第一章◇未来視の妹を探す、狼耳の少女

第10話◇前世の力で掘り出しものを見つける





 やや訝しむ様子はあったものの、領境の検問所は俺たちを通してくれた。


 金を持ってそうなガキに通行料を求めるとか、まだ少女とはいえ女であるシュノンにいかがわしい身体検査を行うだとか、物語でたまに描かれるようなピンチは訪れなかった。


 平和で素晴らしいことだ。

 最も近い街に到着し、街の入口にいた衛兵に聞いた『動物も共に泊まれる宿』に向かう。


 部屋を二つとろうとしたら、シュノンが「一つにしてください。シュノンは護衛メイドなので」と最新の設定を持ち出してきたので、その通りに。


 言うまでもなくベッドは二つだ。

 それを見た時のシュノンが少し膨れ顔をしていて、俺は苦笑した。


 リアンも同じ部屋だというのに、一緒に寝るつもりだったのか。


 ちなみに、この宿はテイマー職といった客でも泊まれるよう配慮されているようだ。

 さすがに馬は厩舎になるが、小さくなった今のリアンであれば共に過ごせる。


 聖剣が気を損ねないように手入れをしてから、この街でやるべきことがあるか考える。


 旅に必要なアイテムはシュノンが背嚢がパンパンになるほど用意していたので、二人と一頭で――散策に。


 途中、薬屋に寄って、高位のポーションを数本買っておく。

 シュノン含め、仲間が大怪我を負った時のためだ。


 彼女が俺のために用意していたポーションは、リアンの負傷を治すために使ってしまった。


『……やはり、価値の高いものだったか。シュノン、改めて感謝する』


 しばらく街を歩いただけでおおよそ金の価値を理解したのか、リアンがそんなことを言う。言うというか、俺とシュノンの頭の中に直接聞こえてくるわけだが。


「いいんですよ、リアン。でもよかったら、ロ――じゃなかった、ご主人様が困った時に助けてあげてくださいね」


 そう気づく者がいるとも思えないが、数日後には表向き死人となる俺がわざわざ本名を名乗るのも間抜けなので、しばらくは偽名を使うことにした。


 だがシュノンは偽の名で呼ぶ代わりに、俺をご主人様と呼ぶことにしたようだ。

 リアンの声は聖獣自身が望んだ相手にしか聞こえないので、実質俺が名乗る時しか使わない偽名となっている。


『約束しよう』


「そこはお前だろ、シュノン。治したのはお前なんだから」


「シュノンはできたメイドなので、主人を第一に考えるのです」


 むふー、とシュノンは自信満々に言う。


『主従、忠義の概念だな』


「……ほどほどにな」


 俺のためにポーションを買っていた礼をしたいのだが、この様子だと素直に受け取りそうにない。

 何か別の形で返す他あるまい。


 それからしばらく街を見て回った俺たち。


「ご飯は宿で食べますし、ご主人さまの武器は既にありますし、防具くらいは買ってもいいかもしれませんが……うぅむ」


 シュノンが何やら悩んでいる。


「防具ならお前のも買うぞ。メイド服の上からってなると、見栄えは悪いかもしれんが」


「それは由々しき事態ですね、避けたいところです」


 シュノンの表情は真剣だった。


「そのこだわりはなんなんだ……」


 防具に関しては、また明日考えることに。


「少し寄りたいところがあるんだが、いいか?」


 そう言って俺が向かったのは、骨董屋だ。


 そう広いと言えない店内に、所狭しと様々なものが並んでいる。


 壺、絵、食器類、家具類、曇った鏡や、どう奏でるのかわからない楽器、凝った装飾の箱、不気味な仮面、片刃で不思議な形状の刃物、古びた巻物、箱に詰まった何かしらの鉱物? など、品揃えは中々のもの。


「いらっしゃい。何か探してるものはあるかい?」


 腰の曲がった老婆が店の奥から出てきて応対してくれた。


「いや、寄ってみただけだ。冷やかしになるかもしれん」


「構わないよ、珍しいことでもない。あぁでも、そっちの犬は入れないでおくれ」


「わかった」


 犬にうろつかれて商品が壊れたりしたら……という懸念はわかるので、承諾。

 シュノンと共に外で待ってもらうことにした。


 店内の品を真贋審美眼で見ていく。


 クロウ=ハイヤマの記憶にもあったのだ。


 彼はほとんど家から出なかったが、極稀に骨董屋や骨董市に出向くことがあった。


 そこでは、価値を理解した者が商品を売っていることもあれば、価値に気づかず安い値をつけていることもあった。


 クロウは取引時に価値の釣り合いを重んじていたが、それはものの価値を理解できる目利き相手の話。


 貴重な品を正しく見抜くことができない者には厳しく、そのまま安値で入手することもあった。


 俺の場合は単に、安く手に入るなら運がいい、くらいの気持ちだ。

 とはいえ、そう簡単に貴重な品が見つかるわけもないだろう――と思っていたのだが。


 見つけてしまった。


 それも複数。



 ――『理想を囁く鏡』

 ――使用者が最も自分を愛せる姿を映し出す。

 ――髪型、化粧、装飾品など含め、使用者が所持していないものであろうと鏡に映し出す。使用者が望めば、化粧道具やその使用方法なども映し出される。ただし能力が適用されるのは、首から上のみ。また、それらの入手方法までは示されないので、自力で探す必要がある。

