第30話◇未来視の少女
ハーティの部屋にはすぐに到着した。
ちなみに、彼女の部屋はマーナルムの部屋でもある。姉妹二人で同じ部屋が良いとのことで、そうなっている。
一度離れ離れになったこともあり、一緒にいられる時間を大切に思うようになったのかもしれない。
俺達が部屋の前に立つのと、扉が開かれるのは同時だった。
まるで、いつ扉が開かれるか分かっていたかのような対応だった。
「お待ちしておりました。ロウお
悪戯っぽく微笑むのは、五年前のマーナルムにたっぷりの愛嬌を足し、そこに清楚感を一匙加えたような少女だ。
マーナルムを凛々しい美女とすれば、ハーティは愛らしい美少女だろうか。
姉妹共に美しい白銀の髪をしており、また狼耳と尻尾も備えている。
「わわっ、ハーちゃんタイミングばっちり! なんで分かったの!?」
こちらの来訪を察したようなタイミングに、クエレが驚く。
「皆さんが来られるという未来を視たのです」
「あ、そっかー! さっすがハーちゃん!」
「ふふふ、クエレ様は毎回驚いてくださるので、こちらとしても未来視した甲斐があります」
「……ハーティ、能力を悪戯に使うなと言っただろう」
姉からの注意に、ハーティがしおらしく目を伏せる。
「ごめんなさい、お姉さま。でも違うんですよ? ロウお義兄さまとお姉さまが心配で能力を使っただけなんです。そうしたら、この未来が見えたので」
「ついでに悪戯した、と。まったくお前は」
呆れるような姉の声に、ちろりと舌を出すハーティ。
「ハーティが悪戯する余裕があるってことは、良い未来が見えているんだな」
たとえば、俺達が聖騎士団に惨敗するなんて未来が見えたら、彼女も悪戯しようとは思わなかっただろう。
彼女には複数の可能性が見えるので、どちらかというと実現可能性の高い未来は安全、と言ったほうが正確かもしれない。
絶対に勝てる未来、というのは中々ないそうだ。
「はい、ロウお義兄さま」
俺の言葉に、ハーティはニッコリと微笑んで頷いた。
ハーティは、姉と自分を助けた俺のことを、兄のように慕ってくれている。
『おにいさま』という響きで思い出すのは、妹のリュシーだ。
当時七歳だったリュシーも、今年で十二歳になる。
彼女は、【蒐集家】に目覚めた義理の兄がいたことを覚えているだろうか。いや、さすがに記憶はしているだろうが、思い出すことはあるのだろうか。
さすがに今も俺の帰りを待っていることはないだろうが、どこかで再会の機会を得られれば……と思う。
だが今は、蒼翼竜族の者達の救出について考えねば。
「座ってお話しましょう? どうぞこちらへ」
扉の悪戯だけでなく、お茶も用意していたようだ。
テーブルには焼き菓子も並んでいる。
俺達は円卓を囲むように席についた。
クエレは幸せそうな顔で焼き菓子を頬張り、「ん~~っ」と身体を震わせている。
その瞬間瞬間の感情を全力で表現できるのは、彼女の魅力だなと思う。
一族の者が敵に捕らえられれば普通、ピリピリしそうなものだが。
重く受け止めれば偉いとか、良い結果が得られるとか、そういうわけでもないのだ。
助ける意志さえ盤石ならば、彼女のような自由な振る舞いをしても問題はないだろう。
真似は出来ないなぁ、と思うけれども。
「おいしいよ、ハーちゃん!」
「まぁ、それはよかったです。ですがクエレ様、喉に詰まらせないよう気をつけてくださいね? 実現可能性が――」
「んむっ!?」
喉に詰まらせてしまったようだ。
クエレは慌ててティーカップを一気に呷る。
だがそれでも足りなかったのか、両隣である俺とマーナルムのカップのお茶も飲み干した。
そしてようやく一息。
「ふぅ~。ハーちゃん、早く言ってよー」
「ごめんなさい。想定した未来よりも展開が早かったものですから」
「……いや、ハーティ。この愚か者が焼き菓子を喉に詰まらせる未来が見えていたなら、用意しなければよかったのではないか?」
