第二章◇万物を生む乙女

第20話◇順調な蒐集家生活




 シュノン、リアン、マーナルムと旅の仲間が増えた俺達は、白銀狼族の救出に向けて出発。


 ――それから、五年の月日が経過、、、、、、、、した。


「兄ちゃん、見ない顔だな」


 酒場のカウンターで人を待っていると、赤ら顔の中年男性に声を掛けられた。

 俺は木樽ジョッキの中のミルクを一口飲んでから、答える。


「旅をしていてな」


 とっくに成人しているので酒でも良いのだが、生憎とこのあとに用事があるので控えていた。


「へぇ~。この街はなぁんもないだろ」


「そうでもないさ。来る途中、花畑を見た。綺麗だったよ」


 色鮮やかな花々が一面に広がるさまは圧巻だった。


「そうかそうか」


 酔っぱらいは気をよくしたらしく、俺の隣にドカッと腰を下ろした。


 ……まぁ今は暇だからいいんだが。


「そういや最近、この街で噂になってることがあるんだが、兄ちゃん知ってるか?」


「いいや、ここには昨日来たばかりでね。教えてくれるか?」


 男は何故か、小声で囁くように話し出す。


「あれを見たって奴が沢山いるのよ。ほら、最近話題のあれだよ。空中移動要塞」


「……あぁ、聞いたことあるよ。この街でも話題になってるのか?」


「そりゃあもちろんさ! 国中の話題なんじゃねぇの?」


 今、このあたりの国々を騒がせている集団がいた。


 そいつらが最初に起こしたとされる事件が、『奴隷となった白銀狼族の群れを盗んだ』というもの。


 その後、そいつらは各地で希少種族の奴隷を解放し始めた。


 貴族や商人が保有する特殊な魔法具を盗むこともあったという。


 一夜でダンジョンを攻略して、宝をごっそり回収していったこともあったそうだ。


 様々な者達が彼らを捕まえようと躍起になったが、いまだ首魁が誰なのかさえ分かっていない。


 たまに構成員を捕らえても、彼らは決して仲間を見捨てないので、すぐに奪還されてしまう。


 だが一つ、彼らの本拠地だけは分かっている。


 空に浮かび、移動する要塞だ。


 竜にでも乗らない限り近づくことも出来ない上、こんな話もある。

 竜を使役する前世持ちが要塞に近づいたが、何故かそこで竜が命令に従わなくなり、帰還せざるを得なかった、というものだ。


「そいつらの空飛ぶ要塞が来たってことは、このあたりにお目当てのものがあるのかもな」


 俺が言うと、酔っぱらいの目がキラリと光った。


「それを皆噂してんのよ。さっき兄ちゃんが言ってたけどよ、この街で誇れるもんとか花しかねぇから」


「花壇に彩りが欲しくなったんじゃないか?」


 俺の冗談に、男は大笑いして肩をバンバンと叩いてきた。


「はっはっは! それなら平和でいいんだがなぁ」


「まぁ、大丈夫さ。あいつらは、一般人には手出ししないんだろ?」


「そういう話だけどな。今、街ではこの噂で持ち切りさ。一体誰が、何を隠し持って狙われてるんだってな」


「なるほど」


 男の話に適当に相槌を打っていると、店の入り口にローブ姿の客が入ってくるのが見えた。


 フードで顔を覆っているので顔は見えないが、俺には誰だか分かった。


「連れが来たみたいだ。そろそろ行くよ」


 席を立つ。


「おっそうか。んじゃあ、楽しい旅をな」


「どうも」


「そうだ兄ちゃん、ついど忘れしちまったんだが……あいつらの名前ってなんだっけか」


 その集団の名は――。


「――楽園だよ。そう呼ばれてた筈だ」


 俺は一度だけ振り返り、男性にそう答えた。

 自分の築いた組織の名だ。


 ◇


 店を出てしばらくしてから、ローブ姿の仲間が口を開く。


「お待たせしました、あるじ殿」


 白銀狼族の女性、マーナルムだ。


 五年の歳月を経て、彼女はより美しくなった。今は隠れているが、白銀の長髪も、もふもふの耳と尻尾も健在だ。


 今では俺の右腕的な存在になっている。


「いいさ。あのおっちゃんの話も退屈しなかったよ」


「そうなのですね。あの男があるじ殿の背中を叩いている様子を見て、腕を圧し折るべきか悩んでいたところでした」


「思い留まってくれてよかったよ」


 マーナルムはたまに怖いことを言う。


「それより、このあたりでも俺達は有名らしいぞ」


あるじ殿の御威光は、いずれ世界中に轟くでしょう」


 マーナルムは誇らしげだ。


 この五年間ずっと一緒に行動していたのだが、その間にマーナルムの忠誠心は相当に高まってしまった。


「あんま有名になり過ぎても、動きにくくなりそうだが……」


「いえ、『楽園』の存在が広く知れ渡るほどに、今を苦しむ者達の希望となります」


「俺は、珍しいものを集めて回ってるだけだよ」


「ふふっ。真贋審美眼の希少度ですか。ですが、楽園の地には、希少度のつかない元奴隷も沢山住んでいます」


 空飛ぶ要塞の土地は広く、俺や仲間達だけで暮らすには広すぎる。だから、旅の道中で拾った者達も受け入れているだけだ。


 ちなみに、聖獣リアンは要塞の地を住処と定め、シュノンはメイド長として忙しくしている。


 今でも一緒に過ごしているが、荒事が得意な仲間も増えてきたので、適材適所だ。


「……ついでだついで」


 俺は【蒐集家】に目覚めたし、確かに珍しいものを欲する気持ちが強くなった。


 だが、真贋審美眼の希少度を絶対とすることはない。


 俺はニホンで生きたクロウではなく、この世界で生まれたロウなのだから。


「それより、盗賊団の情報は手に入ったのか?」


 マーナルムには情報収集を任せていた。


 本来であれば希少種族であるマーナルムよりも、普通の人間である俺の方が向いているのだが……。


 彼女は『半透明化の仮面』を着用してまで、その役目を買って出たのだ。


「はい、複数人から証言を得ました。中には、奴らに荷を奪われたという商人も」


「よく生きてたな」


「肩に矢が当たったそうですが、そのまま死んだふりをしてやり過ごしたそうです」


「中々の根性だな」


 それにしても、獲物の生死の確認を怠るとは、詰めの甘い盗賊だ。


「えぇ。そして、やはり並の盗賊とは思えぬ装備をしていたそうです」


「ふぅん。ハーティの予知で見た通り、か」


「はい」


 ハーティというのはマーナルムの妹で、未来視を持つ白銀狼族の少女だ。


 今では、俺達の活動に欠かせないメンバーとなっている。


 彼女が視た未来を頼りに、俺達はこの街にやってきたのだ。


 狙いは、盗賊に捕らわれた――異能スキル持ちの少女。


 ハーティの未来視では少女の能力までは分からなかったが、それは助け出してから確かめればいい。


「よし、盗賊狩りだな」 



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