第19話◇もふる




  マーナルムを無事に購入することが出来た。

 部屋に戻ると、彼女がキラキラした瞳で俺を見て感動し始めた。


「いやいや、金さえあれば誰でも出来たことだ。その金も、魔法具で増やしたものだし」


「ご謙遜を! あの商人には、ロウ殿に私を売らないという選択肢が常にありました! 私は商売には疎いですが、突如現れた者よりも、今後更なる取引が望める者にこそ、ものを売りたいというのが商人というものかと思います!」


 同じものを売るなら、今後一生会わないであろう者よりも、また来てくれそうな客に売りたいという話か。それでいくと、マーナルムにしっかりと作法を叩き込み、亜人好きの貴族に売った方が奴隷商の未来の利益の為には良かったかもしれない。


 その通りだろう。


「……マーナルムの姿を確認したあとで、後ろに控えてた用心棒に俺達の始末をさせれば、マーナルムを楽に取り戻せただろうな。というか、あの商人がアホならそうしてただろう」


 で、失敗していただろう。


 だが、やつは目利きの商人だった。


 俺の剣が名剣――さすがに聖剣とは思わなかっただろうが――だということも、リアンがただの狼ではないことも、ちゃんと気づいていた筈だ。


 それに、マーナルムが本当に俺に恩義を感じているかどうかも。

 つまり、俺がピンチの時にマーナルムが俺の味方をするかどうか。


 首輪がついていようとも、マーナルムは逃亡の『罰』を既に受けている。

 用心棒が襲いかかって来ても戦うことが出来る。


 商人と俺は、お互いスムーズに交渉を進めていたが、頭の中では様々な展開を描いていた。


 彼は最終的に、事を荒立てずにマーナルムを売ってしまう事が、一番損が少ないと判断しただけのこと。


 だが確かに、そう判断してもらうために、小細工を弄したのも事実だ。


 『半透明化の仮面』は、マーナルムの正体を途中まで隠すという目的の他に、『他の魔法具もあるかもしれない、なんなら使用中かもしれない』という疑念を抱かせる目的もあった。


