第25話◇もふもふ湯殿




 盗賊の頭領のお仕置きをしたあと。


 俺は盗品の保管庫として使われている部屋を見つけた。


 取り敢えず、収納力がほぼ無限の――『収納上手な革袋』に入れておく。

 たっぷりと品定めしたいところだが、マーナルムを待たせることになる。


 今日の彼女は頑張ってくれたので、そろそろ拠点に戻って休ませてやりたい。


「私のことはお気になさらず」


「優先度の問題だ、いいから帰るぞ」


「……! は、はいっ」


 マーナルムが嬉しそうに返事した。


 保管庫の扉にも鍵穴はあったので、そこで『帰郷の鍵』を使用し、拠点に戻る。


 空中移動要塞内に建てられた、俺の屋敷だ。


 『帰郷の扉』は玄関に設置しているので、俺達はさっきと同様に玄関ホールに出る。


 すると、ずらりと並んだメイド達に迎えられた。

 シュノンの指示で待っていたのだろうか。


「おかえりなさいませ、旦那様、マーナルム様」


 みんなが綺麗に一礼する。


 普通の人間も犬耳や猫耳の亜人も、特殊な魔法が使える魔女もいる。


 彼女たちの多くは元奴隷だ。


 解放したあと、行き場のない者達は此処に連れ帰り、希望者は屋敷のメイドとして雇うことに。


 元伯爵家メイドのシュノンによる教育もあり、彼女たちの所作は洗練されている。


「あぁ、ただいま」


 広い屋敷に沢山のメイドと執事……とこれだけ聞くと貴族のような生活だが、かつてのような窮屈さは感じない。


 なんだかんだと好き勝手に生きられているからだろう。


「旦那様、既に湯殿の準備が整っております」


 ネコ耳のメイドが言う。


 モルテの様子も気になるが、今はシュノンが見てくれている。

 訪ねるのは、一度身綺麗にしてからでも遅くはないだろう。


「ん? そうか。じゃあマーナルムから使ってくれ。俺は聖剣の手入れがあるから――」


 マーナルムが、俺の肩をガシッと掴んだ。


あるじ殿。先程、お背中お流しさせていただく許可を頂いた筈ですが……?」


 彼女はニッコリ微笑んでいるが、機嫌がいいわけではない。


 主人だから直接言わないだけで、少し怒っている。

 俺は観念することにした。


「それが労いになるとは思えないが……まぁ、お前がいいなら頼むよ」


 マーナルムは満足げに微笑む。今度は機嫌がよさそうだ。


「不肖マーナルム、あるじ殿のお背中をお流しする大役、必ずや勤め上げてみせます」


 これが初めてではないというのに、凄まじい気合いの入れようだ。


「聖剣は、わたしが手入れしておきましょう」


 スッと現れたのは、銀髪の執事だ。


 この壮年の男は歴戦の傭兵として名を知られており、異名が『不死』だった。


 戦場でどんな傷を負っても、翌日には何事もなかったように戦っていたのだという。


 その正体は『分身を作り出す』異能スキルの持ち主。


 己の分身に戦わせ、天幕に戻るなど一人になったタイミングで解除。

 再び分身を生成。そいつに戦わせる、ということを繰り返していたのだという。


 デメリットは、分身の受けたダメージは、本体の痛覚を刺激する、というもの。

 分身が死ぬほどの怪我を負ったら、本体は怪我こそしないが死ぬほど苦しむ。


 異能スキルが聖騎士団にバレて追われているところを助け、色々あって今は屋敷の執事をやっている。


 分身能力を生かして、一人で数人分の仕事をこなす有能執事だ。


「あぁ、じゃあ頼む」


 『始まりの聖剣』を鞘ごと外して、執事に預ける。


 兄に貰ったこの聖剣は、希少な品ということを除いても俺の宝物。

 それを預けるだけの信を、俺は目の前の男に置いていた。


「どうぞ、ごゆるりとお楽しみを」


 慇懃に礼をしてから、丁寧に聖剣を受け取る執事。

 そのまま風呂場に向かおうとした俺とマーナルムだったが――。


「旦那様、お待ちください……!」


 数人のメイドに呼び止められる。

 その表情には強い意志が宿っている。


「どうか、我々にもお供させてください……!」


「メイド長が新人さんに夢中になっている今が好機!」「普段はメイド長のお怒りが怖くて無茶出来ないけど、今日ならば!」「マーナルム様ほどではありませんが、我々もモフモフです!」「私達だって旦那様のお背中お流ししたいです!!」