 ――希少度『D+』



 ――『半透明化の仮面』

 ――使用者の『正体』を周囲に悟られにくくなる。

 ――着用中に限り、使用者の容貌が周囲の者の記憶に残りづらくなる。使用者が何をしたかは覚えていても、どんな姿だったかは思い出せない。魔力への抵抗が強い者には効果が薄い。

 ――希少度『C-』



 ――『転移の巻物』

 ――書かれている内容を逆から読み切ることで、使用者がかつて訪れたことのある場所へと転移することが出来る。

 ――使用者の肌に直接触れている者に限り、転移に同行可能。使用可能回数は、残り一回。

 ――希少度『B-』



 と、三つ見つかっただけでかなり幸運なのだが、もう一つ。



 ――『倍々の壺』

 ――壺の中にものを入れると、きっちり一日後に、数が倍に増えている。

 ――増やせるのは、壺の中に入り切るものに限る。また、生物は増やせない。倍になった時に壺から溢れてしまう量を入れると、一日後に増えると同時に壺が砕け散る。

 ――特記事項・真贋審美眼で希少度のついた品は、増やすことができない。

 ――希少度『A』



 これはかなりの掘り出し物ではないだろうか。

 兄にもらった金は路銀には充分だが、一生暮らすには程遠い。


 これならば金貨を増やすことが出来る。

 道中、冒険者稼業などに手を出して危険に飛び込む必要もない。


 いや、戦力さえ揃うなら、ダンジョン探索なども楽しそうではあるが……。

 珍しい宝物とか、出てきそうだし。


「ご店主、こちらの店は長いのか?」


「ん? 少なくとも、あたしが生まれた頃にはもうあったねぇ」


 それだけの長い時間、様々なものがこの店に流れ着いた。

 それに、いわゆる貴重な品と違って、俺が今鑑定した品々は見かけ上の価値は高くない。


 真の価値に気づくには偶然や幸運が必要になる。

 俺のように鑑定眼を持つ者は珍しいから、こういったことも起こるのか。


 あるいは、【蒐集家】の異能スキルも関係しているのかもしれない。



 ――『奇縁』

 ――不思議な巡り合わせに恵まれる。



 クロウの人生が、異能スキルとして昇華されたものの一つだ。

 能力が随分と曖昧だなと思ったものだが、こういう形でも表れるのか。


 もしかすると、リアンとの邂逅もこの異能スキルの影響かもしれない。

 とにかく、俺は決意した。


 ――新しい街に入ったら、骨董屋には絶対寄ろう。


「ご店主」


「なんだい?」


「どうやら、冷やかし客にならずに済みそうだ」


 見つけた四つの魔法具を購入し、俺はホクホク顔で店をあとにした。


 宿に戻ったあと。


 俺は『理想を囁く鏡』をシュノンに渡した。

 元は埃を被っていたので、しっかり磨いておいた。


 シュノンは「えぇっ!?」と驚いたあと、「ロウ様からのプレゼントですか!? やったー!」と飛び上がって喜んだ。


 他に誰もいないので、呼び方が戻っていることは咎めまい。

 それに、喜んでくれたようでなによりである。


 早速鏡を覗き込むシュノン。


「どうだ?」


 能力の説明はしていない。

 少し驚かせようと思ったのだ。


「シュノンが映っています!」


「ん?」


 特に変わった反応はない。

 鏡に映る自分が今の姿と違えば、何かしら反応があるはずなのだが。


 ……少し考える。


 つまり、シュノンは今の自分に満足しているから、変化しなかった?


「……強いな」


「ロウ様?」


「いや、気に入ったならよかった」


「はい! 大事にしますね!」


 そう言って鏡を胸に抱くシュノン。


 彼女が浮かべた輝くような笑顔は可憐で、思ったのとは違う結果に終わったが、まぁいいかと思えた。


 そのあと。

 鏡を卓上に置いてニマニマ眺めていたシュノンの横を、リアンが通り過ぎた時だ。


「わわっ!? リアン!?」


 と、シュノンが慌てて振り返った。


『なんだ』


「え? あれれ? 今、リアン大きくなりませんでした? しかも頭だけ」


『なっていない。……なってもいいのか。その場合、全身だが』


「床が抜けると思うのでダメですけども!」


『そうか、だめか……』


 どこか落ち込んだ様子のリアンと、「んん?」と首をかしげるシュノン。


 ――あぁ、なるほど。


 鏡はしっかりと、その能力を発揮しているのだ。


 リアンにとっては、本来の巨狼の姿こそが『理想の姿』で、それがシュノンの鏡に映った。


 彼女からすれば、突如背後でリアンが巨大化したように見えたのだろう。

 鏡の効力が及ぶのは首から上なので、頭部だけが大きく映ったようだ。


「あははっ」


 突然笑い出した俺に、シュノンとリアンが怪訝な顔をする。


 俺は「なんでもない」と言ったあとで、次の街へ移動する時は人通りの少ない道を使おうと決める。


 それならば、リアンも元の姿で走り回れるだろう。


 そんなふうに、旅の一日目は過ぎていった。


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