第32話◇救出劇




 幾つもの可能性の中では、聖騎士達が観衆を無視して異能スキルをぶっ放す未来もあった。


 正面から武力で制圧しようとした場合に、その未来に分岐すると判明。


 ならばと、俺は『彼らの想定する方法は選ばない』ことを選択。


 結果として、複数の出来事を同時に引き起こし、混乱を与えることに成功。


 空には、やつらが追っている『楽園』の拠点、天空移動要塞が出現。


 そこから出撃したと思われる竜の群れもおり、その一頭の背には蒼翼竜族の姫クエレがまたがっている。「みんなをたすけよう、聖竜さま!」という声が聞こえてくるようだ。


 そして更には、明らかに怪しい仮面の男が、建物の屋上から広場を見下ろしており。


 それらに連動して、八人の罪人が解き放たれてしまった。


 八人を解放したのは、俺の手によるものだ。


 仲間の一人が持つ『対象を透明にする』という異能スキルを俺に掛けてもらい、八人に近づいたのだ。


 そして『盗賊の鍵』という魔法具で首枷を外した。

 これは『希少度A相当までの錠ならば外すことができる』というアイテムで、どこかへ侵入する際に役立つ他、今回のような使い方もできる。


「助けるのが遅れたな。顔、大丈夫か?」


 聖騎士に剣の鞘で殴られていた蒼翼竜族の男に、透明状態のまま声を掛ける。


「……族長! 来てくれるって信じてましたよ!」


 男はクエレの弟だ。起き上がると、見上げるほどの体躯がより目立つ。


 真面目な男だが同時に熱血漢でもあり、今回のようにミスをしてしまうこともしばしば。


 だが、その行動が結果的に良い方向に働くこともあるので、中々難しい。


「お前でもそうしただろ?」


「……ッ! もちろんですッ!」


 八人の蒼翼竜族は、拘束から逃れた瞬間、周囲の聖騎士に殴りかかった。


 剣を抜く暇も異能スキルを発動する余裕もない状態ならば、前世持ちとはいえちょっと頑丈な人間程度。


 蒼翼竜族の巨躯から放たれる暴力を受ければ、ただでは済まない。


 そんな中、唯一迅速に行動している聖騎士がいた。

 この部隊の長、シュラッドだ。


 奴は大地を蹴ると、まるで羽でもついてるかのように高く舞い上がり、仮面の男の立っている建造物屋上へと着地した。


 ――大した身体能力だな……。


 人間の跳躍力では考えられないが、やつは前世持ちで、しかも【英雄】ときている。


 あぁいうのを見ると、【蒐集家】の俺が武闘派の貴族家を追放されたのも頷ける。

 戦闘能力で計った場合、俺は弱すぎるのだ。


 まぁ、戦闘能力で結果は決まらない。


「貴様が楽園の首魁だな! 『正体を認識できなくなる』魔法具を所持していることは既に分かっている!」


 確かに、建物の屋上にいる男は『半透明化の仮面』を着用している。


 更に言うなら、俺が騎士団と衝突する時は、万が一にも正体がバレないようにいつもそれを着用していた。もちろん、今回もだ、、、、


 だから、仲間を先導するように出現した者がいて、魔法具を使用していると分かれば、敵はそれを『楽園の首魁』だと判断すると予想していた。


 実際そうなった。


「たかだか八人の構成員が捕らわれた程度で、集団の長がノコノコ出てくるとは。組織というものを理解していないらしいな!」


 下っ端一人がミスを犯したとして、その尻拭いに毎回ボスが直接出てくるのはアホだと、そう言いたいのだろう。

 言わんとしていることは分かるが、俺達は一般的な組織とは違う。


「シュラッド様! ご指示を!」


 統率の乱れた聖騎士部隊の一人が、シュラッドに指示を乞う。


「ええい愚か者共が! 要塞の出現も竜種の群れも陽動だ! 実際に運用するとなれば民間人への被害は免れぬ! 義賊気取りがそのようなことをするものか! 地上で動く怪しい者を探せ!」


