第17話◇交渉成立
数日後、俺達は奴隷商の許を尋ねていた。
俺、シュノン、リアン、マーナルムと全員参加だ。
マーナルムには『半透明化の仮面』を着用してもらっている。
入り口で店の者に面会希望と伝えると、商会の主人は忙しいと言われるが……。
「お探しの『商品』に関して情報があると主に伝えてくれ。そうだな……『白銀の』とでも言えば伝わるだろう」
人をモノ扱いする趣味はないが、ここは奴隷を扱う場所。より通りのいい表現を使った方が話が早くて済む。
このことは事前にマーナルムにも伝えており、彼女も納得済み。
店の者は困惑した様子だったが、俺の堂々とした態度に気圧されたのか、頷いて店内に戻っていく。
数分としない内に、同じ者が慌てた様子で駆け戻ってきた。
「主がお会いになられるとのことです……! こちらへどうぞ」
そうして、応接室に通される。
俺はソファーに腰を下ろしたが、シュノンとマーナルムは護衛にのように背後に立った。
シュノンは護衛メイドの意地という感じだろう。
マーナルムはマーナルムで、俺の隣に座るのは恐れ多いとか、シュノン殿が立っているのならば私も同じようにとか、そんなことを考えているに違いない。
俺は近くに来たリアンを撫で回した。
――店の中を見るに、繁盛しているようだ。
派手さはないが清潔にされており、調度品も落ち着いた雰囲気を醸し出すことに成功している。
少ししてから、やけに顔の輝いた中年男性が部屋に入ってきた。
この店の主人だろう。
「これはこれは、お待たせ致しまして」
お腹に肉を蓄えており、身につけているものは上等だが、店内と同じく派手さは出していない。
自分が成功者であることを喧伝するようにギラギラと飾り付ける者もいるが、この男はそういった類の人間ではないと分かる。
名をゴードンというらしい。彼はテーブルを挟んだ向かいのソファーに座った。
そんな彼の背後には、冒険者ふうの剣士が控えている。
彼の護衛だろう。
「構わんさ。探しものの価値を思えば、仕方のないことと言える」
笑みの形に細められていた目が、ぴくりと動く。
だが店主はすぐには食いつかず、案内係とは別の者が人数分の茶を運んできて、それから退出するまで、当たり障りない話を続けた。
終始にこやかだが、その裏にこちらを品定めする視線を感じる。
俺は俺で、彼の反応を見て安心していた。
あのチンピラ達の雇い主ということで、若干の不安があったことは否めない。
だが、それは店内の様子や彼の態度で払拭された。
おそらくあのチンピラ達は、ゴードンの部下、あるいその更に部下が人数集めで臨時に雇ったのだろう。
今商人の後ろに控えている剣士などは、一分の隙もない一流だ。
それにこの商人は彼は俺が年若いガキであると分かっても、表面的な態度や言葉遣いを露骨に変えることなく、あくまで丁寧に応対している。
相手によって態度を変える商人、見た目で相手を侮る輩が珍しくない中で、彼は交渉相手としては充分。
「――ところで。本日お越し頂いたのは、何やらわたくし共の探しものに関係があるのだとか」
カップに口をつけてから、ようやく話を切り出す店主。
「あぁ」
俺は頷き、リアンの白銀の毛並みを撫でる。
「こいつに似た、亜人の少女の話だ」
「――――。詳しくお聞かせ願えますかな?」
「その前に、一ついいだろうか」
「もちろん、情報に見合う謝礼はお支払い致します」
ケチな商人ならば焦って話を進めそうなところだが、彼は金の出しどころを心得ている。
だが、今したいのはその話ではなかった。
「いや、それはいいのだ」
「では一体……?」
「これは仮の話なのだが」
「……なんでしょう」
身構える彼に、伝える。
「貴殿のところから逃げ出した奴隷を発見した者がいたとする。凄まじい『罰』を受けて死にかけていた奴隷だ。その者に治療を施し、一時的に保護したその人物は、その奴隷を気に入ってしまった」
「……ふむ」
商人ゴードンが思案顔になった。
