第8話◇もふもふ!?
老騎士が険しい視線を向けてくる。
真贋審美眼が生物も鑑定できる事実は教えたくない。
「本で読んだことがある。あの姿は魔獣ではなく、聖獣だ」
「……確かに、通常の魔狼とは姿が異なりました。ですが確証はないのでしょう」
「魔獣は人を喰う。さっきの巨狼は俺たちと協調する姿勢を見せ、俺たちに危害一つ加えなかった。言葉を喋る魔獣はいても、あそこまで意思疎通が可能な個体なんて聞いたことがない」
「……ですが、領主様から命じられたのは怪狼の討伐です」
「父上は魔獣だと考えそう命じられたのだ。前提が間違っていたのなら、改めて指示を仰ぐべきだろう。俺は俺が得た情報からそう考えた。あとは、現場の兄上がどう判断するかだ」
「仮に聖獣であったとして、ニコラス様が二体の聖獣に襲われることも考えられます」
「
俺の言葉に、老騎士が怯んだ。
「二体の聖獣に襲われるのが俺たちならば全滅するだろう。だが兄上だぞ? 何が起ころうと誰が敵に回ろうと刻んで終わりだ」
俺のやったことは、兄に判断を委ねたというだけ。
聖獣だろうが魔獣だろうが、戦いに発展すれば兄の負けはない。
「…………」
「兄上ならば正しい判断を下すだろう。心配ならば、二人共あの巨狼を追うといい」
老騎士はしばし黙考し、頭を下げた。
「失礼しました。任務を遂行いたします」
追放されたとはいえ、主君の三男。反論したことを詫びてから、騎士は護衛を続けることを選んだ。
「気にするな。お前達のような部下がいれば、兄上も安心だ」
「……先程は見事な采配でございました。まさか怪狼と協力されるとは」
「一体ずつならばお前たちに任せることも出来たが、三体同時だったからな。手傷を負った巨狼も同じ状況であったなら、脅威を分担することで乗り越えられると考えた」
「普通は、そのようには考えられないものです」
巨狼が人を食らう魔獣ではなく、肉体を得た精霊であると俺には分かっていた。
精霊は無闇に人を傷つけたりはしない。
それにあの聖獣にはこちらの意図を理解する思考能力があった。
あとは――。
「運がよかったと思おう」
老騎士は微かに笑うと、以降はまた静かになった。
そして俺たちは再び進み、森の外縁に沿ってカタラ領との境付近まで近づくことに成功。
「ロウ様、このような場所で申し訳ございませんが――」
「あぁ」
木々に隠れて着替えを行う。
怪狼討伐に出発する貴族の子息として、俺はそれなりの格好をしていた。
鎧こそ纏っていないが、服は上等なものだ。
間違っても家紋入りの品を持たせてはならないので、騎士たちに持ち物を検められた。
シュノンはメイド服を貫くようだ。
「『あいでんてぃてぃ』の喪失です! シュノンはメイドなのです!」
とのことだ。
俺に用意された服も、格が落ちるとはいえ中々のもの。
成功した商人の息子だと言われれば、そう見えそうだ。
それならばメイドを伴っていても……いやまぁ少し苦しいかもしれないが、護衛を兼ねると思えばなんとかなるだろう。
武闘派を自称するだけあって、シュノンは中々腕が立つ。
ある時から、俺の前で戦う姿を見せたがらないようになったが。
理由は、可愛くないからだそうだ。
とにかく、ほどほどに良い服を来た少年と、それを護る武闘派メイドの二人旅ということになる。
馬ともここでお別れだ。
ここまで乗せてくれた感謝を告げ、そっと撫でる。
「シュノンをモフッた時よりも表情が柔らかい!? う、馬に負けました!?」
とシュノンが衝撃を受けている横で、騎士たちとも別れを済ませる。
「ご無事で」
「あぁ」
森の外に出て、シュノンと並び歩く。
「また、二人だけになりましたねぇ」
「そうだなぁ」
シュノンの父は、彼女を売り飛ばそうとした。
なので殴り飛ばしたのだが、そのあとは行方が知れない。
俺の母が亡くなり、シュノンと二人きりになった。
そのタイミングで貴族になる機会が巡ってきたわけだ。
あれから三年。
貧民窟のガキ二人が、それなりの知識や技能を修めることができたのだ。
上々の結果ではないだろうか。
「これから、どうしましょう?」
「……珍しいものを集めて回る」
「珍しいもの、ですか?」
「まだ詳しく話してなかったな。俺の前世は【蒐集家】だ」
「ほうほう。お貴族様が、絵画や宝石などを集めるような?」
シュノンは驚かない。こいつにとって、俺の前世はあまり関係がないのだろう。
俺が俺というだけで、伯爵家のメイドという安定した立場を捨てて追いかけてきたくらいだ。
そのことを、心の中でありがたく思う。
「近いな。俺は色んな
「……確かに、以前のロウ様は貴重な品に興味を示すようなことはありませんでした」
「あぁ、だが今は見たいし、触れたいし、手に入れたいって欲求がある。安心しろ、俺の人格を無視するほどじゃない」
胸の内に生まれる好奇心のようなものだ。
本人次第で我慢して、諦めることができる。
だが一度気になった心を毎度封じるのは辛いし、そもそも――そんな必要があるのか。
「今のロウ様は、色んな珍しいものに興味津々、と」
「そうだな、そんな感じだ。
滅多に出現しないという聖獣、選ばれし者だけが抜ける聖剣、特殊な力を宿した宝石、
世にも珍しい種族、特殊な魔法を修める魔女、様々な効果を宿すという魔法具、
空に浮かぶ島、深海に
この世界の希少な存在を、俺は見つけたいんだ」
きっと、今の俺は瞳を輝かせているだろう。
俺とクロウは違うが、彼のおかげでやりたいことが出来たのだ。
「……ロウ様は、変わっていませんよ」
シュノンがぼそりと呟く。
「ん。そう見えるか?」
「はい。面白い形の雲を探して、お空を見ている時と同じです」
確かに、貴族になってからはぼんやり空を眺めることがあった。
「あはは、そうか。あれと同じか」
「新しい趣味が見つかっただけのことだと思います。シュノンはどこまでもお供しますよっ!」
「あぁ、よろしく頼む」
『我も同行しよう』
「あぁ、構わないぞ――って」
誰だ?
「えっ、もふもふ!?」
シュノンが驚いている。
俺たちの隣に、巨狼が現れた。
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