第31話◇聖騎士の隊長




 処刑当日。


 仲間達が捕らえられた街の広場には、大勢の人が集まっていた。


 希少種族、聖騎士団、あるいは処刑というイベント、何かしらを目当てに沢山の人間が押し寄せている。


 俺は『半透明化の仮面』を着用して、観衆に紛れ込んでいた。


 斬首に処す予定らしく、蒼翼竜族達は首枷をされて跪かされている。

 彼らに破壊できない首枷となると、よっぽど頑丈な素材なのか。


 真贋審美眼で視ると『脱力の首枷』と出た。

 文字通り、装着されると力が入らなくなるらしい。


 人数分用意出来るとは、聖騎士団の魔法具蒐集能力も中々だ。


 捕らえられているのは仲間八人。

 あいつらが救出した奴隷は、持ち主である貴族に返却されたという。


 広場には、数十人の聖騎士達がいた。

 観衆が近づき過ぎないように注意する者、周辺を警戒する者、捕虜を見張る者などなど。


 ――街中で迎え撃つパターン、か。


 聖騎士団にも色々な作戦案があったらしく、複数の未来には街の外、騎士団の保有する施設の敷地内などで待ち受けるものがあった。


 中でもこの未来は、俺達にとってはやり辛いパターンだ。


 楽園という組織が豊富な人材を抱えていることは、聖騎士団側も承知の上。


 純粋に戦闘行為だけで決着をつけようとすれば、向こうも被害は免れない。

 そこで無実の市民というわけである。


 聖騎士団は、あくまで不法侵入と奴隷泥棒その他諸々やつらが好きにくっつけた罪で、罪人を処刑するだけ。


 楽園がそこに割り込み、戦闘に発展し、万が一にも無実の民に被害が及んだら……。


 こちらを悪者として喧伝できる。

 その場合は実際に傷ついた民もいるので、信ぴょう性も抜群だ。


 そもそも、俺達だって無関係な人間を傷つけたくはないので、戦い方が制限される。


 ただ、向こうはいざとなったら躊躇いなく前世の異能スキルを使用するだろう。

 俺の兄達や父のように、戦闘系の前世持ちは凄まじい異能スキルを持っている。


「この者達は罪人である! オジュロー卿の邸宅に忍び込み、金品や奴隷を強奪! 人外の腕力で警備や使用人などに傷を負わせ、平然と逃亡! 被害者にはいまだ目を覚まさぬ者もいる!」


 金髪の美男子が叫んでいる。

 この処刑を仕切る、聖騎士団の部隊長だ。


 世の中には爽やかな美男子と嫌味な美男子がいるが、奴は後者。


「嘘をつけ! オレ達は誰も傷つけちゃ――」


「黙れ!」


 蒼翼竜族の一人が口を開いたが、それを遮るように金髪男が剣の鞘で殴りつけた。


 ――…………。


「みなも楽園を自称する集団については聞いたことがあるだろう! この者達もその構成員だ! 奴らは、奴隷を解放しているという! ダンジョンを攻略しているという! 盗品を回収しているという! 弱きを助けるという! だが、結局は盗賊団と同じだ!」


 俺からすれば退屈な演説だが、聞き入っている者もちらほらといる。

 美男子で立派な鎧と剣を持ち、貴族の血を引いた騎士様となれば、惹かれてしまう者がいるのも無理はない。


「奴隷を解放したいのであれば、持ち主から購入した上で解放すればいい! だが奴らは盗んでいる! ダンジョン攻略には領主の許可が必要だ! だが奴らは忍び込んだ上で宝を盗んでいる! また、当然だが盗人からならば盗んで良いという理屈は成り立たない! そして、奴らは助ける者を、確実に――選別している! 自分達に利する者を生かし、役に立たない者にはどこまでも冷徹に接するだろう!」


