。
ただ、理屈よりも情を優先してしまうので、熱血漢。
「いやぁ、族長が
「だな」
半透明化と透明化という語が出てきて、確かにややこしい。
デコンが苦笑するので、俺もつられて笑う。
仮面の方は、周囲に俺が俺だと認識されない効果。
仲間の
仮面を使って、聖騎士にバレないように最前列まで近づき。
「だとするとやっぱ変じゃないですか? シュラッドとかいう聖騎士が飛びかかった剣士も、『半透明化の仮面』つけてましたよね?」
「あぁ。あいつが誰か分かれば、仕組みもわかるんじゃないか?」
あの戦いの結末を見ていればデコンも分かっただろうが、確認したのは俺だけ。
楽園には沢山の仲間がいるので、正体を隠した仲間が誰かはすぐに想像できないようだ。
「旦那様、よくぞご無事で」
ちょうどそこへ、銀髪の執事がやってきた。
「あぁ。そっちも、大役を見事果たしてくれたな」
「あの程度であれば、お命じいただければ何度でも」
「いやいや、痛みは本体に伝わるんだろ? あんまり聖騎士にぶつけるのもなぁ」
「もう何度かやれば、一矢報いることも可能かと」
壮年の執事は穏やかに微笑んでいるが、その瞳の奥には戦意の炎が燃えているように感じられた。
シュラッドに負けたことを悔しく思っているようだ。
「なら、次の機会があればまた頼む」
「承知いたしました」
俺と執事の会話を眺めていたデコンは、しばらくうんうん頭をひねっていたが、やがて「あ!」と声を上げた。
「お、どうしたデコン」
「もしかして族長、ブラン爺の分身能力で仮面を増やしたんですか!?」
「正解だ」
シュラッドが戦闘後に発した『不死の傭兵』とは、銀髪執事ブランのかつての異名だ。
ブランは『分身を作り出す』
分身が死んだ場合、死に至った原因となるダメージは、『痛みの感覚』のみであるものの、本体に伝わる。
なので、先程シュラッドに首を刎ねられた時は、頭と胴体が分かれるような痛みを経験したことになる。
だがブランは、いつも通り穏やかに佇むのみ。
経験か、強靭な精神力か。いや、両方だろう。
「デコン殿のご賢察の通り、少々わたしの
ブランの分身を作り出す能力は、何も裸の分身を生み出すわけではない。
ただし、条件もある。
一つは、希少度制限。これはよくある制限で、ブランの場合は希少度Aまでなら、分身でも再現可能。
なので、たとえば俺の聖剣を貸した状態で分身を作っても、分身は聖剣を持たずに生まれる。
もう一つは、装備品も当然のように分身能力の範疇である、ということ。
つまり、分身が解かれると再現した衣装も装備も一緒に無に帰す。
永遠の複製品を無限に作れる、なんて便利能力ではないわけだ。
実際、分身がシュラッドに殺されたことで、死体だけでなく『半透明化の仮面』の複製も消失した。
「なるほど! まずブラン爺に本物を持たせて、そこから分身! で、族長は本物を返してもらう。そしたら、ブラン爺の分身と族長で、一時的に『半透明化の仮面』が二個になるんですね!」
「そういうことだ。ちなみに、ドラゴンやこの要塞は陽動な。ドラゴンの魔法や要塞の兵器を本気で使うつもりはなかったぞ?」
デコンが「わかってますって」とばかりに笑う。
「誰も疑ってないですよ。族長が無関係の人間を巻き込むようなことするわけないですし」
随分と信頼されているようだ。
「それよりブラン爺! オレ達の為にシュラッドを引きつけてくれてありがとうございます!」
「ほっほ。同胞は見捨てない、というのが旦那様の方針ですからな。従ったまでです――しかし、デコン殿」
ブランの瞳がギロリと光り、デコンを見据える。
「――――ッ」
デコンが咄嗟に後ずさった。
ブランの闘気に反射的に身体が動いたようだ。
「人助けはご立派ですが、あまり旦那様にご迷惑をお掛けしないよう、以後気をつけていただけますかな?」
「……努力します」
「よろしい」
フッとブランが微笑むと、張り詰めた空気が解かれるのが分かった。
デコンが、俺の背中に隠れるように移動する。
こいつの方がデカいので、全然隠れられていない。
「こ、怖ぇ~。
純粋な殴り合いなら、蒼翼竜族のデコンが勝つだろう。だが戦いは腕力だけではないし、殺し合いとなればなおさらだ。
それが、頑強な亜人をも震わせる覇気の源なのかもしれない。
「旦那様は少々仲間に甘いので、誰かが言いませんと」
ブランは好々爺のような優しい微笑を湛えていた。
◇
そんなこんなで事件は解決……と思っていたのだが。
夕食時、今日は蒼竜翼族や、今日の作戦に参加してくれた仲間達と一緒に食卓を囲んでいたところ……。
参加者の一人である『未来視』の少女ハーティが、暗い顔をして俺のところへ近づいてきた。
「ロウお義兄さま」
「どうしたんだ?」
彼女の狼耳も、元気なさそうにペタンと倒れている。尻尾も力なげに垂れていた。
「……その、このような祝いの場で、大変申し上げにくいのですが」
「大丈夫、言ってくれ」
彼女は覚悟を決めるようにきゅっと両手を握り、俺を見上げた。
「このままでは、数週間の内に――蒼翼竜族のみなさんが亡くなってしまいます」
「……なに?」
どうやら、危機はまだ去っていないようだ。
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