 直接、言葉で互いを脅すことは一度もなかった俺達の交渉だが、武力行使に発展しないよう、種を撒いていたのも事実。


 あの商人は俺の能力や危険度を正しく見積もり、厄介事に発展しないよう立ち回っていた。


 マーナルムは、それを理解しているようだった。


「よく分かりませんが、さすがロウさまですね……! ロウさまは昔から喧嘩も得意でしたが、睨むだけで相手を追い返すのも得意でしたから」


 よく分かっていないようでいて、シュノンはよく分かっていた。

 まさにそんな感じだ。


 喧嘩しなくちゃいけないなら仕方がないが、相手が賢ければ勝手に戦力を計算して引いてくれる。


 その方がずっと楽だ。


「私の一族は戦闘能力を高く評価するのですが、ロウ殿のやり方も素晴らしい! 敵を武力で挫くことなく、貴殿は求めるもの全てを手に入れた! 凄まじいことです!」


 マーナルムの所有権、白銀狼族の所在、そしてマーナルムたちの購入場所――つまり妹を捕らえている騎士が滞在していた都市。


 奴隷となり、『罰』覚悟で逃げるしかなかったマーナルムからすると、俺のやったことは輝いて見えるようだ。


 彼女がそう思うなら、強く否定するのも無粋だろう。


「どういたしまして。取り敢えず、この首輪外すか」


 購入したとはいえ、俺は奴隷が欲しかったわけではない。


 あの商人に首輪の使い方も教わっていたので、外すことも出来る。


 だがマーナルムは――拒否した。


「いえ! ロウ殿さえよろしければ、どうかこのままで」


 なんて言い出すものだから、俺は困惑する。


「どうしたんだ?」


「考えたのですが、私のような種族が人間の街を普通に歩いては目立ってしまいます」


 まぁ、滅多に目にしないから希少種族なわけだし。


 たまに目にする希少種族は、通常は誰かの奴隷……あぁ、そういうことか。

 俺の奴隷でいる方が、無駄に目立たずに済む。


「……お前が負けるとは思わないが、面倒くさい輩に絡まれるかもしれないしな」


 首輪がないと、捕まえて売ろうとする悪漢もいるかもしれない。


 襲われても撃退できるだろうが、そもそも襲われるのが面倒くさい。


「そういった問題も避けられましょう」


「まぁ、お前がいいなら……」


「はい! よろしくお願い致します――あるじ殿」


 マーナルムの言葉に、シュノンが愕然とする。


「ロウ様を主人と仰ぐ美少女枠はシュノンだけだと思ったのに……! まさかの従者としての参戦!?」


「シュノン殿、これからは共に主殿を支えていきましょう」


 マーナルムの瞳はメラメラ燃えている。こうと決めたら一直線のようだ。


「マーナルムちゃんの加入は嬉しいのに複雑な気分です」


 シュノンに漂う空気が重くなるのを感じ取って、俺は口を開いた。


「シュノンは将来メイド長になってくれるんだろ? その時は、俺に沢山メイドがいるってことにならないか?」


「た、確かに……!」


「それに、枠ってのはよくわからないが、俺の幼馴染はシュノンだけだろ」


「ロウさまっ……! そうですね!」


 シュノンが元気になった。

 相変わらず切り替えが早くて助かる。


『次はどうするのだ?』


 話が途切れたタイミングで、リアンが声を上げた。


「マーナルムとしては、すぐにでも妹の許に駆けつけたいだろうが……俺はまず、他の白銀狼族を助けるべきだと思う」


「私も同胞たちを救い出したいという思いはありますが、何かお考えが?」


「聖騎士団は前世持ちで構成されてる。俺やマーナルムの妹みたいに、異能スキルは戦闘系以外にもあるけど、仮にも騎士を名乗るなら戦闘系が大半だろう」


「……確かに、魔法のような力を使う者もいました。我らが敵わぬ怪力を持つ者も」


「妹をどんな方法で助け出すかにもよるが、人手は多い方が選択肢が広がるし、それが裏切らない仲間なら最高だ」


 こっちにはマーナルムや聖獣リアンがいるので信用されるだろうし、彼らを救出した上でマーナルムの妹を助けたいと言えば、力を貸してくれるだろう。


 マーナルムは頷いたが、その表情は優れない。


「大丈夫だ、お前の仲間達を特攻させたりはしない。妹を救い出すためとはいえ、味方を死地に向かわせたくはないもんな」


 そう補足すると、彼女は言いにくそうな顔になる。


「いえ……その……あるじ殿を疑っているわけではなく。同胞があるじ殿の作戦を理解できるかの方が心配で……」


「あー……」


 そういえば、妹を人質にとられたことでマーナルムは降伏したが、一部の者は逆らって殺されてしまったのだったか。


 彼女は真っ直ぐな性格の中に柔軟さも見えるが、真っ直ぐ過ぎる者達が細かい作戦を理解して従ってくれるかは微妙だ。


 『マーナルムの妹を助ける』という部分にだけ同意して、騎士団に突っ込む可能性もある。


「よし、旅の途中でそいつらを説得する方法も考えよう」


『助け出す方法は何かあるのか? 大人数が強制的に従わされているのだろう?』


「あぁ。それに今度の所有者は金で譲ってはくれないだろう。白銀狼族を使ってダンジョンで一山当てる方が儲かる。ダンジョンは危険だから早く救出しないとどれだけ頑丈な種族でも死者が出る。だから……マーナルムは嫌がってたけど、リアンに首輪を破壊してもらおうと思う」


 確かマーナルムは、汚れた道具を聖獣に壊されるなど申し訳ない、といったことを言っていたと思う。


『我は構わぬ』


「う……。確かに、仲間の命には代えられません。よろしくお願いします、聖獣様」


『うむ』


 前回聞いた時はあっさり流したが、魔法具を破壊できるとは、さすが聖獣である。


「あとは現地に行って偵察してからだな。おそらくまとめて一箇所で管理されてると思うが、見張りもいるだろうし」


 と、今後の方針も固まった。

 すると、マーナルムが緊張した面持ちで、おもむろに近づいてくる。


あるじ殿」


「どうした?」


「聖獣様からお聞きしました……あるじ殿とシュノン殿は……無類の『もふもふ好き』であられる、と」


 リアン? いつの間にそんな話を?


「まぁ、否定出来ない」


「シュノンは大好きです!」


「シュノン殿には、数日前、身体を拭いて頂いた際に色々とその……あれでしたが」


 俺はシュノンを見る。


 シュノンは目を逸して口笛を吹き始めた。誤魔化し方が下手すぎる。

 一足先にモフっていたとは。


 再びマーナルムを見ると、頬を赤く染めていた。羞恥心があるのだろう。


「この程度で御恩が返せるとは思いませんが、何もしないというのも己が許せず。あるじ殿さえよろしければ、この身をお好きになさってください!」


 顔を赤く染めたまま、覚悟を決めたように言うマーナルム。


「お好きにって、もふっていいってことですからねロウ様」


 シュノンがジト目で言った。

 そんな補足がなくとも、勘違いしないから大丈夫だ。


「いいんだな、マーナルム」


 実はずっと気になっていたのだ。

 よくぞここまで我慢したと、自分を褒めてやりたい。


「ど、どうぞ……! ですが、出来れば優しくしていただけると……」


 伏し目がちにそう言われる。


「わかった」


 そして俺は――マーナルムの耳と尻尾を堪能するのだった。



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