 おや、意外といっては失礼かもしれないが、冷静さを取り戻すのが早い。


 他の騎士はまだ慌てていたり、蒼翼竜族に殴れられて意識を失ったりしているので、シュラッドが特別優秀なのだろう。


 そして彼は仮面の男に斬りかかる。

 仮面の男も剣を抜いた。


 その頃には、俺達は近くの路地に入り、適当な建物の裏口にて『帰郷の鍵』を使用。


 扉を開ければあら不思議、我らが本拠地に繋がっている。


「このまま戦いましょう! 族長!」「結局奴隷になった同胞が助けられていません!」「聖竜様がたが戦っているのに、我らだけ逃げ帰るなど出来ません!」


 と、口々に叫ぶ蒼翼竜族たち。


 俺はまだ透明状態なので、傍からは誰もいない場所に向かって叫んでいる八人に見えることだろう。


「やかましい。言いたくないが族長命令だ。俺を信じて従え」


 俺はそもそもこいつらの族長になった覚えはないのだが、こう言うと従うのだ。


「族長がそう言うなら!」「族長が信じろって言うなら、全部上手くいくんだな」「族長これまで失敗したことないもんな」


 俺は超人か何かか?


 全幅の信頼を置かれるのは、ありがたいと同時にくすぐったい。


 八人が入るのを確認し、俺は鍵を外す。

 このまま俺も扉に入って閉めれば、扉と拠点の繋がりは断たれる。


「クソ! あの竜もどき共どこへ行った!?」


 八人を捜す騎士の声を聞きながら、俺は扉をくぐる。

 最後に、視界の端で仮面の男の首が刎ねられるのが見えた。


「楽園の首魁、討ち取ったり!」


 勝利を宣言し、剣を掲げるシュラッド。


 だがすぐに、それが早とちりだったと気づくだろう。

 俺はここにいるのだから、仮面の男が俺なわけがない。


「なんだ……!? 死体が消え――クソッ! 『不死の傭兵』か!!」


 やつの悔しそうな声を最後に、扉を閉める。


 ◇


 扉をくぐると、白銀狼族のマーナルムが待っていた。


 その顔はとても心配げだ。

 今回、彼女には他の仕事を任せていたのだが、俺との別行動がよっぽど不安だったようだ。


「ご無事ですか、あるじ殿!」


 『半透明化の仮面』を外し、実はずっと近くにいた仲間に『透明化』も解除してもらう。


 その仲間の方は、自分自身に掛けている『透明化』を解除するつもりがないようだ。

 おかげで、そいつがどんな見た目をしているか知っている者は仲間内でも数人しかいない。


 まぁ用がある時は力を貸してくれるので、姿が見えないくらいは気にしなくていいだろう。


「あぁ、すぐにクエレと竜たちを呼び戻すよう言ってくれ。それと、城塞も移動する」


「ハッ」


 マーナルムが俺の指示を実行すべく駆け出していく。

 八人を見ると、全員が片膝をついて頭を下げていた。


「族長、今回は申し訳ない!」


「次からは、せめて他の仲間に報告を入れてから動くように」


 俺は全員の額をこつんと叩いて、それを罰とする。


「だが、お前らが同胞を助けようとした気持ちは正しい。だから引き継いだ」


 ちょうど、玄関ホールにその人物がやってきた。


 一人は、元々八人と共に行動し、聖騎士団がメッセンジャーとして見逃した蒼翼竜族。

 もう一人は、彼らが救出しようとしていた蒼翼竜族の奴隷だ。


 八人を救出する裏で、マーナルムや他の仲間達に動いてもらっていたのだ。


「うぉお! さすが族長!」「族長最高!」「族長最強!」


 飛び跳ねるように喜びを表現する男達。


「恥ずかしいからやめろ」


「しかし結局、今回の作戦はどういうものだったんですか? 色々起こってましたが、よく分からなかったもので」


 クエレの弟が言う。


「あー、そうだな。まず俺達はハーティに幾つかの未来を視てもらったんだが――」


 と、俺は説明を始めた。


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