第18話◇白銀狼族の行方



 マーナルムの所有者変更は、思いのほか簡単に済んだ。


 現所有者が首輪に触れた状態で譲渡の意思を示し、新たな所有者が首輪に触れるだけ。


 一瞬、首輪から伸びた光の鎖が見え、ゴードンの腕から俺の腕へと移ったように見えたが、すぐに掻き消えてしまう。


 これで、マーナルムが追われる理由はなくなる。


「これほどの奴隷を買える御方は限られます。それほどの資金をお持ちで、周辺に住まわれている方々は把握しているつもりでしたが……」


 代金は既に商人ゴードンの手に渡っている。もちろん、マーナルム譲渡前にしっかり数えていた。


「世界を旅して回っている。この街にやってきたのも、最近だ」


「なるほどなるほど。ご存知でしょうが、その娘は白銀狼族の者でして、今後の旅においても護衛としてお役に立つでしょう」


「だろうな」


「いやー良かった。ジャック殿でしたか? お客様のおかげで、このゴードン、大損をせずに済みました」


 俺達がマーナルムを見つけなかったから、彼女はあのまま死んでいたかもしれない。


 そうなれば商人が大損していたのは間違いない。


 ……ちなみにジャックというのは俺の偽名だ。

 今のところ呼ぶのはこの商人だけだが。


「実は、今日ここを訪れたのはマーナルムを買うためだけではないのだ」


「ほうほう。当店は他にも素晴らしい奴隷を取り揃えておりますが、どのような者をお探しで?」


 【蒐集家】が反応するのが分かった。


「希少種族……特に、白銀狼族の奴隷について知りたい」


「はっはぁ。ジャック殿は亜人を好まれるのですねぇ」


 何やら盛大に勘違いされているが、まぁいいだろう。


「黒角兎族や紅獅子族、蒼翼竜族など、白銀狼族と並んで希少な亜人種は、残念ながら当店にはおらず……」


 ……全部聞いたことないな。

 全部いつか見たい。


「そ、そうか。見たい……じゃなくてだな。こほんっ、この者から聞いたのだが、一度に多くの白銀狼族が奴隷になったというではないか」


「あぁ、そこまでご存知でしたか。ですがわたくしが手に入れられたのはその娘だけなのです」


 それについてはマーナルムからも聞いているので、知っている。

 知りたいのは……。


「俺には夢があってな。希少種族だけの村落……果ては街を作りたいのだ」


 もちろん嘘だ。俺が希少種族蒐集に執着している奴だと思われた方が楽なので、適当に用意した夢である。


「規模は違えど、同様の趣味をお持ち方は多くおられます。素晴らしい夢ですな」


 奴隷を沢山買いそうな客なら持ち上げといて損はない。


 商人なら嘘でも肯定するだろう。

 それはいいのだ。今はとにかく、話を進める。


「出来れば、誰が購入したか分からないものだろうか。このような機会は逃したくないのだ」


「お気持ちは分かりますが……」


 情報の価値がわかっていればこそ、そう簡単に渡せないという理屈は分かる。


 俺はシュノンに向かって手を伸ばす。

 シュノンは新たな革袋を俺に手渡した。


 中に入っている金貨を、俺は卓上に積み上げていく。


「なんなら、貴殿がその者から白銀狼族を買い上げ、それを俺に売るのでも構わない。貴殿に損はさせないが?」


「……いえ、そういうことではなく。その、買った相手というのが問題でして……」


 ピンとくる。


 ゴードンは商人だから、俺のようなものでも交渉相手と認めてくれたが、貴族ではそうはいかないだろう。


 怪しいとか無礼とか以前に、旅人ごときでは面会さえ取り付けられない。


「分かった。ではせめて場所だけでも教えてくれないか? 白銀狼族の群れをひと目見たいのだ」


「ふぅむ……」


「奴隷を保護した者へ謝礼を出すと言っていたではないか。だが俺は金には困っていない。その情報を謝礼として受け取ることは出来ないか?」


 ゴードンは最終的に、そこで折れた。


 どうやらマーナルムとその妹以外の者達は、とある貴族がダンジョン攻略用に購入したようだ。


 ダンジョンは異空間で、そこではこの世界で見られないものが手に入る。

 魔物の素材であったり、不思議な草花であったり、美しい宝石であったり様々だ。


 ゴードンに聞いた貴族の名には聞き覚えがあったが、そいつの領地にダンジョンがあると聞いたことはない。


 ダンジョンが出来ると、そこを中心に街が出来て急速に栄える。一攫千金狙いの冒険者と、その冒険者相手の商売人達が集まってくるのだ。


 なので他領であっても存在くらいは知られるものだが――出来て日が浅いダンジョンなのだろうか。


 冒険者たちが群がる前に、その貴族が宝を独り占めしようとした?

 その為に頑強な白銀狼族を沢山買った……とそんなところか。


「助かったよ」


「いえいえ、これでお返しになればよいのですが」


「充分だ……と言いたいが、あと一つだけ」


「なんでしょう?」


「この者が一度故郷に帰りたいそうなのだが、森から出たことがなく場所が分からないらしい。俺としては、旅の途中で連れていってやりたいのだが」


「それはそれは……」


「この者を仕入れた街を教えてくれ。そこからならば、匂いで故郷を辿れるそうだ」


「ほうほう、白銀狼族の嗅覚は凄まじいですな」


 感心するような声を上げてから、商人はマーナルムを買ったのがキルクという街だと教えてくれた。


 訊きたいことは概ね訊けたので、俺達はそろそろ帰ることに。


「よい取引が出来た」


 俺が言うと、商人は笑顔で頷いた。


「まさか、逃げ出した奴隷が素晴らしいお客様と共に戻ってくるとは、わたくしも想像していませんでした」


 こいつからすると、気性の荒いマーナルムは、困った存在だったのかもしれない。


「……そういえば、何故この者だけ貴殿が扱うことに?」


「あぁ、実は当初は売り物ではなかったようなのです。何かがあって、手放すことにしたのだとか。詳しいことはなんとも……」


「……そうか。なら、俺にとっては幸運なことだったな」


 当初売る気がなかったのは、妹関連だと思われる。


 妹を盾に姉を投降させたように、姉を人質に妹の未来視を利用する方が、聖騎士としてはやりやすい筈だ。


 最初はそのつもりだったが、何かがあって――マーナルムが不要になった?


 そこをたまたまゴードンが仕入れ、この街まで戻ってきて、そこでマーナルムが逃走し、リアンがそれを発見。


 俺達と出会うことに。


 もしかすると、マーナルムの妹にはここまで視えていたのかもしれない。

 いや、もっと先まで、だろうか。


 どちらにしろ、俺のやることは変わらない。


 店を後にし、宿に戻る。

 部屋に戻ると、マーナルムが我慢の限界とばかりに口を開いた。


「か、か、か、感服致しました……!」


 尊敬の眼差しで俺を見つめるマーナルムは、感動した時のように体を震わせている。



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