第12話◇精霊の眷属
「ひどいっ……!」
狼亜人の少女の傷を見て、シュノンが口許を手で覆うようにしながら悲痛な顔になる。
――逃走した奴隷……『罰』を受けたのか。
奴隷契約に使われる首輪も魔工職人製であり、俺達が先程買った『衝撃代理負担の腕輪』とある意味逆のことが出来る。
つまり、『衝撃の押しつけ』である。
正確には、奴隷が特定の行動に出た際、あらかじめ溜めておいたダメージを負わせる、というもの。
具体的な例で言うと『命令違反したら』『首輪に仕込んでおいた電流魔法が流れる』といった具合だ。
押し付ける衝撃は、先んじて溜めておかねばならない。
十回分の電流を溜めておいた場合、連続十一回命令違反をしたら、最後の命令違反には罰が下されない仕組みだ。
少女は、一体どんな命令に逆らったのか。
雷でも落ちたような有様だ。
俺はすぐさま高位のポーションを取り出し、少女の身体に掛けていく。
『……感謝する、ロウ』
リアンが気遣わしげに少女を見下ろしたまま、言う。
「いいさ、放っておけないんだろう? 『眷属』の説明はあとで頼むよ」
「さすがご主人さまです……っ!」
シュノンが尊敬の眼差しで見てくる。
……お前も怪我したリアンにポーション掛けてただろうに。
ポーションの効果は劇的で、彼女の火傷はすぐさま治り、肌は本来の白さを取り戻していく。
ボロボロの衣服まではどうしようもないが、怪我は完治。命は助かった。
改めて見ると、血で汚れているが白銀の髪は美しい。ほとんど人間の少女と変わらないのに、狼耳と尻尾はついていて、不思議な感じだ。
真贋審美眼が反応する。
――『マーナルム』
――かつて、聖獣と結ばれた者の子孫。
――血は薄まっており、容貌は人間のそれに近づいてはいるが、優れた聴覚、嗅覚、俊敏性、耐久力、膂力などを誇る。
――稀に
――希少度『A』
なるほど、それで『眷属』か。
従者的な意味ではなく、同胞的な意味の方だ。
この子から聖獣の気配のようなものを感じ取ったので、放っておけなくなったのだろう。
にしても、こんな種族がいたとは。
前世を継承していないのに、
まぁ、貧民窟での生活と三年の貴族生活で世界の全てを知るというのも、無理な話。
驚きはしたが、そういうこともあるだろう。
普通の奴隷ならこんな『罰』を受ければ死んでしまうが、そこは彼女を耐久力を理解して設定されたものなのだろう。それにしても酷いダメージだったが……。
【蒐集家】が、彼女を欲しいと訴えかける。マーナムルのことが知りたい、と。
リアンをモフモフしたいと感じた時と同じ衝動だ。
『ロウ、複数の足音が近づいてきている。この者を捜索している者がいるのだろう』
「だろうな……」
こんなレア種族。しかもこんな美しい少女。
それが奴隷……つまり商品であるなら、その価値はとても高い。
今頃持ち主は大慌てだろう。
貧民窟じゃ、厄介事には首を突っ込まないのが賢い選択だった。
「ご主人さま……」
「シュノン、分かってるからそんな目で見るな」
俺は、彼女の涙目には弱いのだ。
「この子を背負ってもらえるか? ……服は汚れてしまうが」
「そんなの平気ですっ!」
シュノンは迷わず少女を背負う。鬼の血を引くだけあって、小柄ながら力が強い。
俺はその間に荷物の中から、とあるアイテムを取り出した。
『半透明化の仮面』の仮面である。
これを、いまだ意識を失っている少女の顔に被せる。仮面に紐がついていて、それを頭の後ろで結ぶ形だ。
これで、彼女を探す輩と遭遇しても、彼女の『正体』がバレることはない。
実際、俺達の前を、いかにもチンピラといったガラの悪い男達が通り過ぎていった。
――と思ったら先頭の男が急停止し、訝しげにこちらを振り返る。
