第15話◇白銀狼族の話




それぞれ、椅子なりベッドの縁なりに腰掛けてから、マーナルムの話を聞くことに。


「我々は、聖獣様……リアン様とは異なる御方の加護の元、森で暮らしておりました」


 鋼鉄の森にいるリアンの母、今俺達と行動を共にしているリアン。

 狼タイプの聖獣は、何も世界に二体ではない。他にいても不思議ではないだろう。


「ですが近年、我々の同胞が次々と姿を消す事件が起き……。聖獣様はお心を痛めて、森の秩序を保つべく奔走されました。しかしある日、聖獣様までもお姿を消してしまわれたのです」


『なに?』


 リアンが怪訝そうな声を上げる。


「聖獣様のお子が森を離れることはあれど、聖獣様自身が森を空けることはこれまでありませんでした」


 たとえば、リアンの母はもう鋼鉄の森を離れない、ということだろう。


 聖獣は住処を決めたら、そこに永住する。そこを守り、魔獣を排し、土地を浄化するのだ。

 そんな聖獣がいなくなってしまったとなると、大問題だ。


「……倒されたか、連れ去られた?」


 彼女が言いにくそうなので、俺は尋ねた。

 マーナルムが悔しそうな表情で、なんとか現実を受け入れるように頷く。


「信じられませんが、おそらくは……」


「聖獣が土地を守っていたのに、それが姿を消したとなると……魔獣が入ってきたりしないのか?」


「ロウ殿のご推察の通り、魔獣の侵入がありました。ですが、我々の一族であればその討伐は難しくありません」


 ……俺の場合、兄の聖剣やリアンの存在がなければ、魔獣を討伐するのは難しかっただろう。


 それを軽く『討伐は難しくない』と表現するなら、彼女の一族の身体能力は凄まじい。


「あのー……いなくなってしまった同胞さんっていうのは、家出をしたってことですか? それとも、攫われてしまったのでしょうか」


 シュノンが言う。


「当時は判然としませんでしたが、結論から言えば――捕獲されていた、ということになります」


 マーナルムの瞳が怒りに燃える。


 借金、親に売られる、敗戦国の民など、奴隷身分に落ちる理由は色々とある。

 良いか悪いかの議論はおいておくとして、それらはこの国では合法だ。


 だが、奴隷という商品に需要がある以上、より価値の高い商品を違法な手段で仕入れようとする者も現れるだろう。


 魔獣をも倒せる屈強な種族。狙いをつける者がいるのはおかしくない。


 問題は、その方法だ。

 魔獣を倒せるくらい強いやつを捕獲するには、捕獲側にも相応の戦力が揃っていなければならない。


「そんな……!」 


 シュノンは、まるで我が事のように苦しげな表情になる。


「そいつらが、お前のことも捕まえたのか?」


「……そうなります」


 マーナルムは認めたが、なにやら釈然としない様子。


「今の話だと、お前が奴隷になったあとで逃亡した理由が抜けてるな」


「はい。私は、今もどこかで誰かに利用されているだろう――妹を救いたいのです」


「……妹」


「はい。我が一族では稀に異能の力を持つ者が生まれるのですが……」


異能スキルだな」


「あぁ、人間はそう呼ぶのでしたね。その異能スキルですが、私の妹は――未来を見ることが出来たのです」


 ――未来視!