 大層な演説だ。言葉自体は間違っていないから面白い。


 俺達は奴隷を盗んで回っているわけではない。

 金で買えるならそれが一番。そのようにして解放した者達も沢山いる。


 だが、希少種族に執着し、違法な手段を用いてでも捕獲する者からは、強引な手段で救出することがあるというだけ。


 ダンジョンでは魔獣が生まれ、それらは放っておくと外に出て人間を襲い始める。

 だが、ダンジョンの宝を冒険者達に持ち出されることを嫌がって、自分の手勢だけでなんとかしようとする貴族は珍しくない。


 それが失敗した時、被害を被るのは周辺に生きる人々だ。

 というわけで、俺達は魔獣を一掃し、ついでに宝を頂く。


 宝を残したままでは、貴族が全て回収し終えるまでにまた魔獣が生まれ、だが冒険者は頼らず――と同じことが起きてしまうからだ。

 まぁ、手間賃代わりと言ってもいい。


 助ける者の選別に関しては、誰でもやっていることだ。


 友人と見知らぬ他人が同程度困っていたとして、友人ならば助けるが他人はちょっと……と思うことは誰にでもあるだろう。

 それを組織規模でやっているだけ。


 そうでなくとも、世界中の困っている人全てを救うことなど出来はしないのだ。

 どこかで線引きをしなければならない。


 この聖騎士はそれらを全て理解しながら、自分達に都合のいい情報だけ切り取って発表している。


「この私、聖騎士シュラッドは楽園を自称する賊共を決して許さない! この者達を処刑すれば、我々は奴らの恨みを買うだろう! だが我々は恐れず奴らを迎え撃つ! 理を歪める者達に罰を下すのだ! 正しき世界を守る為!」


 他の聖騎士達が、呼応するように雄叫びを上げる。それらに当てられるようにして、民衆からも幾らか声が上がった。


「……正しき世界、ね」


 微塵も興味がそそられない。

 奴を視る。


 ――『シュラッド』。

 ――人間。

 ――【英雄】の前世を持ち、『身体能力強化』『剣技強化』『対亜人攻撃強化』『対魔獣攻撃強化』『光熱属性魔法習得』など複数の異能スキルを持つ。

 ――特記事項・伝承再演ミステリオン修得者。

 ――希少度・『S』


「……ん」


 どうにもいけ好かない男だが、気になる点もある。

 以前視た時はなかった情報が追加されていた。


 伝承再演ミステリオン

 これは前世持ちだけが修得出来る、より上位の異能スキルだ。


 修得は容易ではなく、前世持ちの中でも極限られたものしか扱えない。

 生涯修得出来ない者の方がよっぽど多いくらいだ。


 理由もなく威張っているわけでない、ということか。


 だがまぁ、こちらのやることは変わらない。


 ――そろそろだな。


 次の瞬間、広場に影が差した。


 空中移動要塞が、上空に出現したからだ。


「――来たか!」


 叫ぶシュラッド。その声は嬉しそうでさえある。


 だが、その余裕は直後に消えることになる。


「しゅ、シュラッド様!」


 聖騎士の一人が叫ぶ。


 起こったことを列挙しよう。


 空中移動要塞が出現した。


 空にドラゴンの群れが飛んでいた。


 ここから少し離れたところにある聖騎士団の拠点が、爆発した。


 近くの建物の屋上に、仮面を被った正体不明の男が出現した。


 そして、捕らえていた筈の蒼翼竜族八人が――自由の身になっていた。


 それらがほぼ同時に起きた。

 

 頭の回転がどれだけ早くとも、ここまでの混乱に一瞬で対応することは出来ない。


 これらが同時に起こった時の対策なんてものは、用意されていないからだ。


 お強く気高い聖騎士様達の全力に付き合ってやることはない。


「くっ、な、なんだ……!? 何が起こっている!?」


 どう動くのが最善かも判断できない情報量に、聖騎士達が戸惑っているのが見て取れた。


 そして俺は――。



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