第13話◇白銀髪狼耳ふわふわ尻尾の亜人さん
その後、宿に戻った俺達は受付に一人増えたことを伝え、マーナルムの身体を拭くために湯を用意してくれるよう頼む。
追加の宿代と湯の分の代金を払ったあと、部屋に向かった。
『半透明化の仮面』のおかげで、周囲の誰にもマーナルムが狼亜人であることはバレていない。
部屋に入り、シュノンが彼女をベッドに寝かす。
『それで、ロウ。どうするのだ?』
「まぁ、幾つか考えてることはあるが……この子の話を聞いてから決めたい」
と、ちょうどそのタイミングで、マーナルムの身体がぴくりと動いた。
目を開いた瞬間、彼女はベッドから飛び跳ね、部屋の角に着地。俺達を警戒するように見回す。
その拍子に、仮面が外れて床に落ちた。
――起床直後にすごい反応だな……それに、確かに優れた敏捷性だ。
獣のような唸り声を上げるマーナルムの前に、リアンが進み出る。
『落ち着け、眷属よ』
「――――ッ!?」
リアンの発言の効果は劇的で、マーナルムは目を見開いたあと、即座に片膝をついた。
ボロボロの服を着ているので、体勢的に色々と見えて目に毒だ。
シュノンがジト目で俺を見ている気がするが、錯覚だと思っておこう。
「その気配……お身体こそ小さいですが……間違いない、聖獣様……!」
リアンも気配で分かったようだし、人間には備わっていない感覚で同胞が判別できるのかもしれない。
彼女はすぐに、自分の傷が癒えていることにも気づく。
「で、では……聖獣様が私をお救いに?」
『否、貴様を救ったのはこの者だ』
と、リアンが俺を見上げる。
「そちらの方々は……?」
マーナルムは困惑している。
聖獣が人間と旅をするというのは、彼女の種族にとっても理解し難いことらしい。
リアンが特殊なのだろう。
「リアン……この聖獣を俺達はそう呼んでるんだが……リアンと共に旅をしている。つまり、仲間だな」
「な、なかま……聖獣様と……」
自分の中の常識と折り合いがつかないのか、マーナルムの頭に無数の疑問符が浮かんでいるのが表情から分かった。
『我の苦境を、この者たちが救ってくれたのだ。この男は武勇優れる剣士であり、この女は慈愛に満ちた「めいど」だ』
褒められたシュノンが「リアンったら……」と照れている。
「聖獣様の恩人が、私のこともお救いくださった、と……」
マーナルムは一度立ち上がり、俺の前まで来て、再び片膝をつく。
彼女の狼耳が揺れ、尻尾が床を軽く撫でるように動いた。
「感謝いたします、剣士殿」
「お前を見つけたのはリアンで、助けたがったのはシュノン……このメイドだよ」
「無論、お二方にも感謝を」
「どういたしましてっ!」
シュノンが元気に応える。
「マーナルムと申します。この御恩は決して忘れません……。しかし、御恩に報いるのは待って頂きたく。現在、私はその……」
「首輪を見れば分かるよ。逃げてきたんだろ?」
「は、はい……」
恥じ入るように、縮こまるマーナルム。
奴隷身分に落ちたことは、彼女にとって不本意なことなのだろう。
「どうにかしてやりたいと思ってるが、その前に話を聞かせてくれ」
マーナルムは驚いたように顔を跳ね上げる。
「そのようなことまでして頂くわけには……!」
「気にする必要はない。どうせリアンとシュノンはお前を助けたがる。なら俺も同じだ」
それに、今の短いやりとりで、俺は彼女という人間を気に入っていた。
聖獣が大きな力を持っていることも、自分の重傷を治したことや俺の服装からそこそこ以上に金を持っていることも、彼女には分かった筈だ。
だが、俺達に頼るのではなく、自力で解決しようとした。
その精神が好ましい。
「し、しかし……」
「なら、それも『御恩』に追加しておいてくれ。お前が早く自由になれば、俺達はそれだけ恩返しを早く受け取れる。そうだろ?」
マーナルムは目を丸くし、それから俯いた。
「感謝します、剣士殿」
「ロウだ」
「ロウ殿、シュノン殿、聖獣様、ありがとうございます。お三方に逢えたのは、我が先祖の導きでしょう」
普通に偶然だと思うが、わざわざ否定はしまい。
と、そこで部屋の扉がノックされた。
湯が到着したようだ。
敵かと警戒するマーナルムに「大丈夫だ」と言ってから、再び仮面をつけてもらう。
彼女は不思議そうにしていたが、指示には従ってくれた。
扉を開け、桶に入った湯を受け取った。
「シュノン、着替えを貸してやってくれ」
「もちろんですっ。でもその前に――っと」
桶を床に置くと、シュノンに背中を押され、部屋の外に追い出されしまう。
「今から、少し男子禁制のお時間です」
マーナルムの身体を綺麗にする以上、ボロボロの服を脱がせたり身体を拭いたりする必要があり、俺には見せられないということだろう。
「リアンはご主人さまを見張っていてください」
『……心得た』
リアンも部屋の外に出てくる。
「信用ないな」
「シュノンの着替えなら、覗いてもいいですから」
彼女は照れるように身を捩りながら言った。
「お前にはまず、俺に覗き趣味がないことを知ってもらう必要があるな」
シュノンと軽口を叩きあっていると、マーナルムが恐縮した様子で声を上げた。
「あ、あの、シュノン殿。私は気にしませんので。私の為にお二方を廊下に立たせるなど申し訳なく……」
「ダメですよマーナルムちゃん。身体は大切にしないと。さっきだってご主人さま、ちょっとえっちな目で見てましたからね」
「見てないぞ」
芸術的というか、非常にモフモフだなというか、あくまでそういう視点だ。
シュノンの言葉に、マーナルムがかぁっと顔を赤くした。
「……くっ。しかし、大恩あるロウ殿がお求めならば……このマーナルム、肌身を晒すくらいは……っ!」
「変な覚悟決めなくていいですから。そういうわけで、しばしお待ちを」
まぁ、実際のところ外で待機することに不満はない。
こうして俺は、しばらくリアンと共に廊下で立つことになったのだった。
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