 これから先に起こることを、事前に知ることが出来る能力。

 そんなものは物語でしか聞いたことがない。


 是非、この目で見てみたいものだ。


「信じよう」


「とても信じられないことと思いますが――えっ」


 マーナルムが、きょとん顔になる。


「お前が聖獣に嘘を語る奴とは思えない」


「シュノンもマーナルムちゃんを信じますよ! 妹を救いたいという言葉に本気を感じました!」


「ロウ殿……! シュノン殿……!」


 マーナルムが感動した様子で俺達を見つめる。


『未来が見えるのならば、何故捕獲されることに?』


 リアンの疑問に、マーナルムが複雑な顔になる。


「私も、それだけが分からないのです。あの日……私や同胞、妹が捕らえられることになった日……妹は魔獣の襲撃を視たといい、私と一部の者が討伐に向かいました」


 シュノンがごくり、と息を呑んでいる。


「ですが、魔獣を討伐して村に帰ると、村は既に鎧姿の集団に占拠されていました」


「鎧姿の集団?」


「頭目らしき金髪の男は、自らを『せいきし』と称していましたが、詳細はなんとも……」


 森で暮らしていたら、世間のことに疎くなるのも無理はない。

 だがせいきし……聖騎士、か。


「なるほど、そういうことか」


「何かご存知なのですか……!?」


 マーナルムが身を乗り出す。その拍子に、彼女の白銀の髪がふわりと舞った。


「聖騎士団ってのがある。異能スキルは、神が尊き血にだけ許した特別なもの、って考えの集団だよ。マーナルムは知らないかもしれないが、こっちでは特権階級の奴らだけが、自分の前世の力を異能スキルとして引き出せるんだ」


「前世……。我らにも、死した命が次の生を授かるという考えはありますが……」


「まぁ、ピンと来ないのも無理はない。だが、俺も持ってるぞ」


「ロ、ロウ殿が……?」


「まぁ、色々あってな。とにかく、聖騎士の仕業なら納得だ。あいつらはきっと、自分たちが認めた者以外が異能スキルを持つのが許せないんだろう」


 尊い血の者だけが異能スキルを持つ世界、という今の常識を歪めることになってしまうから。


「そ、そのような理由で……ッッ!」


「訊きたいんだが、マーナルムは何故妹が生きていると分かるんだ? さっき言ってたよな、利用されているだろう、って」


 怒りにギリッと歯を軋ませていたマーナルムだったが、俺の質問を受け、深く深呼吸。

 冷静になるべく息を整えてから、口を開く。


「奴ら自身がそう口にしていたからです。『我々の活動のために有効活用する』と」


「そう、か」


 俺達にとっては、マーナルムの妹が生きていると分かってありがたい情報だ。


 しかし、奴らの行動としてはおかしい。罪深い筈の存在を、有用だからと生かす連中だろうか。


 ……その一団、あるいは金髪の聖騎士ってやつの独断、かな。


「生きてるなら助けられます! ね、ロウ様!」


「そうだな」


 聖騎士団には、貴族の次男三男が非常に多い。家督は継げないが何かを成し遂げたいという連中の集まりだと聞く。

 つまり前世持ちだらけ。


 相手どるには面倒だが、仕方がない。


「話が脱線したが、リアンの質問に戻ろう。未来視を持っている筈なのに、何故こういう結果になったのか、だ」


「は、はい……。村が占拠され、妹が人質にされていることで私は投降しました。逆らった者もいましたが……みな……騎士共に……ッ」


 殺されてしまった、か。

 戦闘系の前世持ちならば、マーナルムの種族も殺せるだろう。


 俺は考える。


「……今まで、妹の見えている未来を聞いて、結末を変えることは出来たか?」


「……はい。だからこそ不思議なのです。何故、あの最悪の未来を回避する方法を言ってくれなかったのか……」


「逆に、未来が変えられなかったことはあるか?」


「……村の老人が老衰で命を引き取る際、不運にも周囲に誰もいないという未来を視たことがありました。結果的にその老人は家族に囲まれて逝くことが出来ましたが、亡くなった日は妹が見た未来と同じ日でした」


「……なるほど、『老人の死』という出来事は変えられなかった、ということだな」


「はい……。以前妹に聞いたことがあります。彼女いわく、未来は不確実なもので、『自分が見ているのは複数の可能性』だそうです。その可能性を見た上で、行動を変えれば結果も変わる、と……。とはいえ、人の寿命や自然災害など、『それが起こること自体は変えられない』こともあるようで……」


「だろうな。にしても、未来が複数見えるのは凄いな」


 サイコロを振った時、未来視の人間の目にはたった一つの結果ではなく、全ての目が出る可能性が映る、という感じか。


 一が出た場合の未来、二が出た場合の未来……という具合に。


 その上で、最良の未来を選ぶようアドバイス出来る。

 あるいは、そもそもサイコロを振らない方がいいぞ、と警告したり。


「はい。だからこそ、不思議でならないのです」


「そうか? お前の妹の選択を理解するのは難しくないと思うがな」


「ど、どういうことでしょうか」


 再びマーナルムが身を乗り出した。今度は鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。

 吸い込まれそうな青い瞳が、俺の目を真っ直ぐ見ていた。


 俺は言う。


「この未来が最良なんだろう」



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