第21話◇右腕マーナルム




 俺とマーナルムは森の中を歩いていた。


 盗賊の出現場所を聞いたら、あとは簡単だ。

 希少種族を連れた男がノコノコと歩いていれば――向こうから襲ってきてくれる。


 マーナルムが俺の顔の近くに手を突き出し、握る。

 その手には、盗賊の一人が放った矢が握られていた。


 早速襲撃されたようだ。


「……助かったよ」


 ダメージを肩代わりしてくれる『衝撃代理負担の腕輪』を着用しているので仮に当たっても大丈夫だったが、あれは消耗品だ。

 致命傷相当のダメージを避けられたのはありがたい。


「いえ、あるじ殿をお守りするのは当然のことです」


 矢が一本だけだったのは、沢山射掛けてマーナルムまで傷つけてしまうのを避けるためだろう。


 ぞろぞろと出てきた盗賊たちを見回して、俺は言う。


「素直に投降してくれれば、こっちも余計な手間が省けて助かるんだが、どうだ?」


 盗賊たちは怒りを声を上げて飛びかかってくる。

 どうやら交渉決裂のようだ。


 かつて街中でチンピラを撃退したことがあったが、あれとは違う。


 敵がこちらの命を狙ってきた以上、こちらだけ生け捕りの精神で望む必要もあるまい。


「マーナルム」


「承知しております」


 マーナルムが盗賊の剣を弾くと刀身が折れて飛んでいき、そいつの顔を殴れば鼻が頭の反対側に生える勢いで顔面が陥没。


 彼女が続けて近くの盗賊に裏拳をかますと、首がぐるぐると回転し、やがて捩じ切れてしまう。


 それらの返り血を、マーナルムが浴びることはない。


 その頃には別の盗賊に襲いかかり、腕を付け根から引きちぎったり、身体を曲がらない方向に畳んだりしているからだ。


 ……敵が俺を狙ったことに、随分と腹を立てているようだ。


 戦い方に怒りが表れている。


 そんなことを思いながら、俺の方も兄に譲り受けた綺麗好きの聖剣を抜き、三人ほど撫で斬りにする。


 あっという間に、十数人はいた盗賊側の生存者が――残り一人になった。


 生き残りは最初に俺を矢で狙った男で、射手ゆえに少し離れたところにいたのが幸いしたのだ。


 そいつが悲鳴を上げながら逃げていくのを、俺は追わない。


 代わりにマーナルムが音もなく追跡を開始した。


 俺は近くの岩に座り、聖剣を清潔にしてから、改めて盗賊たちの死体を見下ろした。


 盗賊といえば粗末な装備というイメージだが、彼らの武器は中々の品だった。

 希少度はつかないが、中級の冒険者が使っていてもおかしくない。


 しかも、そのレベルの武器を全員が所持しているというのだからおかしい。


 旅の道中、盗賊に襲われることは何度もあったが、彼らの武器はこれまでの被害者から剥ぎ取ったものをそれぞれが流用しているので、盗賊団の中での統一感というものがないのだ。


 しかし、彼らはまるで軍隊さながらに装備に統一感がある。

 軍の武器庫を襲ったのでもなければ、自分たちでしっかりと装備を揃えているということになる。


 まとまった金が必要になる筈だが、そんな金があったところで盗賊なら適当に散財して終わりだろう。


 自分たちの装備に金を使う盗賊団……それだけ金に余裕がある、ということか。


 マーナルムを待つ間、俺は空を見上げ、ぼうっと流れる雲を見ていた。


あるじ殿、ただいま戻りました」


 しばらくすると、彼女が戻ってくる。


「あぁ、おかえり。なぁ、あの雲リアンに似てないか」


 俺が指差した方向を見上げたマーナルムは、すぐに雲を発見したようで、頷いた。


「そうかもしれません。耳のあたりが、特に」


「だよな」


 俺は小さく笑って、岩から立ち上がる。


「盗賊団の根城は分かったか?」


「はい。どうやら洞窟を利用しているようです」


 逃げた一人は、マーナルムの追跡に気づくことなく自分たちの根城まで案内してしまったのだ。


「中にどれだけいるかな」


「詳細は不明ですが、三十人も残っていないでしょう」


 それは普通、二人で対応するには多すぎる人数だ。

 だがまぁ、マーナルムがいれば大丈夫だろう。


「他の奴らを呼ぶ必要はなさそうだな」


「はい。私がいれば、充分かと」


「頼りにしてるよ」


「お任せください」


 マーナルムはキリッとした顔で答えるが、尻尾が嬉しそうにふぁっさふぁっさと揺れている。


 撫でたい衝動に駆られるが、グッと堪えた。


「案内してくれ」


「はっ。その前に……主殿」


「ん?」


「この者達の武器を回収すべきかと」


「あー……そうだな、忘れてた」


あるじ殿は、希少度がつかない品への興味が薄いですからね……」


 人相手だとそうでもないのだが、物となると確かにそういう傾向がある。


 マーナルムはもったいないから武器を回収しようと言っているのではなく、危険だからだ。


 他の賊が手にするのもそうだし、一般人が使っても武器は武器。簡単に人を殺傷できる。


 俺は腰に吊るしていた革袋を手に持ち、袋の口を緩める。


 そこに、手早く武器を回収してきたマーナルムが近づいてきた。


 袋の口に武器を近づけると、シュンッと消えてなくなる。


 この袋は魔法具で、見た目以上の収納力を誇るのだ。


 取り出す時は、何を出したいか念じればいい。


 便利で大変よいのだが……。


「また微妙な品を蒐集してしまった……」


 【蒐集家】的には唆られないアイテムの大量ゲットに、ため息が漏れる。


 それを自分への不満と勘違いしたのか、マーナルムが恐縮してしまう。


「申し訳ございません」


 マーナルムはしゅん……と項垂れた。

 その耳も元気なさそうに垂れてしまっている。


「いやいや、マーナルムは悪くない。むしろ指摘してくれてよかったよ。今後も俺の補佐を頼む」


 俺が微笑んで言うと、一瞬でマーナルムに生気が戻る。


「はい!」


 彼女の耳がピンッと立った。


 今度こそ、俺達はその場を後にした。

 盗賊団のアジトは、しばらく森を入っていった先にあった。


 生き残りの射手から報告があったのだろう、洞窟内から慌ただしい気配が伝わってくる。


「洞窟に別の出入り口があるとも限らん。少女を隠される前に、奴らをなんとかしよう」


「承知いたしました。まずは私が突入して敵を蹴散らしますので、あるじ殿はその後からお願いします」


「あぁ。お前の力は疑ってないが、充分気をつけてな。盗賊の命を一万並べても、お前一人とはつり合わないのだから」


「……この身はあるじ殿のもの。主人の蒐集品に傷がつかぬよう力を尽くします」


 努めて平静に言っているようだが、マーナルムは耳まで赤くなっていた。


 照れている彼女をからかうのは可哀想なので、指摘しないことにする。


「盗賊団を壊滅させて、お目当ての少女を保護して、帰ったら風呂にでも入ろう」


「はい。お背中お流し致します」


 シュノンが一度風呂場に侵入してきてから、マーナルムや一部の仲間が張り合うようになってしまったのだ。


「……まずは、目の前の敵からな」


 マーナルムが頷く。


「行って参ります」



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