第11話◇狼耳の奴隷少女

 突然だが、この世界には奴隷がいる。


 クロウの記憶を体験した限り、彼の生きた時代、あるいは彼の国には奴隷という身分はなかったようだ。


 少なくとも、彼がそういった存在を蒐集している痕跡はなかった。

 だからというわけではないが、俺も生き物を所有しようなどとは思わない。


 シュノンもリアンも、自らの意思でついてきてくれているのだ。

 仮に何か別の目的が出来て離れるというのならば、それは仕方のないことだ。


 つまり何が言いたいかというと、俺は仲間を得ることはあっても、生き物を捕らえることはするつもりがない、ということだ。


 だが、もし。


 既に誰かが、珍しい存在を奴隷にしていた場合は、どうしたものか。


 奴隷にされたその者が、解放を望んでいたら?


 悩ましいが、答えを出さなければならない。

 何故か。


 まさにそんな奴隷と、出逢ってしまったからだ。


 ◇


 時は少し遡り、出発から二日目の朝。


 俺たちは次の街へ移動するための準備を進めた。

 地図に関してはシュノンが用意してくれていたので、買うのは食料と――防具だ。


 『理想を囁く鏡』含め、手にした魔法具については前日の夜に説明済み。

 鏡はシュノンにプレゼントしたので、彼女のものだ。


 『半透明化の仮面』と『転移の巻物』は俺が携帯し、『倍々の壺』はシュノンの背嚢に詰めてもらうことに。


 効果を確かめるために、兄ニコラスに貰った金貨の半分を壺の中に入れておいた。

 昨日の夕方に入れたので、今日の夕方には倍に増えている筈だ。


 壺に入れなかった分の金で、防具を買うことに。

 これについては少し考えて、アクセサリー型を購入することにした。


 そもそも、魔法具とはなんなのか。

 クロウの記憶には出てこないので、あらゆる世界にあるわけではないらしい。


 言ってしまえば、魔法の力を宿した道具、ということになる。


 だが魔法の力を、何かに長期に渡って定着させるのは、非常に難しい。

 ほぼ永続の効果となると、ほとんど不可能と言われている。


 細かい仕組みは専門家ではないので分からないが、とにかくそういうわけで、魔法具には『不完全さ』がつきもの。


 ある条件下で効果が消失するとか、魔法具が自壊するとか、使用制限や回数制限があったりとか。


 ニコラスに貰った『始まりの聖剣』は破格の能力を有するが、その効果を発揮できるのは彼か彼に直接聖剣を手渡された者に限る、という条件が定められていた。


 昨日手に入れた四つのアイテムも素晴らしいものだが、それぞれに不完全さを内包している。


 で、そんな魔法具の作り手は三種類にわけられる。


 一つ、【異能スキル】保有者。


 長兄ニコラスや、次兄ダグにもらったアイテムは、まさにそうだ。


 一つ、『ダイダロウズ』という幻の種族。


 俺が昨日手に入れた四つの魔法具なんかは、これに該当する。

 一見普通の道具に見えて、不思議な効果を宿しているタイプ。

 その全ては明らかになっていないので、誰かの蔵に眠っていたり、どこかの遺跡に隠されていたり、骨董屋に並んでいたりする。


 もちろん、効果に気づいて所有している者も多いだろう。


 一つ、魔工職人。


 門外不出の技術で、現代的な魔法具を創り出す者たち。

 どこで製造されているかを王家さえ知らないというのだから、驚きだ。


 三つ目の魔工職人製だけは、金さえあれば誰も購入できる。

 とういうわけで、防具屋へ向かった俺たちは、そこでこんな魔法具を購入。


 ――『衝撃代理負担の腕輪』

 ――使用者の周囲に不可視の防御膜を展開し、ダメージの到達を防ぐ。

 ――防げるダメージには限りがあり、防御膜の消費度は腕輪の黒ずみで判断可能。

 ――希少度『D』


 高級品ではあるが量産品でもあるので、希少度は最低ランクのようだ。

 それでも希少品判定されているのは、この世界における魔法具の価値によるものか。


 腕輪は綺麗な銀色で、新品であることがわかる。

 衝撃を肩代わりしてくれる度に、黒くなっていくのだろう。


 シュノンはメイド服のままでいられるし、俺も身軽がいい。


 なんとかリアンにも装備できないかと思ったが、本人が不要というので諦めた。

 店の在庫が三つだというので、一つは予備にと全て購入。


「ふぉお……っ。ご主人様太っ腹すぎませんか!?」


 手首に嵌めた腕輪をキラキラした目で眺めながら、シュノンが言う。


「旅にも安全が欲しいからな」


 危険なことも起こるかもしれないからこそ、準備は整えておきたい。


「あとは、昨日と違う骨董屋を探して、それから次の街へ行こう。もう一泊してもいいしな」


 そういえば、ニコラスはどうしているだろうか。


 あれから思ったのだが、父の予定が崩れたことになる。

 俺が名誉の死を遂げ――たという設定で――、兄が怪狼を討つ、という筋書きだった。


 【蒐集家】の三男を追放しつつ、復讐を果たした英雄として兄の名声は高まり、更に怪狼が消えたことで周辺住民も安心する。


 だが、ニコラスはリアンの母聖獣を殺さなかった。

 ので、俺が無駄死にしたことになりそうだな、と。


 いや。

 聡明なニコラスのことだ、上手くまとめてくれるだろう。


 俺が気にしてもしょうがない。


 と、その時。


 リアンが俺の服の袖をくわえ、くいっと引っ張った。


『ロウ』


「どうした?」


『眷属の匂いがする』


 ――眷属?


『我は行く』


 そう言って駆け出してしまう。


「リアンっ!?」


 シュノンが声を上げた。


「よくわからんが、追うぞ」


 リアンは敢えて、俺たちがなんとか追いかけられる速度で走っているように思えた。


 大通りから小道に入り、入り組んだ道を何度も曲がる。

 だんだんと道に射し込む陽の光が少なくなり、ゴミが転がっていたり異臭がする道に入っていく。


 やがて、リアンが立ち止まった。

 彼は、ガラクタの山の前に立ち、俺とシュノンを振り返った。


『この中だ』


 俺はシュノンと顔を見合わせ、それからガラクタをどかしていく。


「……うぅ」


 隠れていたのか。


 そこには、白銀の髪をした少女がボロボロの姿で倒れていた。


 その頭には、狼を思わせる獣の耳が生えており。


 その首には、ある身分であることを示す首輪が嵌められていた。


 ――亜人の奴隷だ。


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