後続の者達は慌てて立ち止まり、先頭の男に続いた。
「どうしたんだ、ここはお前みたいな上等な服を着た坊っちゃんの歩く道じゃないぞ?」
……確かに。
汚物や壊れた樽、元が何の道具だったか分からない部品などが転がる道に、俺の今の衣装は似つかわしくない。
「いや何、この狼は私の相棒なのだが、急に走り出してね。慌てて追いかけたら、このような場所に迷い込んでしまったわけなんだ」
リアンを撫で回しながら、俺は困ったように言う。
「ほぅん」
先頭の男――この集団の中では、こいつが仕切り役なのだろう――が、ボサボサの髭を撫でながら俺達を見回す。
「そんなガキ放っておきましょうよ! 急がねぇと旦那にドヤされる!」
こいつらは全部で三人。ボサボサ髭と、今声を上げた鷲鼻と、顎のしゃくれた男だ。
「ばぁか、あの奴隷はどうせ遠くへは逃げらんねぇ。他のやつらが捕まえるさ」
こいつらが、マーナルムを探している一団であることは間違いなさそうだ。
見た目からして高級な奴隷を扱える商人には見えないので、商人に雇われているのだろう。
ボサボサ髭は、下卑た視線でシュノンを見た。
「ん?」
そして首を傾げる。シュノンが何かを背負っていることに気づいたようだ。
「あぁ、連れの一人が気分を悪くしてしまったのだ」
「はっ、無理もねぇ。良いとこ育ちの奴らにとっちゃあ、この掃き溜めは辛いだろうよ」
実は、俺とシュノンにとってはそうでもないのだが、まぁわざわざ訂正はしまい。
「もし、ここがお前達の縄張りだというのなら、すぐに失礼する」
このメンバーでチンピラに遅れを取ることは有り得ないが、なんでもかんでも暴力で解決というのも品がない。
というか、俺は別に暴力が好きじゃない。
「おい坊っちゃん、ここは俺達の縄張りで合ってるぜ。一度入ったからには、通行料を置いていきな」
腹立たしいが、まだマーナルムの置かれた状況も理解していない。
彼女から話を聞いた上で今後の動きを決めたいので、今騒ぎを起こすのは得策ではない。
「……仕方あるまい。いかほどだろうか?」
ボサボサ髭が、シュノンを指差す。
「そこのメイドを置いてきな。良心的だろ? 坊っちゃんをボコボコにして身ぐるみ剥いで、その狼を食っちまってもいいんだ。メイドと引き換えに、無傷で表通りに帰れる。いい取引だとは思わないか?」
先頭の男の言葉に、鷲鼻としゃくれ男は、ようやく事態を理解したようだ。
要するに、奴隷捜索をサボって、乳のデカイメイドで遊ぼうというわけだ。
「あっはっは」
俺は笑う。わざとらしく、大げさに。
ボサボサ髭は、それを好意的に受け取ったらしい。
その程度で済むなら良い、という安堵の笑いだとでも思ったのか。
次の瞬間、ボサボサ髭が――吹き飛ぶ。
鞘に収まったままの聖剣で顔面を殴りつけたのだ。
そのまま石造りの壁に激突し、ドサリと地面に落ち、そのまま動かなくなる。
気絶したようだ。
鷲鼻としゃくれ男は唖然としている。
俺は暴力が嫌いだが、暴力を行使するのが得意なのだ。
大事なものを狙われた時、言葉で説得など時間の無駄。
力を示す方がずっと早いこともある。残念なことだが。
「よく聞こえなかった。通行料はいかほどか?」
もう一度尋ねると、鷲鼻の方が震えながら「タダです……ッ!!」と叫ぶ。
「それは良心的な値段設定だな、助かるよ」
そうして俺達は裏路地を後にする。
「もう、ご主人さまったら、シュノンのことになるとすぐ怒るんですから。むふっ」
シュノンは困ったふうを装いながら、口許がむにむにと緩んでいる。
「……取り敢えず、宿に戻ろう」
マーナルムが目を覚ましたら、色々と話を聞く必要がある。
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