 と口々に声を上げるメイド達。


 この屋敷のメイドになった者達は、解放した元奴隷の中でも特に、俺に感謝している者達。


 奴隷生活から一転、衣食住に困らぬ安全な環境を与えられれば、そこのあるじに感謝する心情は理解できるのだが……。


 いや、と俺は首を横に振る。


 彼女たちが感じている恩義なり、あるいは好感を、俺が勝手に判断するのはよくないだろう。


「無理はしなくていいが、そうでないなら好きにしてくれ」


 そう答えると、メイド達の表情がぱぁっと輝いた。

 嬉しそうに拳を握ったり、両手を天に突き上げて喜んでいる者もいる。


「あ、でも今日の功労者はマーナルムだから、マーナルムが嫌なら……」


 ちらりとマーナルムに視線を向けると、彼女は肩を竦めていた。


「ここで拒否しては、私が悪者になってしまいます。それに、彼女たちの忠誠心は見上げたものです。同じあるじを持つ者として、喜ばしく思います」


 というわけで、何人かのメイドが同行することに。


 全員ではなく、今日はケモ耳を持つ者達が同行権? 的なものを勝ち取ったようだ。


 この屋敷は貴族の本宅並にデカイので、風呂場もとにかく広い。


 前世クロウの記憶だと、ニホンなる国では謎の板に触れただけで自動で浴槽に湯が溜まる仕組みがあったようだが、この世界だと浴槽に湯を溜めるというのは通常、重労働だ。


 火を焚き、水を汲み、湯を沸かし、浴槽まで運び、入れる。

 これを繰り返す。浴槽が広ければ広いほど、繰り返しの数は増えていく。


 湯の温度も適宜水を入れるなどして調整する必要があり、望んだ熱さの湯が自在に出てくるということはない。

 のだが、俺の屋敷では事情が違う。


 水魔法と火魔法を得意とする者が何人もいるのだ。

 彼ら彼女らのおかげで、面倒な手順抜きで広い風呂を楽しむことが出来るのだった。


 脱衣所で服を脱ぐ……というかメイド達に脱がされる。


 森での行動や盗賊との戦闘で汚れてしまったが、風呂から出て来る頃には回収され、代わりに着替えが用意されていることだろう。


 背中越しに、メイド達のきゃいきゃいした声が聞こえてくる。

 俺は腰にタオルを巻き、風呂場へ足を踏み入れた。


あるじ殿、どうぞこちらへ」


 タオルを胸に巻いたマーナルムが、頬を赤くしながら平常心を装って声を掛けてきた。


 その白銀の髪は、血に汚れていてなお美しく。

 その健康的な肌は非常にきめ細やかで。

 その豊満な胸部は、タオルの生地を暴力的なまでに押し上げていた。


 俺は一つ頷き、彼女に案内されるままに浴槽近くの椅子に腰を下ろす。


 入浴前に、桶で風呂から湯を汲み、身体を洗うのだ。


「で、では失礼いたしまして……」


 マーナルムが湯を背中に掛けてくれる。

 心地よい熱を感じると共に、掻いた汗が流れていくようで気分もよくなってくる。


「マーナルム様! つ、次はわたし達にも……!」


 俺が振り返ると、そこにはネコ耳、イヌ耳、ウサギ耳、キツネ耳、クマ耳と種族様々な亜人のメイド達が、タオルを一枚巻いただけの姿で近づいてきていた。


 そうして、俺はマーナルム&モフモフなメイド達と、風呂を楽しんだのだった。


 後日、メイド達はシュノンに「わたしの目を盗んでロウ様とお風呂タイムとはいい度胸ですね……」とお叱りを受けたようだ。


 シュノンは俺の方にも来て「全員詳細を語らないのですが……ロウ様一体何を?」と頬を膨らませながら訊いてきたが、彼女達が口を噤んだならば俺が明かすわけにはいかない。


 心苦しいが、秘密は守った。


 モルテの面倒を見てくれたシュノンには、別の形で報いるとしよう。



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