第二章◇万物を生む乙女
第20話◇順調な蒐集家生活
シュノン、リアン、マーナルムと旅の仲間が増えた俺達は、白銀狼族の救出に向けて出発。
――それから、
「兄ちゃん、見ない顔だな」
酒場のカウンターで人を待っていると、赤ら顔の中年男性に声を掛けられた。
俺は木樽ジョッキの中のミルクを一口飲んでから、答える。
「旅をしていてな」
とっくに成人しているので酒でも良いのだが、生憎とこのあとに用事があるので控えていた。
「へぇ~。この街はなぁんもないだろ」
「そうでもないさ。来る途中、花畑を見た。綺麗だったよ」
色鮮やかな花々が一面に広がるさまは圧巻だった。
「そうかそうか」
酔っぱらいは気をよくしたらしく、俺の隣にドカッと腰を下ろした。
……まぁ今は暇だからいいんだが。
「そういや最近、この街で噂になってることがあるんだが、兄ちゃん知ってるか?」
「いいや、ここには昨日来たばかりでね。教えてくれるか?」
男は何故か、小声で囁くように話し出す。
「あれを見たって奴が沢山いるのよ。ほら、最近話題のあれだよ。空中移動要塞」
「……あぁ、聞いたことあるよ。この街でも話題になってるのか?」
「そりゃあもちろんさ! 国中の話題なんじゃねぇの?」
今、このあたりの国々を騒がせている集団がいた。
そいつらが最初に起こしたとされる事件が、『奴隷となった白銀狼族の群れを盗んだ』というもの。
その後、そいつらは各地で希少種族の奴隷を解放し始めた。
貴族や商人が保有する特殊な魔法具を盗むこともあったという。
一夜でダンジョンを攻略して、宝をごっそり回収していったこともあったそうだ。
様々な者達が彼らを捕まえようと躍起になったが、いまだ首魁が誰なのかさえ分かっていない。
たまに構成員を捕らえても、彼らは決して仲間を見捨てないので、すぐに奪還されてしまう。
だが一つ、彼らの本拠地だけは分かっている。
空に浮かび、移動する要塞だ。
竜にでも乗らない限り近づくことも出来ない上、こんな話もある。
竜を使役する前世持ちが要塞に近づいたが、何故かそこで竜が命令に従わなくなり、帰還せざるを得なかった、というものだ。
「そいつらの空飛ぶ要塞が来たってことは、このあたりにお目当てのものがあるのかもな」
俺が言うと、酔っぱらいの目がキラリと光った。
「それを皆噂してんのよ。さっき兄ちゃんが言ってたけどよ、この街で誇れるもんとか花しかねぇから」
「花壇に彩りが欲しくなったんじゃないか?」
俺の冗談に、男は大笑いして肩をバンバンと叩いてきた。
「はっはっは! それなら平和でいいんだがなぁ」
「まぁ、大丈夫さ。あいつらは、一般人には手出ししないんだろ?」
「そういう話だけどな。今、街ではこの噂で持ち切りさ。一体誰が、何を隠し持って狙われてるんだってな」
「なるほど」
男の話に適当に相槌を打っていると、店の入り口にローブ姿の客が入ってくるのが見えた。
フードで顔を覆っているので顔は見えないが、俺には誰だか分かった。
「連れが来たみたいだ。そろそろ行くよ」
席を立つ。
「おっそうか。んじゃあ、楽しい旅をな」
「どうも」
「そうだ兄ちゃん、ついど忘れしちまったんだが……あいつらの名前ってなんだっけか」
その集団の名は――。
「――楽園だよ。そう呼ばれてた筈だ」
俺は一度だけ振り返り、男性にそう答えた。
自分の築いた組織の名だ。
◇
店を出てしばらくしてから、ローブ姿の仲間が口を開く。
「お待たせしました、
白銀狼族の女性、マーナルムだ。
五年の歳月を経て、彼女はより美しくなった。今は隠れているが、白銀の長髪も、もふもふの耳と尻尾も健在だ。
今では俺の右腕的な存在になっている。
「いいさ。あのおっちゃんの話も退屈しなかったよ」
「そうなのですね。あの男が
「思い留まってくれてよかったよ」
マーナルムはたまに怖いことを言う。
「それより、このあたりでも俺達は有名らしいぞ」
「
マーナルムは誇らしげだ。
この五年間ずっと一緒に行動していたのだが、その間にマーナルムの忠誠心は相当に高まってしまった。
「あんま有名になり過ぎても、動きにくくなりそうだが……」
「いえ、『楽園』の存在が広く知れ渡るほどに、今を苦しむ者達の希望となります」
「俺は、珍しいものを集めて回ってるだけだよ」
「ふふっ。真贋審美眼の希少度ですか。ですが、楽園の地には、希少度のつかない元奴隷も沢山住んでいます」
空飛ぶ要塞の土地は広く、俺や仲間達だけで暮らすには広すぎる。だから、旅の道中で拾った者達も受け入れているだけだ。
ちなみに、聖獣リアンは要塞の地を住処と定め、シュノンはメイド長として忙しくしている。
今でも一緒に過ごしているが、荒事が得意な仲間も増えてきたので、適材適所だ。
「……ついでだついで」
俺は【蒐集家】に目覚めたし、確かに珍しいものを欲する気持ちが強くなった。
だが、真贋審美眼の希少度を絶対とすることはない。
俺はニホンで生きたクロウではなく、この世界で生まれたロウなのだから。
「それより、盗賊団の情報は手に入ったのか?」
マーナルムには情報収集を任せていた。
本来であれば希少種族であるマーナルムよりも、普通の人間である俺の方が向いているのだが……。
彼女は『半透明化の仮面』を着用してまで、その役目を買って出たのだ。
「はい、複数人から証言を得ました。中には、奴らに荷を奪われたという商人も」
「よく生きてたな」
「肩に矢が当たったそうですが、そのまま死んだふりをしてやり過ごしたそうです」
「中々の根性だな」
それにしても、獲物の生死の確認を怠るとは、詰めの甘い盗賊だ。
「えぇ。そして、やはり並の盗賊とは思えぬ装備をしていたそうです」
「ふぅん。ハーティの予知で見た通り、か」
「はい」
ハーティというのはマーナルムの妹で、未来視を持つ白銀狼族の少女だ。
今では、俺達の活動に欠かせないメンバーとなっている。
彼女が視た未来を頼りに、俺達はこの街にやってきたのだ。
狙いは、盗賊に捕らわれた――
ハーティの未来視では少女の能力までは分からなかったが、それは助け出してから確かめればいい。
「よし、盗賊狩りだな」
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