第9話◇もふもふ
先程別れた聖獣が目の前に現れていた。
しかも同行するとか言い出したではないか。
――いや、親の方を見てないから、こいつがさっきと同じやつかはわからないか。
そう思い改めて巨狼の姿を確認すると、血のあとが残っている。
シュノンがポーションを振りかけた場所と完全に一致。
共に魔獣を葬った個体と考えてよさそうだ。
「あー、さっきぶりだな」
『うむ』
「それで、どうして俺についてくるって話に?」
『お前の話は母と、青い髪の騎士に伝えた』
本霊分霊とは言うが、一応母という認識なのか。あるいは俺達の頭の中で言葉として形成される間に、そのように翻訳されているのか。
「あぁ」
『青い髪の騎士は剣を収め、母も戦いを避けた』
「それはよかった」
『そして、我はお前についていくことにした』
「なるほどな、よくわからないぞ」
その時、真贋審美眼が反応。
ぴこん、という感じで頭の中に説明が流れる。
――聖獣は一所に一体しか留まらない。
――分霊が生まれた場合、その個体は次の土地を探して旅に出る。
元々、こいつは鋼鉄の森を出ていかなければならなかったわけか。
それは分かったが、俺についてくる理由は不明だ。
『お前がどう考えているかは分からないが、我は窮地を救われた。恩を返すまでは同行する』
「今のは理解できた」
精霊にも、返報の考えはあるようだ。
恩を売ったとは思わないが、向こうが感じているのなら否定はしまい。
正直、喜んでいる俺がいる。
「ならまず、二つほど頼みたいことがある」
『なんだ』
「撫で――」「モフらせてくださいっ!」
シュノンが俺の言葉に被せる形で叫んだ。
『もふ?』
巨狼が首を傾げる。
「……撫でさせてくれってことだ」
『承知した』
俺とシュノンは同時に巨狼に飛びついた。
きめ細やかで柔らかく、森のような匂いのする身体だ。
獣臭さが一切ないのは、仮にも元が精霊だからか。
だが、しっかりと生き物の温かさもある。
「シュノンは寝てしまいそうです」
視線を向ければ、シュノンの顔は幸せそうにとろけている。
「気持ちは分かるぞ」
俺たちはしばし、巨狼の毛並みにうっとりしていた。
だがそう長くも浸っていられない。
なにせここは森の外。街道なのである。
いつ人が通るか分からない。
「もう一つの頼みだが」
『あぁ』
「小さくなることはできないか? それだと大きすぎて目立つ」
実は、真贋審美眼で聖獣の使用魔法も把握している。
形態変化は可能な筈だ。
『……小さく…………可能だ』
自然界では『強そう』に見せるのもとても重要だ。
なので、自分の身体を小さくするのには抵抗があるのかもしれない。
だが、最終的には猟犬を思わせるサイズまで縮んてくれた。
『むぅ……』
「小さくなっても凛々しいですよ、もふもふ」
シュノンは小さくなった聖獣に抱きついている。
「旅の仲間ってことなら、呼び名がいるな。名前とかってあるのか?」
『ない、好きに呼ぶといい』
「ではもふも――」
『お前が決めろ、黒髪の剣士よ』
もふもふが名前なのは嫌らしい。
「俺はロウだ」
『ロウ。覚えたぞ』
「わたしはシュノンですが、その前に可愛い名前候補がヌルッと無視された件についてお話が――」
「そうだな、リアンはどうだ? なんとなく浮かんだだけだが」
『構わない』
「二人して無視するなんてひどいですっ!」
シュノンが涙目になってしまった。
『リアンだ。よろしく頼む、シュノン』
「よろしくおねがいします!」
不満そうではあるが、挨拶はしっかり返すシュノンだった。
「ところでリアンはリアンくんですか? リアンちゃんですか?」
シュノンの良いところは、引きずらないところだ。
自分が挙げた名前候補が無言で却下された悲しみを乗り越え、リアンの新しい名前を受け入れている。
「確かに。さっき『母』とか言ってたし、リアンもいつか分霊を生み出すなら、メスか?」
『精霊に雌雄はない』
「そうなんですか!? では、間をとってリアンくんちゃん?」
「性別に縛られない『リアンさん』ならどうだ」
「はっ、『リアン様』というのも?」
『ただのリアンでいい』
というわけで、呼び捨てでいくことに。
俺たちは並んで歩き出す。
前世に【蒐集家】を持つ少年と、鬼の血を引くメイド少女と、モフモフな狼聖獣。
これが旅の始まり。
貴族の家から追放され、死んだことになった俺は、【蒐集家】を使って生きていく。
現時点の蒐集品は――。
『竜の涙』――希少度『A』
『始まりの聖剣』――希少度『S+』
旅が本格的に始まる前に希少度の高い品を立て続けに手に入れてしまったが、優れた前世を持つ兄たちからの餞別という、イレギュラーな入手方法だった。
これからは、情報収集や交渉、探索や戦闘など、目的に到達するまでに様々なことが必要になるだろう。
さて、どんな存在に巡り逢えるか。
今から楽しみでならない。
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