第26話◇有能メイド長シュノン
モルテを救出してから一週間が経過した。
その間に、盗賊団と繋がりのあった商人への対処や、盗賊団が溜め込んでいた宝の鑑定と整理などを行い、拠点である空中移動要塞『トイグリマーラ』も既に街を離れている。
盗賊団とそいつらに武器を流す悪徳商人は一層された。
奴らが盗んだものの内、元の所有者が明確なもの――送り主や受け取り手の名前が刻まれた指輪など――に関しては、仲間の手を借りて当人や遺族の許に届けた。
『誰が持っているべきか』が分かりきっているものがある。
そういう品は、希少度にかかわらず、自分のものにしようとは思わない。
あるべきところに返すのみだ。
そうでない品に関しては、まぁ俺の蒐集品に加えることになる。
今回も、少量の魔力さえあればずっと使える『インク要らずの羽ペン』、枕の下に入れて眠ると望んだ夢を見られるという『夢見のお守り』、苦手意識や心の傷などを軽減する『克服のブローチ』、一度食べたことのある料理であれば完璧に再現出来るようになる『レシピを暴くコック帽』などが発見出来た。
どれも有用だが、考えてみると盗賊が楽に捌けるような品ではない。
宝石類であれば奴らにも相場が把握しやすいし、商人に流すなり金に替えることが出来るが、魔法具となるとそうはいかない。
元々が希少な品ということもあり、市場に流れれば盗品と判明しそこから足がつくかもしれないので、商人の側が扱うのを躊躇ったのだろう。
まぁ、奴らの事情などどうでもいい。
『インク要らずの羽ペン』は分身を生み出す執事に、『レシピを暴くコック帽』は厨房の料理人達に渡した。
一度自分で試した後は、それを上手く使えるだろう仲間に渡すことも多い。
使い方を誤ると危険な品に関しては、もちろん扱いも慎重になるが。
そういう品々は、金庫とは別に設けられた宝物庫にしまってある。
今回の件の顛末はそんなところだが、それで「はい解決」とはいかない。
『己の肉体から、別の物質を生み出す』
「おはようございます、ロウ様」
目が覚めると、シュノンが隣で寝ていた。
身体を横向きにし、俺を見つめている。
彼女の栗色の髪は編まれた状態でベッドに垂れ、その大きな胸は重力に従ってたゆんと重なっている。
彼女の体温と、柔らかく微かに甘い匂いを感じる。
「……おはよう、シュノン」
「昨日は激しかったですね」
シュノンがポッと頬を染めながら、そんなことを言う。
「おかしいな、俺の記憶にはないんだが」
それもその筈、昨日はシュノンと寝ていない。
「すみません、夢の話でした」
「『夢見のお守り』でそんな夢を見てたのか」
実は、シュノンが貸してほしいと言うから貸していたのだ。
「冗談です。夢で見なくても、現実で叶えられるので」
五年前よりも、大人向けの冗談が増えた気がする。
「コメントは控えさせてもらおう」
きっと寝室の扉の外で、白銀狼族の従者が耳をそばだてているだろうから。
シュノンがベッドから降りるのに合わせて、俺も上体を起こす。
「それで? なんで朝からベッドに忍び込んできたんだ?」
「定期的にロウ様の寝顔を摂取しないと死んでしまう病に罹っているからですね」
シュノンは平然と言った。
「そうか。お前の寿命を延ばせてなによりだよ」
俺がベッドから降りると、シュノンが手早く着替えを手伝ってくれる。
「メイド思いのご主人さまに仕えられて幸せです」
三年間とはいえ貴族の生活を送っていたので、一般人なら自分でやるようなことを他の者に手伝ってもらう、ということに関してそこまでの抵抗はない。
外食すれば、材料の調達やら調理やら片付けやらの手間が省ける、というのと基本的には同じだ。
着替えでは、自分で服を選んだり手を動かしたり屈んだりしなくていい、というわけである。
「俺の方こそ、お前がメイド達をまとめてくれてるから、色々と楽できて助かってるよ」
「ふっふっふ、もっと褒めてください。無限に褒められたいです」
シュノンは基本的に反応が素直なので、見ていて楽しい。
「それで、有能メイド長のシュノン」
「なんですか? 楽園のボス」
俺は「ボスはやめろ」と苦笑してから、本題に入る。
「モルテの様子は、あれからどうだ?」
モルテの世話は、シュノンを中心に女性陣に任せることにした。
盗賊たちが男所帯だったからか、同じ男性に対しては恐怖心があるようなのだ。
ちなみに、シュノンに対しては彼女の能力も伝えてある。
「だいぶよくなりましたよ。ロウ様が下さった『克服のブローチ』の効果はバツグンでした」
モルテは当初、食べ物を見ただけで吐いてしまったのだという。
食事イコール金貨を生まされる、という意識が彼女の中に巣食っているからだろう。
救出されたと思いきや、結局同じことをやらされるのではないか、と恐ろしくなってしまったのだ。
その話を聞いて俺が出した指示は二つ。
一つは今シュノンが言ったように『克服のブローチ』を着用させること。
食事をちゃんと摂らないことには、健康体に戻ることは出来ない。
魔法具の力を借りてでも、食事への苦手意識を軽減してやる必要があると考えたのだ。
心の傷が完全に癒えるわけではないから、魔法具の効果はあくまで補助的なものだが。
「金庫の方はどうだった」
シュノンは俺の服のボタンを留めながら、何かを思い出すように微笑んだ。
「ふふふ、もしかすると、あちらの方が効果アリだったかもしれません」
俺は、うちの金庫をモルテに見せてやるよう言ったのだ。
広い金庫室には、山のような金銀財宝が収められている。
五年前に入手した『倍々の壺』は今も現役で、金貨や宝石類を一日ごとに倍にしてくれている。
それ以外にも、悪人や敵対者から巻き上げ――ではなく、回収した金品もある。
金というのは、分かりやすい道具だ。
何かと使いみちがあるので、希少度はつかないが集めている。
誰にとっても金は価値があるもので、だからこそどこへ行っても自分の能力は利用される、とモルテは考えているのだろう。
そんな金が文字通り山のように積まれているのを、彼女が目撃すればどうか。
『この人達には、自分にちまちま金貨を生ませる必要はない』と視覚的に理解できないだろうか。
完全に不安を払拭することは出来ないかもしれないが、無理に力を使わせるつもりはないという言葉への説得力はいくらか増す筈だ。
「モルテちゃんってば、すっごく驚いてました。あれ以来、少しずつですが進んでご飯を食べてくれるようになって。昨日はなんと、スイーツを食べて笑顔になってくれたのです! やはり甘いものは正義……」
「それはよかった」
と、そこで俺の着替えが終了し、シュノンが一歩離れる。
それから俺をじっくりと観察。
頭のてっぺんから爪先までを確認し、満足げに頷く。
それから彼女は口を開いた。
「あの子、マーナルムちゃんとはもう何回か話をしてるんですけど、ロウ様にも会いたいようです」
マーナルムからも、モルテの話は聞いていた。
初対面では驚きや不安があって言えなかったが、助けてくれてありがとうと感謝をされたそうだ。
まだ男は苦手な筈だが、俺にも礼を言おうとしているのかもしれない。
律儀な子だ。
「あぁ、じゃあ会いに行こう」
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