再び俺を見る。頭のてっぺんから爪先までじっくりと。
「その人物は、返却と同時に当店からその奴隷をお買い上げになりたい、と」
「そういうことになる」
「こちらからもよろしいでしょうか」
今度はゴードンから質問があるようだ。
「構わないとも」
「まず、発見者にはやはり感謝と謝礼をせねばなりませんね。その奴隷が負った『罰』を癒やすには相応のポーション、あるいは治癒魔法が必要だった筈ですから」
「そうか」
「その者が奴隷を返却する理由は推察出来ます。そのまま逃げれば奴隷泥棒になってしまいますからな。問題は、どのようにしてその奴隷と信頼関係を築いたか、です」
当然の疑問と言えた。
自分が妹の元に向かうことを商人は予想する筈だ、とマーナルムは言った。
誰かが善意で彼女の傷を治癒したとしても、マーナルムは単身妹の許に向かうのが自然で、自分を助けた者が新たな主人になることを受け入れるのはおかしい。
「命の恩人だからではないか? その奴隷は、義理堅い性格と聞いたぞ」
ゴードンは素直に納得出来ないようだが、食い下がらなかった。
「ふぅむ……まぁ、その点はよろしいでしょう。多くの人手を割いて発見出来なかった奴隷が、完全な状態で戻ってくるのならば文句はありません」
「それはよかった」
「お話はもう一つございまして、つまり――値段です」
「大事なことだな」
「既にご存知でしょうが、奴隷というものは仕入れと同時に売り物になるわけではありません」
「剣を持っただけでは騎士になれない。それと同じで、奴隷として求められる能力を叩き込まねばならないのだろう?」
「その通りでございます。その点、
マーナルムが、奴隷の作法を素直に身につける様子は想像がつかない。
しかも脱走までしたというのだから、奴隷に求められる従順さは無いと言っているようなもの。
とはいえ、それは一般的に奴隷を求める者が重要視する項目でしかない。
「奴隷を保護した人物は、気にしないそうだ。だがそちらも商売、本来であれば奴隷の作法を完璧に身に着けた方が高く売れるのだろう? 見つけてやった恩で安く買わせろ――などとは言わないそうだ。貴殿がその奴隷を売却することで得られる筈だった利益は、決して損なわない」
「なるほど……なるほど……」
懸念は大きく二つある。
一つは、そもそも相手にされないこと。
俺のような存在が突如店にやってきて交渉ごとを持ちかけてきたら、とても怪しい。
そんなやつは信用できん、と突っぱねられることは充分考えられる。
もう一つは、既にマーナルムの売却先が決まっていた場合だ。
通常は調教が済んでから売りに出す筈だが、マーナルムのような希少種族の場合、『手に入った場合は自分に売ってくれ』と事前に注文を出している客がいる可能性もある。
「正直、頭の中に多くの疑問が渦巻いておりますが……。二つほど確かめさせて頂ければ、例の奴隷はお売り致しましょう」
「奴隷の所在と、支払い能力の確認だな」
「その通りにございます」
――もっと難航する可能性も考えていたが、ゴードンの中で損得勘定は済んだようだ。
嘘を言っているようには見えないし、最悪嘘でも構わないのだ。
交渉で済むならそれが最上だが、決裂しても対応は可能。
「シュノン」
「はい、ご主人さま」
シュノンの話し方がいつもと違う。なにやら出来るメイド感を出そうとしているのか、ゆったりと静かに声を発している。
それを微笑ましく思いながら、彼女から代金の入った革袋を受け取り、卓上に置く。
「マーナルム」
「はっ」
そして、マーナルムが『半透明化の仮面』を外す。
「――――っ」
ゴードンと、後ろの剣士が驚くのが分かった。
「なるほど、最初から連れていたのですな。しかし、貴重な魔法具をお持ちだ」
さすがは商人、魔法具のこともすぐに受け入れたようだ。
「それでは早速、この奴隷を売ってもらえるだろうか」
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