第14話◇マーナルム
廊下で待機中、リアンの声が頭の中に響く。
『ロウ』
「ん? どうした?」
リアンの声は、こいつが選んだ対象にしか聞こえないので、俺は小声で応じる。
そうしないと、独り言を言っているやつみたいになるからだ。
『あの者達を見逃してよかったのか?』
先程のチンピラたちのことだろう。
さすがに、弱肉強食の世界に生まれた者は考え方が違う。
確かに、魔獣は民に被害を及ぼすから討伐するのに、民に被害を及ぼすチンピラは放っておくというのは、言われてみると変な話かもしれない。
「人間の世界には面倒がルールが沢山あって、あぁいう奴らでも殺して『はい解決』とはならないんだよ」
『人間なりの、秩序の保ち方か』
「そうだな」
『だが、力の差を理解して従う者ばかりでもなかろう』
「あいつらの報復を心配してるなら、多分大丈夫だろ。あの三人は下っ端で、その上の奴らはもっと重要なことに掛かりっきりだ」
『眷属か』
「あぁ。だから、下っ端三人が捜索サボった挙げ句にガキ相手に手も足も出なかったなんて話をしたところで、真面目に取り合ってもらえるとは思えない」
リアンが、頷くように頭を揺すった。
『理解した』
「まぁ、本人達が仕返しを狙う可能性はあるが……」
『あの程度ならば、何度来ようと同じこと、か』
「そういうことだな」
そこで一度会話が途切れる。
次に言葉を発したのは、リアンからだった。
『……眷属について、話をする約束だったな』
そういえば、マーナルムを助ける時にそんな話をしたか。
だが俺は真贋審美眼で彼女を見てしまったのだ。
「聖獣と結ばれた者の子孫、だろ」
聖獣にとって、我が子とは分身のようなものである筈だ。
しかし、この世界には聖獣や精霊、神や天使など、人ではない生き物が人と愛し合う物語が非常に多い。
創作と切り捨てるのは簡単だが、神秘の時代に、今では考えられない奇跡があったとしてもおかしくない。
『――――。何故わかる』
「お前には話してなかったな。実は――」
と、真贋審美眼についての説明をしておく。
リアンは共に旅をする仲間なので、最低限の情報は共有しておくべきだろう。
『……理解した。しかし森での戦闘、加えて先程の動きを見る限り、【前世】にかかわらず、ロウは優秀な戦士だと思うが』
俺が実家を追放されたこともついでに話していたのだが、そこが引っかかったらしい。
「直接戦闘系の前世じゃないと無価値って考え方なんだよ。工夫すれば使えるとか、そういうのは求められてなかったんだ」
俺が部下ならば話は別だったのかもしれないが、血の繋がった実の息子に求めるは後継として充分な戦闘系の前世。
『そういうものか』
「そういうもんさ。それに、おかげで自由の身なんだから恨んでないよ。お前とも逢えたしな」
『我の毛並みは、蒐集欲を刺激するか』
「お前もシュノンも、大事な仲間だよ。モノじゃない」
誤解されないよう言うと、リアンがふんすと鼻息を漏らす。
『冗談だ』
俺は目を丸くする。
それから、自然と吹き出してしまう。
「あはは、聖獣って適応力が高いんだな」
もうジョークという概念をものにするとは。
『ロウが我を毛皮としか見ていないのであれば、ついていこうとは思っていなかっただろう』
「そっか。まぁ刈ったりはしないけど、たまに撫でさせてくれると助かる」
『……承知した』
リアンが心なし頭を近づけてきたので、そっと撫でる。
やはり、癒やし効果が凄まじい。
そんな風に、しばらくふわふわの毛並みをもふもふしていると。
「終わりましたよー」
と、シュノンの声が聞こえてきた。
俺達は顔を見合わせ、それから部屋に戻る。
「聖獣様、ロウ殿、私の所為でお二方を廊下に立たせることになってしまい誠に申し訳なく――」
と、彼女が再び片膝をつこうとするので止める。
そんなに頻繁に膝を床につけていたら、こすれて怪我してしまいそうだ。
「それよりどうですかご主人さま! このピカピカに磨き上げられたマーナルムちゃんは!」
シュノンが目を輝かせて言った。
確かに、素晴らしい。
白銀の髪は、夜空に浮かぶ星々をちりばめたかのように輝いているし、青い瞳は宝石に劣らぬ美しさ。肌は白くきめ細やかで、弾力に富んでいる。
おまけにふさふさの尻尾と、柔らかそうな耳がついているのだ。
また、小柄なシュノンの着替えである貫頭衣を着用しているからか、丈が異様に短く見える。
胸部の膨らみはシュノンに劣らずあるので、胸周りのサイズ感は問題なさそうだ。
「美しい……」
思わず漏れた感嘆の声に、マーナルムが顔を赤くする。
「きょ、恐縮です」
「そうですマーナルムちゃんは美し……って、シュノンはそんなふうに言われたことないですけど!?」
途中まで自慢げだったシュノンが、突如涙目になって叫ぶ。
「そうか? シュノンはそれで言うなら可憐だよ」
ぼふっと音でもしそうなほど、シュノンが真っ赤になってしまった。
「ロ、ロウさまってば、『シュノンは世界で一番可愛いよ』だなんてそんな……」
「言ってないな」
シュノンは両手を頬に当て、嬉しそうに身体を揺らしている。
まぁ元気になったならいいか。
「それで、マーナルム」
「は、はい!」
「まず始めに、俺達はお前を助けようと思ってる。……というか、助けが必要で合ってるよな?」
「……その通りです。奴隷身分に落ちたのは己の未熟さ故と諦めもつきますが、一つだけ、決して諦めるわけにはいかないものがありまして……その為には、売られるわけにはいかないのです」
「だから、タイミングを見つけて逃走を図ったと」
「はい。しかし、『罰』が想定以上に重く、倒れる前になんとか姿を隠そうとしたのですが……」
そう言えば、彼女を見つけたのはガラクタの山の中だった。
「とれる選択肢は幾つかあるが、お前の話次第どう行動するか決めようと思ってる」
「ロウ殿には、既に現状を打破する策が幾つも浮かんでいると? ……さすがです」
マーナルムが尊敬の眼差しで見てくる。
そんな特別な方法ではないので、あまり期待しないで欲しい。
警戒心が強そうな子に見えたのだが、あれだろうか、聖獣リアンの仲間ということで一気に信頼されているのだろうか。
まぁ、話が早いに越したことはないのでよしとしよう。
「そのためにも、この街に来るまでの経緯を教えてくれ」
マーナルムは真剣な表情で頷いた。
「承知致しました」
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