マーナルムは空になった俺のカップを見て、クエレをじろりと睨んでいる。
「用意しなかった未来では、寂しそうな顔をされていたので。最終的に無事ならば、幸せそうな方がよいかと」
ハーティは、未来が視える故の、独特な思考をしている。
「むむ? どゆこと?」
首を傾げるクエレ。
俺は説明してやることにした。
「クエレは、お菓子があるのとないの、どっちが嬉しい?」
「ある方!」
「一度に沢山食べて喉に詰まっても?」
「うん! 美味しい方がいい! でも苦しいのも嫌だから、次から気をつけるよ!」
「そうだな、つまりそういうことだ」
「なるほどー?」
クエレはよく分かっていなさそうだ。
俺とクエレの会話を聞いていたハーティが、柔らかく微笑む。
頭痛を堪えるように額を押さえていたマーナルムが、話題を変えるように口を開く。
「――ハーティ、そろそろ本題に」
「はい、お姉さま」
俺は、彼女を真贋審美眼で視た時のことを思い出していた。
――『ハーティ』
――かつて、聖獣と結ばれた者の子孫。
――血は薄まっており、容貌は人間のそれに近づいてはいるが、優れた聴覚、嗅覚、俊敏性、耐久力、膂力などを誇る。
――『複数の未来を見る』
――未来視発動の時間に応じて、精神を消耗する。
――希少度『S』
この精神の消耗は、主に疲労感や眠気といった形で現れ、休養によって回復するものだと判明している。
そして消耗度は、どれだけの未来を視たかではなく、どれだけの間未来を視たかで決まる。
たとえば、ある人間の一ヶ月分の未来を視たとする。
実際は複数の可能性が視えるわけだが、ここでは仮に一つの可能性だけに絞ってみる。
一ヶ月分の未来を把握するには、見る側も一ヶ月掛かりそうなものだ。
では、一ヶ月未来を視っぱなしで、精神力をかなり削られてしまうのか?
違う。
前世を体験する時もそうだったが、他人の人生を把握するというのは本を読むようなもの。
一ヶ月分の体験記があったとして、それを読む速度は読み手次第でいくらでも変わる。
ハーティは幼い頃からこの能力が使えたので、今ではかなり効率よく未来を読むことが出来る。
一時間掛けて、数週間先までの未来を把握する、とか。
その場合、精神の消耗は『実際に未来視を発動していた一時間分』で済むわけだ。
とはいえ、今では楽園のメンバーも多くなり、活動の幅も広がった。
俺と数人の仲間が一箇所ずつ回る、なんて組織ではなくなったのだ。
ハーティの能力は有用だが、乱発はさせられない。
今回の件とは違うが、ありとあらゆる問題を回避、というわけにはいかない。
理屈の上では、ハーティが日頃から仲間全員の未来を視ていれば今回の事件も防げた、ということになるが、それは現実的ではないわけだ。
そんなことをしたら、彼女は起き上がることも出来ないくらいに疲弊してしまうだろう。
「ほとんどの未来で、蒼翼竜族の皆さんを無事救出することが叶います」
さすがのクエレも、仲間にかかわる話題ということで真剣な表情になっている。
「ですが、と続きそうだな」
「はい、お義兄さま。今回、楽園の同胞を捕らえたのは――例の騎士が率いる部隊です」
場の空気が引き締まる。
クエレはよく分かっていないようで首をかしげた。
「……なるほどな」
例の騎士というのは、マーナルムとハーティの故郷を襲撃し、姉妹を引き裂き、白銀狼族を奴隷として売り飛ばした聖騎士団の部隊、その長だ。
その騎士は立派な【前世】のおかげで大層強く、聖騎士団内でどんどん立場を強め、色んなところに出現しては俺達の邪魔をする。
向こうからすれば逆か。
とにかく、互いに互いを疎ましく思っているわけだ。
「ではハーティ。良い未来と悪い未来について、詳しく教えてくれ」
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